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2.シャーデンフロイデ
03【side:小緑】
大股でこちらまで向かってきた常楽先生は藤が逃げるよりも先に肩を掴んだ。
「いっ……! おい、この体罰教師――」
「誰にされた」
「そのやり取り、今やったばっか」
「天翔か」
常楽先生の言葉に全身が冷たくなる。
どういうことだ、と藤を見た瞬間、あいつは小さく舌打ちをした。
そして、すぐにその手を振り払う。
「そういう決めつけ、モラハラですよ」
「お前があいつらと街を歩いてたのを見たという生徒がいた」
「絡まれてただけだし」
そう立ち上がる藤。咄嗟に「藤」と名前を呼んだ瞬間、ほんの一瞬こちらを見た藤の目が揺れる。
それから瞬きをした次の瞬間にはいつもの意思の強い瞳が戻っていた。
「もう終わりにしましょう、先輩」
「おい――」
「今までお世話になりました。どうも、お元気で」
藤、と呼びかけるよりも先に目の前の常楽の脇をすり抜け、脱兎の如く藤は逃げ出した。
追いかけようとしたが、目の前で叩きつけるように扉に阻まれる。
指が挟まれたらとんでもないことになっていただろう。
背後で深い溜息が聞こえてきて、それから「甘南」と掠れた声で名前を呼ばれる。
「常楽先生、今の……どう言うことですか」
「奇遇だな。丁度お前にも聞きたいことがある」
「お前のその質問にも関係あることだ」そう常楽先生は胸のポケットを探ろうとして、やめた。
「お前、今日織和を見たか?」
常楽先生が織和の名前を口にした途端、胸の奥がざわついた。
いえ、と小さく首を横に振る。そしてすぐ、つい先ほど藤が自分に伝えた話を思い出した。
「……藤なら、会ったかもしれないです」
そう答えた途端、常楽先生は窓の外に目を向けた。自分を落ち着かせるようにこめかみを揉む。
窓ガラスの外では雨が叩きつけるように降っていた。
「通りで」
「織和が……あいつがどうしたんですか」
「あいつが学校に来てない」
織和が数日休んでいるというのは聞いていた。
そして担任の常楽先生ならばきっと自分よりも把握してるはずだ。それなのに、その彼がこんな反応をする理由は。
「あいつの親からはいつも通り学校へ向かったと連絡があった」
「……」
「けど、あいつは校門すら潜っていない」
かき混ぜられた思考の中、マーブル状の黒い染みが繋がっていく。
藤の謝罪。
織和が消えた。
藤の怪我に天翔が関わっている。
織和は、自分と藤の関係を知った。
けれど、肝心の大事なピースだけが抜け落ちている。
歪で歪んだピースだけが。
「……天翔は」
「教室にも帰ってきていない。数日、家にもな」
――友人たちにも何も告げず、あいつは姿を消した。
そう聞いたとき、考えるよりも先に体が動いていた。
藤にすぐに連絡を入れるが、それもすぐに途切れた。あいつ、人を着信拒否リストに入れている。
藤と天翔が関係してるとして、どうしてもその後ろにいる人物が無関係だと思えなかった。
――できることなら関わりたくもない。相容れないと分かりきっていたからだ。
無駄なことに無駄な労力を割くのは嫌いだ。それでも、これは無駄ではない。
そのままの足で保健室から出ようとしたとき、常楽先生に「おい」と呼び止められる。
「どこへいくつもりだ」
「犬馬利千鹿のところに」
「……そこに織和がいると?」
「分かりません。けど、あいつは何か知ってる」
「あいつの連絡先は」
「俺が知りませんよ、そんなの。そもそもクラスも知りませんし」
「あいつもおとなしく家にいるタイプじゃないぞ」
「……でしょうね」
けれど、俺は知ってる。
あいつが借宿として入り浸っていたマンションの一室を。
犬馬から鍵を貰い、好きにしていいと言われていることも。
『ですので、家出少年として補導されるようなヘマはしませんのでご心配なく』
下校時、実家に帰りたがらない藤を途中まで送ったことがある。あまりにもしつこく聞いたのが我慢の限界だったらしい、念の為と部屋の番号も聞いていた。
本当か嘘かは分からない。それでも、今の自分にはその時の記憶しかない。
そして、恐らく藤が向かう先にあの男がいる気がした。薄ら笑いを浮かべたあの男が。
説明すれば、常楽は短く「車を出す」と告げた。
「ナビをしろ、いちいちカーナビに教え込む時間が惜しい」
どこかへ連絡しながら保健室を出ていく常楽先生。「はい」と顎を引き、その後を追いかけた。
「もし、あいつがいなかったら」
「警察には連絡を入れてる。生徒の安全確保のため、うちの制服の生徒、もしくは高校生くらいのガキがいたら片っ端から補導してうちの生徒の場合は連絡を入れろと」
「それでも出てこなかった場合は、あいつの知り合いの家を片っ端から当たる。それでもダメなら連中の溜まり場、宿泊施設も当たる」そう答える常楽先生の声は初めて聞くトーンだった。
生徒指導の彼が不真面目な生徒に指導する姿は何度か見たことがある。けれど、その時の厳しさとは違う。
冷静でいながらもその奥に滲む隠しきれないほどの怒りを感じ、それ以上声をかけることはしなかった。
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