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2.シャーデンフロイデ
02【side:小緑】
大人しくなった藤を保健室に連れていく。
藤の顔を見ると養護教諭は驚いたような顔をして、それからすぐに手当を施した。
藤が怪我を負うことは珍しくはない。養護教諭も何も言わずに手当を優先したが、すぐにどこかへと消えて保健室内には自分と藤の二人だけが残ることになった。
「一応自分でも応急処置はできるんで。治りかけの痣が目立ってるだけですよ」
全ての手当を終え、制服を着直した藤はというとこれだ。
「そういう問題じゃないだろ」と睨めば、椅子に腰をかけたまま藤は不貞腐れた子供のように視線を外す。
それから立ち上がる。
「おい、どこに……」
「帰ります」
「まだ話が終わってない」
「言ったでしょう、別にいつものことです」
「ここ暫くは落ち着いてたはずだろう。なんで今更」
「……」
藤純白の交友関係は自分の常識のそれとは違う。
それは出会った時からわかっていた。
初めて出会った時、男に抱かれているこいつを見て喧嘩と思い助けたのがきっかけだった。
挙げ句の果て、『余計な真似をするな』と藤に説教される。最悪だった出会いを思い出し、あれから何も変わってないなと自嘲した。
「犬馬から何を言われた?」
藤は基本誰にも従うことはない。
ただ一人――犬馬利千鹿の言葉だけは耳を傾ける。
犬馬の悪評については他人に興味がない自分の耳にも届くほどだった。
近づかない方が良いと。大抵は色恋絡みの悪評だ。どれも自分にとっては馬鹿馬鹿しいものだった。
恋人を取られただとか、捨てられただとか。
それでも遠巻きに見た犬馬利千鹿の印象は想像よりも悪人そうではなかった。年相応に笑い、友人たちに囲まれて微笑む。
その友人の中には天翔慈門もいた。
犬馬利千鹿が天翔に目をかけているのは傍目に見ても分かった。
あいつは織和しかいないと言っていたが、居るではないか。言うならばもっと、あいつには友人と呼べるような人間が周りにいる。
それなのに、と何度も校内で見かける都度天翔の懇願を思い出しては腹が立った。
そして、藤もその内の一人だ。
この男は犬馬利千鹿のことを嫌っていながら離れがたく思っている。矛盾している。
「言われてない」
「嘘を吐いたところで時間を無駄にするだけだぞ。お前は犬馬のことになると分かりやすい」
「どこが」
「嘘を吐く」
「だから嘘じゃないですし」
「お前が庇うのはあいつくらいしか居ないだろ」
矛盾している。
犬馬利千鹿を嫌っていながら離れがたく思っている。
二人の関係は目の当たりにしても歪だった。
『人の関係に口出しするなよ』
初めて藤と会った時も、あいつは弱っていた。
いくら強がったところで肉体は磨耗していく。それに気づいていながらもブレーキをかけられない。その心の軋轢は涙になって表に現れる。
――あいつと同じだ。
自分をすり減らしながら生きていく藤を見て、見兼ねて手を取った。
『今のお前の精神状態はまともじゃない。だから、現状から距離を取るべきだ』
『なに、先生気取り?』
『俺と付き合え、藤』
あの時の藤の顔は今でも思い出す。
自分でも自分の言葉に驚いた。他人との関わりなどどうでも良いと思っていた。人と深く関わったところでろくなことにならないと。
幼いあまりにあいつらから逃げ出した自分を払拭したかったのだろう。こいつを救うことで自分を許したかったのだろう。
だから、藤は俺を自分勝手だと言う。その認識は恐らく正しい。
「俺のこと、そんな風に思ってたんだ。……まあ、否定はしませんよ。事実です」
幼い頃からそういう風に生きてきたから。
殆ど両親に放置されて育ってきた藤の面倒を見てたのが犬馬だと聞いた。犬馬先輩の家は奔放な家だった。
毎日のように別の男がやってきて、扉も閉めずに身内との行為を見せつけられる。それを尻目に犬馬は一つ下の幼馴染を弟のようにして可愛がって遊んでいた。
他に構ってくれる家族がいなかったから。その時から藤の中心は犬馬だった。
犬馬が言うから、彼を楽しませるために他の男に抱かれる。
犬馬の機嫌を取るために、一人にならないためにどんな無茶もこなしてきたという。
自分の知らない二人の関係があったとしてもだ。自分にとってなにより理解できないのは犬馬利千鹿だった。
「もうあの人に近付くなと言っただろ」
「……近づいてきたのはあいつだ」
「その怪我は?」
「……利千鹿じゃないですよ。あいつは自分で殴らないから」
「じゃあ、他のやつに殴らせたのか」
藤は無言だった。それは肯定にも等しい。
怒りが込み上げてくる。それと同時に歯痒さも。
「誰にやられた?」
「……言いたくない」
「俺の知っているやつか」
そう口にした瞬間、藤は「さあ」と目を伏せた。
本当に、嘘が下手だ。
「藤……ッ!」
「先輩、大きな声出すと先生たちがきますよ」
「誰だ、三年か? 二年?」
「分かってますよ、先輩が怒る理由も。……今回ばかりは俺だって不本意だった。こんなことならあいつに会うつもりもなかった」
「……藤」
「……だから、ごめんなさい」
「一応謝罪しておきます」と藤は目を瞑る。
珍しく素直に謝られて戸惑ったときだった。保健室の扉が勢いよく開いた。
そこから現れた人物に目を見開く。
「げ……」
「……」
「――常楽先生」
「ほら、きた。最悪」と呟く藤。
扉の前、いつも以上に険しい顔をした男性教諭がそこには立っていた。
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