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2.シャーデンフロイデ
幼馴染【side:小緑】
ただ産まれた場所、時期が近かった。
同じ学校で育ってきた。
それだけだった。
今思い返せば俺たちの共通点など数えるほどしかない。
それでも幼い時の俺たちはそれだけが全てだった。
『頼む、小緑』
あいつが頭を下げていた。見たことのないほど顔を腫れさせて、涙を滲ませて。
『俺からあいつを……折を盗らないでくれ』
中学に上がって初めて迎えた夏休みの夕方頃。その日も織和と街の図書館で待ち合わせをして夏休みの課題を片してきたその帰り道だった。
その日は用事があると俺たちの誘いもほっぽいていたあいつは人んちに来るなり頭を下げた。
『盗るも盗らないも、そもそもあいつは所有物ではない。……大体その面はなんだ。上がれ、手当しろ。化膿するぞ』
『俺にはあいつしかいないんだ』
人の話も頭に入ってきていないらしい。けれど、成長期で図体だけ育ったこいつにしがみつかれれば振り払うのも至難の業だった。殴り飛ばせば良いと分かっていても、既に作った傷を見てそれを実行に移すことはできない。
ただ、ひたすら頭に来たのは覚えていた。
昔から天翔とはウマが合わなかった。わざと反発するように俺と逆の意見を言う。
こいつはいつでも織和の気を引くので必死になっていたからだ。三人で行動することはあった。けれど織和がいるときのあいつは常に浮き足立ち、まるで話にならない。
最初の頃は頭に来ていたが、年数を重ねれば分かっていたことだ。こいつを友人だと思っていたのは自分だけなのだと。
だから、そんな言葉が出るのだと。
大人になるというのは空気が読めるようになることだ、と何かで読んだ。そんなものクソ喰らえと思っていた。けれど、実際はどうだ。
天翔に懇願された日、俺は殴り返すことも返事することもできなかった。ただ、「帰れ」と一言絞り出すので限界だったからだ。
そんなこと、俺が決めることだ。誰かに指図をされるつもりもない。
そう思って、それから天翔の懇願も無視した。――つもりだった。
実際はどうだ。天翔がいない時間を織和を過ごしている内に変化に気付くようになる。天翔が恐れていたその理由が、織和が自分へと向けてくるものが慈門に向けるそれと違うことも。
違う。そう感じているのは自分の見る目が変わったからだ。
俺にだって織和と天翔しかいなかった。
あいつらとくだらない言い合いしている時間は気楽だった。人目を気にせずにいられたからだ。
けれど、それが独りよがりだと理解した瞬間に破綻した。
それからだった。いつもの待ち合わせ場所にも、通り道だった織和の家にも出さなくなった。秘密基地にも。
あいつらとの思い出がある場所は避けるようになったのは。
校内で織和と天翔が二人で並んでるのを視界に入れる度に息が詰まる。本来ならばその隣に自分もいたはずなのに、そこに近寄ることすらできなかった。
時間が経てば慣れるだろうと思っていた。元々、あいつらといない時は一人で過ごすことは当たり前のことだったから。
それから高校に上がる。
あいつらが付き合いだしたという噂を聞いたとき、『やっとか』と肩の荷が降りた気がした。天翔の悲願は果たされたのだと。
『おめでとう』と、一言だけ言ってやるつもりだった。
それくらい良いだろうと、そのつもりで織和の家へと向かった。あれから今までも天翔は織和の迎えに行ってると知っていたから、そこで二人に声をかければいいと――また昔みたいに話せるのではないか、などと生温い考えを胸に。
「ちょっと、家の前」
「なあ、ちょっと遅れたっていいだろ」
「ええ? また?」
「すぐ終わるから、な? いいだろ?」
織和の家の玄関先、抱き合う二人を見た瞬間、全身の血が引いていくのが分かった。
ああ、と思った。自分の立ち入る隙など既になくなっていたのだと。
咄嗟にその場を立ち去ろうとしたとき、確かに織和と目が合った。それを見なかったふりをして、その場を後にする。
自分からもあいつらからも目を逸らしてきた。
だから、今そのツケが回ってきたのだろう。
「それはなんのつもりだ?」
「……」
「藤」
腰を折り、頭頂部をこちらへと向ける目の前の『恋人』を自然と見下ろす形になっていた。
顔を傷だらけにして人の教室に来たと思いきや、いきなり教室から廊下へと連れ出され――そしてこれだ。
藤はゆっくりと顔を上げる。打撲痕による鬱血と腫れが酷い。左半分は下の顔が跡形もないほどだ。
それでも真っ直ぐに藤はこちらを見上げていた。強い意志の宿ったあの目で。
「……先輩に謝らないといけないことがあったので」
「それはその顔の怪我に関係してるのか?」
「半々ですね」
どういう意味だ、と促すよりも先に藤は小さく息をする。そして、何かを決心したように息を吐いた。
「折先輩に話しました。俺たちのこと」
なるほど、そういうことか。とすぐに藤の殊勝な態度に納得した。
「そうか」
「……怒らないんですか?」
「理由があったんだろ。お前は無意味なことはしないからな」
短い間だが、こいつと過ごしてきて感じたその印象は今もなお揺るがない。
マイペースで身勝手と他人に受け取られ兼ねないだろうが、そこにはいつでも意図がある。
そしてそれは毎回何かを守るためだった。自分、或いはそれ以外を。誰かを陥れるための行動は取らない。
藤は目を細める。
「先輩さあ……本当、あの人に似てるよ」
顔を上げさせ、藤の傷を確認する。不貞腐れたようなその口元を覆い隠すマスクを外させれば、切れた唇すらも赤くなっていた。
「誰にされた?」
「言いません」
「藤」
「言いませんし言いたくない」
「子供か、お前は」
「先輩に言われたくないです」
「……」
この問答もいつものことだし、こうなったときはいつでも平行線を辿る。
息を吐き、藤の腕を掴む。制服の下、隠れている場所にも傷があるのだろう。小さく呻く藤に、慌てて手を緩めた。そして、
「これから保健室に行く。暴れるならこのまま引き摺っていくから覚悟しろ」
「見てわかりませんか、手当なら間に合ってます」
「いいや、不十分だ。そのままにしてれば痕になる」
「別に、先輩は困らないでしょ」
睨めば、藤はむっつりと黙り込む。
それから諦めたように息を吐いた。
「……もう、勝手にしてください」
「ああ、そうだな。そうさせてもらう」
「……本当、どいつもこいつも……」
最後の最後までぶつくさと言う藤を連れ、そのまま俺は保健室へと向かった。
何が合ったのか詳細を聞くのはその後だ。
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