72 / 152
2.シャーデンフロイデ
03
「……」
言葉も出なかった。
ただ目の前の純白君を見つめることしかできない。自分がどんな顔をしているのか俯瞰する余裕すらも。
否定、しなければ。
これを鵜呑みにしていいのか。
だって、彼は。平気で他人と寝れる子だから。嘘を吐ける子だから。
そう思いたいのに、純白君が嘘をついているようには見えないからこそ余計こんがらがる。
「……どうして?」
「先輩」
「君が慈門君のことを嫌っているのは知ってるよ。けれど、そんなことをいきなり言われても僕は……それを信じれと?」
「……まあ、普通は信じれませんよね。俺、信用ないですし。……先輩のこと、騙してたのも事実だし?」
そうまるで他人事のように嘯く純白君は僕から手を離す。
「俺も言うつもりはありませんでしたよ、死ぬほど腹立つけどあいつが反省してアンタが幸せになれるんならまあいいかと思ってましたし」
シャツを戻し、制服を整える。その手首から覗く縛ったような跡。それを見た瞬間、いつの日かの自分の手首にこびりついた痣が脳裏に過ぎった。
「けど、今回の件で分かりました。先輩、まだあの馬鹿のこと信じてるんですよね」
「……そ、れは」
「俺、実は先輩のことちゃんと好きなんですよ」
「あ、これは本当です。信じてもらえないなら別に結構ですけど」そう純白君は平然とした顔で続ける。
それはあまりにも唐突で、僕が反応できずにいるのも気にせず純白君は目を細めた。
「……だから、やなんですよ。あいつらのせいで先輩がこんな顔するのは」
伸びてきた手に顔を持ち上げられる。
告白、されているのか。違う。これは純白君の主張だ。吐き出すだけ吐き出してその返答を求めているわけではないというのは純白君の目から見て分かった。
「……純白君、君は」
「分かってますよ。今アンタを傷つけてるのは俺ですよね。まあ、俺のことは軽蔑してもらって構いません。寧ろ今までが優しくしてもらえてた方だと思ってますし」
「……君は、勝手すぎるよ」
純白君は「それ、よく言われます」と目を伏せて笑う。
彼のことが分からない。大人びていると思えば、年相応にもなる。浮かべた笑顔は楽しそうにも悲しそうにも見えるのだ。
ただ、こちらを見つめる目は真っ直ぐで。
僕はこの目を知っている。
「……アンタは、俺みたいになってほしくないから」
「綺麗なまま、笑っててほしいから」ただそれだけ、と純白君は呟いた。
器用で狡猾、のらりくらりとして掴みどころがない少年だと思っていた。けど、それは僕が純白君のことを知らないからだ。
なんで僕のことをそんな目で見るのだ。
よくも知らないのに、ただ同じ委員会なだけなのに。親友の恋人のはずなのに。
――いや、実際には違うということなのだが、今となっては些細な問題のようですらあった。
「……君は、僕を買い被りすぎだよ」
あんな醜態晒した僕を先輩だと呼んでくれる純白君。
僕は、純白君のことを疑っている。疑いたいと思っている。そうでなければ、慈門君を守ることはできないから。
僕の中の慈門君という存在までもが嘘になるから。だから、僕は純白君を嘘吐きにしようとしているというのに。
「そうなんですか?」
「……そう、だよ。僕は、君の怪我を見ても信じれない。犬馬先輩にやられたんじゃないかと思ってる」
「疑えるなら正常ですよ。寧ろ、この流れで全面的に俺を信じられてもそれはそれで心配になりますので」
「……純白君」
「俺は疑われたからって誰かさんみたいにアンタを無理やり従わせるような真似はしませんよ。自分の思い通りになるように脅すことも、暴力振ったりもしません。……なので、俺の言葉を信じるなり疑うなりお好きにどうぞ」
そう純白君は僕に背中を向ける。
どこへ行くのか、と目で追いかければ、純白君はこちらを振り返る。
「……あいつに会いに行くつもりだったんでしょう? あとは本人に聞いてみればいいんじゃないですか?」
そして、言いたいことだけ言い残し、そのまま純白君はその場を立ち去った。
何故君が今から僕が慈門君に会いに行くというのを知っているのか。
聞きたいことはあった。けれど、その返答を聞くのが怖くて、暫く僕はただ一人立ち竦んでいた。
足を進める。向かう先は通学路途中のコンビニだ。
家を出た時はまだ軽かった足が、今は靴底に鉛でも入っているかのようにすら思えた。
歩いている間もずっと頭の中で純白君と犬馬先輩の言葉が反芻されていた。
慈門君を信じなければ――そう思い込もうとしている時点で自分の心は決まっているも同然だった。
せめて慈門君の言葉を聞きたい。
けれど、それを聞いてしまった時に自分がどうなるかが怖かった。
結局のところ僕は自分が傷つきたくない。だから、純白君の忠告も聞かなかったフリをする?知らなかったフリをする?このまま心地よい関係を続けていくのか、裏で純白君が傷つく可能性があると知っておきながら。
気付けば目的のコンビニの駐車場までやってきていた。コンビニの隅、そこには背の高い影があった。スマホを弄っていた慈門君はこちらにすぐに気づき、「折、何かあったのか?」と笑いかけてくる。
いつもと変わらない笑顔。ずっと、僕が見てきた慈門君がそこにいた。
「……慈門君」
僕が遅れたことを怒るわけでもなく、心配そうな顔をして近付いてくる。「大丈夫か?真っ青だぞ」と頬を撫でられそうになり、咄嗟に僕は慈門君の手首を掴んだ。
「折?」
何も知らないことが、何も気づかないことが幸福である。
でもそれは誰かを犠牲にしたもので。
「なあ、まだ具合悪いんじゃ――」
「あの、慈門君」
「……どうした?」
僕の態度から何かを気取ったのか、落ちてくる慈門君の声が僅かに低くなったのを聞き逃さなかった。
辺りには僕たちと同じように登校する生徒や仕事へ向かう人たちがいる。ただ戯れあってるだけだと思ってるのだろう、誰しもが僕たちを素知らぬ顔をしてそれぞれの目的地へと向かっていく。誰も気にしていない。今僕が決心しようとしてることなんて、露知らず。
顔を上げ、頭一個ぶんほど高い慈門君を見上げる。心配そうな顔をして慈門君はただじっとこちらを見ていた。
心臓が壊れそうだった。怖い。今すぐにでも逃げ出したい。何も知らないフリをしてるのが自分のためだと分かっていた。
けれど、そうしなかったのは誰のためなのか。僕にはもう分からない。
慈門君のことも信じたかった。
純白君のことも、疑いたくなかった。
だから僕は。
「慈門君……僕に隠し事、してない?」
自分の退路を断つことにした。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....