飼い犬Subの壊し方

田原摩耶

文字の大きさ
80 / 82

79【side:真夜】


 四六時中看病という名目で愛ちゃんの隣に入れる時間は楽しかった。
 ただ話してたまに触れ合うくらいでSubとするセックスと同等の快感を得られるなんて不思議だと思う。側からみたら俺はどんな風に見えてるのだろうか。

 桐蔭菖蒲が消えて数ヶ月。
 長期休暇も終わり、夏が過ぎ、秋がやってこようとしていた。


「真夜、少し離れて歩け。歩きづらい」
「いいじゃん」
「人前でベタベタするのは嫌いだと言ったはずだが」
「はいはい。……んじゃ、手」

「手?」と小首傾げる愛ちゃんの手を取る。前より柔らかくなった指の谷間に自分の指を嵌める。おい、と手のひらの下で反応する愛ちゃんの手を握りしめれば、少し愛ちゃんの体が緊張した。

 そうだ、この手は。
 あの日、痕が残るほど強く桐蔭菖蒲に握りしめてられていたのを思い出す。

「嫌?」
「……」

 こく、と小さく頷く愛ちゃん。
 こんな形であの男を思い出させるのは本意ではない。俺はそのまま愛ちゃんから手を離し、その代わりに頭を撫でた。

「おい、真夜っ」
「ごめん」
「――いや、別に……」

 そうもごついた愛ちゃんは俺の手の下から逃げ出したと思えば、何故だか反対側に回ってきた。

「なに、どしたの」

 ちら、とこちらを見た後、愛ちゃんはそろりと俺の制服の端を掴んでくる。

「……何してんの」
「手、は嫌だから……これなら許してやる」
「キスしていい?」
「な、なんでそうなるんだよ」

 また愛ちゃんが逃げ出す前に、そのままがしっと捉えた愛ちゃんの頭頂部に唇を押し付けた。俺が持ち込んだシャンプーの匂い、ホワイトムスクの香りがふわりと鼻腔を擽る。脳が幸福に満ちていく。猫を吸う人間ってこんか気持ちだったんだ、って感じ。

「……」
「っ、す、吸うな……っ! おい、真夜……っ!」
「……ずっと、こうしてたい」
「お、おい……最近お前変だぞ……ますます」
「ん~? そお? ……愛ちゃんが忙しくて構ってくれなかったから?」
「人のせいにするな。……一緒に寝てるだろ」
「んー……まあね」

 物足りない。もっと愛ちゃんと一緒にいたい。やっぱ、生徒会なんてやめさせたらよかった。
 けど、小晴が生徒会に残る条件が愛ちゃんがいることだったから。

 今回の件で理事長に貸を作ってしまったのは悪手と呼べるだろう。
 SSランクのDomをどうしても生徒代表として置いてアピールしたい理事長にとって、桐蔭菖蒲の代替品に選ばれたのが俺たちだ。本人は死ぬほど面倒臭がっていたが、海陽先輩がいなくなったときはまた俺も生徒会に復帰する手立てになってる。表向きお行儀よくしてりゃいい。おまけにSubの愛ちゃんとも対等に仲良くしてる生徒会ですってアピールしておけばいい、とか。よく言えば広告代わりだ。
 まあそれなりの恩恵もあるし、今まで遊んできたツケと思えば安い。

「今日も生徒会長くなるんだろ」
「学園祭の準備があるからな」
「……俺も会議混ざろっかな」
「なんでだよ」
「終わる時間帯、生徒会室まで迎えに行くから。ちゃんと連絡しろよ」
「……お前って結構」
「なに」
「なんでもない。連絡、すりゃいいんだろ」
「ん、そうそう。そうやって最初から素直になればいいんだよ」
「お前こそ、ふらふらしてんなよ」
「安心しろよ、ちゃんと大人しく待ってるから」

 愛ちゃんはまだなにか言いたげな顔をしていたが、諦めたように頷いた。
 愛ちゃんにコマンドが効かなくなったとはいえやっぱり心配なものは心配だし、多分会議してる間もあの特別教室棟から中の様子を見守るだろうが。
 いっそのこと盗聴でもしてた方がいいか?と思ったけど、バレたら愛ちゃんに嫌がられそうだしな。
 誰も信用できない。小晴だって、愛ちゃんのこと気に入ってるし。海陽先輩もなんか愛ちゃんに距離近いし。
 星名は――ああ、あいつは大丈夫か。

 あの一件以来、学園内でまだ星名と顔を合わせてない。かと言って愛ちゃんにわざわざあいつのことを聞く必要もない気がして、一回あいつと仲良かった小晴に聞いてみた。

『あいつの、SubとDomが切り替わるきっかけがわかったんだよ。……それで、あいつ、今Subに戻ってさ』

 小晴はおかしそうに笑っていた。
 なるほど、と納得した。そりゃ今人前に出てくるのはまずい。理事長が隠してるのだろう。散々悪目立ちしてヘイトを買まくったあと、誑かして利用した。その代償をSランクのSubが一人で担うのはなかなか大変だろう。このまま転校させるつもりなのか、『俺に言ってくれりゃまたスイッチ切り替えてやんのに』と小晴は楽しげに笑っていたのを覚えてる。荒療治にも程がある。

 とどのつまり、目下のライバルが自分の半身という奇妙な状況だが――ま、小晴が特定のSubに恋愛感情を持つことはないだろう。あいつからしてみたらSubはあくまで玩具で、それ以上でも以下でもない。所有欲ならば他のSubでも補える。


 放課後。そろそろ生徒会活動が終わる頃合いだろう。愛ちゃんからの連絡がないのを確認しつつ、俺は生徒会室へと向かう。
 そういや食堂では愛ちゃんが楽しみにしてた秋限定のスイーツが出たんだっけな。数量限定らしいから先にテイクアウトしとくのも悪くない。
 そうしたら愛ちゃん、喜んでくれるだろうか。あのキラキラした目で俺を見てくれるだろうか。
 ……ダメだな。俺は俺だ。俺の方法で愛ちゃんを愛すると決めたはずなのに。


 結局食堂で秋限定新作メニューと睨めっこした結果、取り敢えず一番人気らしいやつを上位から適当にいくつか選んだ。どれか一つくらいは愛ちゃんは気にいるだろう。
 それを箱に詰めてもらい、スイーツ片手に生徒会室へと向かう。真っ赤な夕陽に包まれた昇降口。殆どの部活動は終わり人気はない。
 生徒会の活動は他の部活や委員会よりも長引くことはある。待たされて焦ったさもあるが、こうして愛ちゃんのことを考える時間は嫌いではなかった。

「随分と楽しそうじゃないか、真夜」

 背後から声が聞こえた気がした。
 シン、と静まり返った校舎内。半開きになった窓から吹き込んだ風の音かと思った。だって、そうだろう。なんであの男の声が聞こえてくるんだ。

感想 25

あなたにおすすめの小説

響花学園

うなさん
BL
私の性癖しか満たさない。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。