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2.シャーデンフロイデ
06
慈門君と距離を置くのは間違えてない。
寂しさにも耐えなければならない。
そう常楽先生は言った。
頭では理解していたのに、何も言わずに僕を家まで送ってくれる慈門君の優しさが今は水のようにするりと入り込んでくる。
慈門君と別れるタイミングを見失い、結局僕は慈門君を部屋に上げていた。
慈門君が帰ろうとしなかったのもあったが、それ以上に慈門君に避けられていないことに安堵したのもあった。
全ての歯車が噛み合ってしまったのだ。
「……で、どうして泣いてたんだ?」
隣。ベッドに腰をかけたまま、慈門君は静かに尋ねてくる。握られたままの手に安心している。向けられる眼差しに嫌われたわけではなかったのかとホッとしている。
……僕、今慈門君を使って自分を誤魔化そうとしている。
「大したことじゃないんだ、本当に」
「お前が泣いてる時点で大したことなんだって。……ほら、こっち見ろよ」
自分の中にあった後ろめたさから慈門君の顔を直視することができなかった。
そのまま顔を逸らせば、「折」と少しだけ悲しそうに眉尻を下げる。
「……ごめん」
「なんで謝んだよ、そんな面して」
「僕、君に心配してもらう資格はないよ」
「……何言ってんだよ」
「僕、君に何も返せてない……恋人らしいこともできないし……」
「……」
はあ、と呆れたような顔をして、それから慈門君は僕を抱きしめる。背骨が軋むほど強い力で抱きしめられ、その苦しさに思わず声が漏れた。
「じ、もんく……」
「ごめん、キスしていい? てか、するわ」
「え――」
何を言ってるんだ、と言いかけた矢先。開いた唇をそのまま塞がれる。
あまりにも強引で一方的なキスだったのに、呼吸する隙も与えぬほど深く舌を絡まれる。
「……っ、ん、……っ、ふ……っ」
驚いた。それはもう。
ここ最近は触れることも躊躇ってた慈門君にこんな荒っぽい触れられ方されるとは思ってなかったから。
先程までとは別の緊張に全身は支配され、止めようと手を伸ばしかけたが、そのまま舌先を甘く吸い上げられればそのまま力が抜けてしまう。そのまま慈門君の制服にしがみつくことしかできない体を慈門君に撫でられ、息を呑む。
長いキスのあと、慈門君は僕を見つめたまま唇を離した。しまい忘れていた舌先から糸が伸び、それを慈門君に舐め取られる。
「……っ、は、……じもんく……」
「恋人らしいこととか、気にしなくてもいいから。……俺が好きでお前といるんだし」
「だ……っ、だって、最近……慈門君……他の人といるし……」
「……寂しかった?」
「……わ、わかんない。けど、君が僕に飽きるのも当然だと思う。だから……それも仕方ないと思って……」
体をぎゅっと抱き締められて、優しく背中を撫でられる。普段よりも慈門君の声が優しく聞こえて余計に戸惑う。
「それで」と言葉を飲んだ。
「……それで泣いてたのか?」
「……」
否定することはできなかった。
覗き込んでくる慈門君に目を逸らせば、頬を掴まれる。
それから、
「俺が折のこと飽きるわけないだろ?」
「……慈門君……」
「お前がさ、最近俺といるの辛そうだったから……だから一応一人の時間も過ごせるようにって思ったんだよ。……正直、俺もすげー寂しかった」
「……っ、慈門君も……?」
「そう。俺も」
「ほ、……本当に?」
「まじで。……本当に」
今までだったら重たかった慈門君の言葉も、今はすんなりと素直に受け止められるのは何故なのか。その理由こそ常楽先生が警告していたそれではないのか。
そう思うのに、戯れにキスをされ、「折が一番に決まってんだろ」と囁かれるとあれ程ひび割れていた心臓にするりと浸透していくのだ。僕が欲しかったものを埋めるみたいに。
離さないように回された腕も、僕のことが必要だと言ってくれる言葉も、僕が一番だと必死なその目も。
「っ、……慈門君」
ダメだ。これは正常ではない。
他人を代替にするな。
あれだけ先生に言っていたのに、今度僕は。
「……折?」
「…………」
慈門君の背中に恐る恐る手を伸ばす。
少しだけ驚いたように目を丸くしたあと、慈門君は「……いいの?」と少し躊躇うように声のトーンを落とした。
僕がずっと怖かったのは慈門君からの暴力だ。
けど、ここ最近の慈門君は確かに変わった。それを僕はよく知ってる。
だから、きっと大丈夫だ。
「…………うん」
小さく頷き、そのまま慈門君の胸元に顔を埋める。
自分から誰かに抱かれたいと思ったことなんてない。なかった。はずなのに。
喉仏が上下するのを見つめながら、そのまま僕は自分の体がベッドに押し倒されるのを俯瞰して見ていた。
「……まじでいいの? 久々すぎるし、わりと今のキスだけでやべーけど」
「……うん、いいよ」
「折」と僅かに慈門君は息を呑む。一分一秒でも惜しいとでも言うかのように伸ばされる手に胸を鷲掴みにされ、思わず目を細めた。
「いいよ、……君はよく我慢してくれたから」
既に大きくなっていた慈門君の下半身を一瞥し、僕は抵抗をやめてベッドに仰向けになる。
怖いし緊張する。けれど、それ以上に胸の中に空いた穴を別の何かで埋めて欲しかった。
そして慈門君からの愛情は、僕の欲していたそれによく似ていた。
僕が、先生に求めていたそれに。
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