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2.シャーデンフロイデ
嘘吐き
気付けば僕は教室の中、床に倒れて眠っていた。
自分がいつ気を失ってどれほど眠っていたのかすらもわからない。けれど、窓の外から差し込む夕陽と壁にかかった時計から然程時間が経過していないように見えた。
誰もいない教室の中、白昼夢だったのかと体を起こそうとして体内の違和感に気付く。
気づきたくなかった。中に残った嫌な感触も、熱も。関節が軋む。歯を食いしばるように体を起こし、あたりを確認した。
――犬馬先輩も、純白君もいない。
一先ずそのことにほっとしたあと、次に襲いかかってくるのは言葉にならないほどの嫌悪の波だった。
それは自分に向けたものでもあり、あの二人に対する恐怖でもあり――。
そこまで考えたとき、いきなりガラリと扉が開く。
教室へと入ってきたのは純白君だった。
その手には売店の袋と、それから。
「……っ、……」
「起きてたんですね」
「…………」
「寝てていいですよ。……水とか軟膏とか、一通り必要そうなのはここに置いておきますので」
淡々とした口ぶりで純白君は続けながら僕の傍へと袋を置いた。
どうして。なんで。
僕は君に恨まれるようなことをしたのか。
色々言いたいことはあったのに、口にしようとした瞬間喉が締まりうまく言葉が出てこない。
僕の方をチラリと見て、「あいつなら帰りましたよ」と呟いた。
「なので、言いたいことあるなら俺が聴きますよ。文句とか、あるでしょう」
色々、と純白君は近くにあった椅子を引き、ゆっくりと腰をかける。
あくまでいつもと変わらない。委員会の業務の引き継ぎをするときのような態度で純白君は僕を見た。
「ど……」
どうして、と言いかけて、喉が酷く痛む。枯れた声に気づいた純白君は袋の中からボトルを取り出し、僕の代わりにキャップを開けてそのままそれを手渡してきた。
受け取りたくなかった。何か入ってるかも知らないとも考えた。それでも、それ以上に喉が渇いていた。僕はそれを受け取り、閉じた喉の奥へと押し流す。
一時的に潤いはしたものの、一気に飲み干すほどまだ体は受け付けれなさそうだ。
「どうして」
今度は声は出た。
けれど、恐ろしくその声は低くなってしまう。
取り繕う余裕もなかった。
「……それはどれに対してです?」
「全部……君は、なんで」
「最初に言っておきますけど、俺は言いましたよ。放っておいてくれって」
「……」
「ああなることは明白でした。それに、俺の目が届く範囲でやってもらった方がまだマシだったから……その結果です」
あれは、と純白君は溜息混じり呟いた。
差し込む夕陽と相俟って顔の傷痕は赤く、より痛々しく映る。
「君は、小緑君を……」
君には恋人がいるだろう。
そう言いかけて自分でも息が苦しくなる。
手の震えが止まらない。そう、――裏切った。
それは僕も人のことを言えないから責めることもできない。口にした言葉が全て自分に返ってくる。
「先に言っておきましょうか。……甘南先輩は俺とあいつの関係は知ってます」
純白君の口から出てきたその言葉に、僕はただ目を見張ることしかできなかった。
純白君は何を考えているのか、こちらを見ようともしないまま床の木目を見つめていた。
「知ってて、俺に付き合ってくれたんです」
「……え」
「『恋人ができれば、あいつから逃れることはできるんじゃないか』ってね。……本当、お人好しな人ですよね。甘南先輩って」
公認で浮気。
そもそも、純白君のその口ぶりでは。
「君たち、は」
「……甘南先輩には彼氏のフリをお願いしてました。甘南先輩にも了承は得てます」
「…………」
驚きやら困惑やら凡ゆる感情の波が一気にやってくる。それに立ち向かい処理できるほどの気力も頭も今の僕には備わっていない。
ただ、呆然と純白君を見上げることしかできなかった。
けれど、君も小緑君も確かにお互いを想っていて――あれも演技だってことだった?
純白君を守るために?
でも小緑君はあんなに純白君のことを思っていた。
――いや、小緑君は友達思いだから心許した相手には熱心になる傾向はある。
そもそも、小緑君は。
「…………そう、なんだ」
嘘を吐いていた。
そして僕はそれを見抜くこともできなかった。
分かっている、昔ほど僕らの間には距離ができていることも。
それでも咀嚼することができない。それならいっそのこと知らなかった方がよかった。
「……先輩」
僕が余計なことしたから、自業自得だって言いたいのだろう。純白君は。
あのまま放っておいたって純白君は痛くも痒くもなかったから。だから、今回のことは全部僕の独りよがりで。
「先輩」
「……っ、触らないで」
「……」
「ご、ごめん……無理だ、ごめん。本当に……勘弁してくれ」
じゃないときっと、君に酷いことを言いそうだ。
そう伸びてきた純白君の手を振り払えば、純白君は僅かに目を伏せる。
それから「それが正常な反応ですね」と静かに口にした。
「俺のせいです。今回は。……アンタを巻き込みたくなかったのは本当です」
「……」
「また何か必要なものがあったら呼んでください」
「……」
分かった、と頷くことすらもできなかった。
自分がここまで余裕のない人間だと思いたくなかった。けど、純白君はそれを責めるわけなく「すみませんでした」と小さく僕に呟き、そしてそのまま教室を後にした。
膝を抱え、頭を埋める。シャツも全部純白君が戻してくれたのだろう。それでも汗までもどうにかすることはできない。
……シャワーを浴びたい。熱いシャワーを。
頭の中ではずっとよくない思考ばかりが巡っていた。
何一つ理解できない。
体が気怠い。指一本動かすのも嫌だった。
放課後、部活動終了のチャイムが鳴り響くまで僕は起き上がることもできずそのままじっとそこにいた。
それから、どうやって自宅へと帰ったかは記憶にない。
ただ、見回りの先生と会うのが嫌だった。
誰とも会いたくなかった。話したくなかった。
家に帰った後、親に声をかけられる前に風呂へと向かった。
シャワーを浴びている間、自分がどんな顔をしているのかを確認する勇気もなかった。
シャワーの熱湯で全部を洗い流す。除菌する。皮膚がヒリつき感覚が麻痺する。痛いくらい熱いくらいが今の僕には丁度よかった。
濡れた髪の先から頬へと滴る雫が水なのか涙なのかすらも自分でも分からなくなかった。
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