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2.シャーデンフロイデ
02
しおりを挟む「な……に、なんで……」
なんでそんなことを君に言われないといけないのか。
そう言い返そうとして、純白君は「利千鹿の話」と僕の言葉に先回りをする。
「……聞いてましたよね。言ってたこと」
忘れるわけがない。いや、忘れようとした。
けれど数日間、ずっと鼓膜にこびりついていた。
それでもそれを悟られたくなくて、極力顔に出さないように心がける。
「ああ……お気に入りだとか、そのこと? 別に、気にしてないよ。それに慈門君は元々友達は多い方だしモテるのだって当たり前だと思うし……」
「それ、本気で言ってます?」
「……だったら、駄目なの?」
「問題ないですね、別に。個人の意見の範疇なので」
「じゃあ……」
「けど、個人的に気に入らない」
どういう意味だと顔を上げるよりも先に、伸びてきた手に手首を掴まれる。そのまま指先を純白君の口元まで引っ張られ、指に触れるあの唇の柔らかさを思い出し、咄嗟に手を振り払った。
「な、に……」
「先輩、そうやってしっかり拒否できるのに……なんであんなやつの言いなりになるんですか」
「純白君、意味が」
「俺のこれ、誰にやられたか教えましょうか」
振り払おうとしても何度も絡みついてくる指先。その白く細い指は谷間を撫で、関節をなぞる。ガーゼで覆われた自分の頬に添えるように、純白君は僕の手に自分の手を重ねた。
じっと見つめてくる目に、頬の傷に、嫌な予感が過ぎる。浮気だけならまだ、いや、許容したつもりはないがそれでも慈門君の性欲の強さを考えれば納得はできた。
それでも。
「貴方の彼氏ですよ、先輩」
「――」
「貴方が優しくしてもらってる間、あいつ自分のストレス発散のため周りにぶつけてるんですよ。俺だけじゃない。けど、ほら、俺って先輩と似てるでしょう。顔見なきゃ――」
咄嗟に純白君の口を塞いだ。全身、皮膚がビリビリと痺れている。目の前が、視界が狭まっていく。
「や……」
「……」
「や、めて」
根の葉もない噂だと、慈門君を陥れるためだけに言ってるのだと思えればよかった。
それでも、哀れなものを見るかのような純白君のその目が痛いほど物語ってくるのだ。
だからこそ余計。
「やめて、聞きたくない」
「……先輩」
「ど……して、どうして今更……そんなことを言うの。じゃあ、君の怪我は全部」
「言うつもりはなかったですよ。俺も。……アンタはもっとしっかりしてる人だと思ってたら、利千鹿には捕まるし、あいつも余計なことを言うから」
「……」
全部嘘だ。純白君の狂言だと思いたいのに。
制服の裾を捲り、腹部を晒す純白君に息を呑む。真っ青に鬱血した下腹部にはくっきりと拳の跡がついていた。
僕は口を押さえたまま、それでも純白君の腹部から目を逸らすことはできなかった。一ミリたりとも。
「……先輩、最近あいつに殴られましたか? 首を絞められて、腹踏まれて、髪掴まれて引き摺り回されました?」
「……」
「騙されてますよ、先輩」
それは呪詛よりも最も効果のある言葉だった。
僕と慈門君は幼馴染で、誰よりもお互いを理解していると思っていた。
けれど、実際はどうだ。恋人になってからずっと、慈門君のことをなにも知らないのだと突きつけられている。
慈門君を信じたい。それなのに、純白君の言葉はあまりにも腑に落ちるのだ。
悲しいことに、慈門君が優しくなった時期と純白君の怪我が増え始めた時期は重なっていた。
そのことに気づいた瞬間、目の前の世界が一気に色を変えていく。黒く、色は落ち、目の前の純白君ですら別の生き物のように見えた。
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