恣意的なぼくら。

田原摩耶

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3.???

04【side:純白】


 驚くことに、久しぶりに帰ってきた家には灯りが点いていた。
 殆ど帰っていなかったリビングには知らない男と母親がいた。
 あれほど埃被り荒れていた部屋の中は片付き、まるで知らない家族が暮らしているかのような形跡すら見えた。
 俺を見て、母親は邪魔者を見るような目で俺を見た。それからすぐ、「おかえり」と母親の顔をする。
 今までどこにいたのかと聞くこともなかった。母は気まずそうに隣にいた男に自分の息子だと説明し、そして俺には隣にいた男を新しい父親だと紹介した。
 どうせまだ彼氏だろ、と突っ込む気にもなれなかった。正直どうでもよかった。
「そう、よかったじゃん」とだけ告げた。
 自室は物置になっていた。幸い家具などはそのまま残っているらしい。ベッドがあるだけましだ。


 ――今日からはここからが家だ。
 利千鹿はもう隣にいない。





 母親が都合のいいように俺のことを男に説明してくれていたお陰か、一応は家族の一員として扱われた。
 とはいえ、家に居たくもなかった。自称父親は妙に優しくてキモかったから、余計。
 だから、日中は図書室で過ごし、できる限り知り合いと鉢あわないように生活した。

 利千鹿たちが生活するあの部屋、そしてその周辺に立ち寄らなければ連中から逃げられる。そう思っていたのだ。
 けれどそれは利千鹿の場合の話だ。
 天翔慈門はそうではなかった。
 同じ地域に住んでいる限り出会う可能性はある。
 街中で天翔慈門を見かけた瞬間血の気が引いた。即座に踵を返したが、あいつはすぐに俺に気づいた。そして、どこまでも追いかけてきやがって――殴られた。

 ふざけるなと抵抗するが、その態度が余計気に障ったらしい。腹いせのように殴られ、その怒りを収めるために犯される。
 そして何もなかったようにすっきりした顔であいつは立ち去った。
 何事もなかったようにすっきりとした顔で友人たちと合流して笑っているあいつを見た瞬間、明確に殺意を覚えた。

 こんなことは一度や二度だけではない。
 通っていた図書館で待ち伏せされていたときは流石にしばらく家から出ることをやめた。
 車を持っている知人に頼んで地元を離れ、そこでようやく息ができるような時期もあった。

 何故あの男のために俺がそんな気を使わなければならないのか、そう改めて考える度に腑が煮え繰り返るようだ。
 そもそも何故あいつが利千鹿に気に入られてるのかも理解できない。
 それ以上に、追いかけ回してくるくせして俺の顔すらも見ようともしなければ名前すらもろくに覚えないあの男が許せなかった。


 ――あの男に復讐する。
 そう決意するまで時間はかからなかった。


 腕力では敵わないと分かっていた。
 だから、俺はあいつと同じ高校に進学することを選んだ。
 その理由は、ただ一つだ。
 あいつの大切にしてきたものを全て壊すため――それだけだった。

 本当はどうだってよかった。いつ死んでもいいと思っていた。
 けれど、自分がこんな思いの間にもあの男が間抜けな色恋でのぼせ上がっているという事実が許せなかったからだ。

 だから、高校に入学してまず俺は『オリ』を探した。
 そもそも珍しい名前だ。二年生の男子に適当に声をかけて『オリ』について聞いたらあっさりと目的の人物に在り付くことはできた。

 ――織和折。
 優等生を絵に描いたような品行方正な真面目な生徒。図書委員所属の帰宅部。

 何度か教室へと足を運ぼうとしたが、折の教室の前には常に天翔が張り付いて隙がなかった。
 暇人かストーカーかというレベルであいつは日中折の元へ通っているようだ。その姿は校内でも最早珍しくない光景らしい。

 俺としてはあのゴリラと対峙することは避けたかった。
 天翔不在時に折と接触するため、図書委員に入ることにした。
 無論、真面目に仕事するつもりはなかった。とにかく適当に折に近づければよかったのだ。





『えっと……君は藤……純白君、だよね。あ、僕は織和折。何か分からないことがあったら気軽に聞いてね』

 どんなやつか見定めてやろうと思ったが、正直出鼻を挫かれたような気分だった。

 織和折は少し緊張した様子で俺に手を差し出してくる。
 真っ直ぐと伸びた背筋、そしてあからさまな作り笑い。

 ――こいつが、天翔慈門の親友で……片想い相手?

 噂では聞いていたが、目の当たりにすると奇妙な感覚だった。
 あの男も告白できずにいる相手。そう思うと余計……あまりにも、色気とはかけ離れた男だったから。
 真面目でつまらなさそうで、いかにもうぶそうではある。こいつのどこに惚れ、何に手こずっているのか。あの性欲の塊みたいなやつが。
 押し倒せば即日でヤレそうな気配すらある。

『よろしくお願いします』

 差し出された手は握り返さなかった。





 織和折は人からの頼み事は基本断らない。
 顧問からは毎回仕事を押し付けられている。
 お人よし。内申点は稼げているらしく、周りの教師や生徒からの信頼も厚い。
 そして、天翔慈門の恋敵もそれなりにはいるようだ。


 図書室前、扉の窓ガラス越しに一人でせっせと書架の本を仕舞っている姿を眺めていた。

 背後から押し倒せばすぐに犯せそうなくらいの無防備な背中。
 こんなやつ相手にあの男が手を出すことすら出来ずにいる。そう思うと余計苛立った。

 閉館後の図書室。
 目の前の扉を開けば、驚いたように折の背中が跳ねあがった。そして何事かとこちらを振り返る。

『し、純白君? どうしたの?』

 ほんの一瞬、その顔に広がった緊張は俺の姿を見るなりいつもの笑顔に戻る。

『先輩、一人ですか?』
『ああ……うん、一緒の子は先に帰らせたんだ。これくらいなら僕も一人で大丈夫そうだったから』

 書架には五冊ほど残っていた。その内の三冊を手に取れば、『純白君?』と驚いたように先輩はこちらを見る。

『……暇なんで手伝います。あと、返却予定今日だった本があったんで』

 何故、こんなつまらない嘘を吐いてしまったのだろうかと自分でも思った。
 織和折に妙な警戒をされたくなかったからか。
 ほんの少しだけ驚いたような顔をして、折は『ありがとう純白君。助かるよ』と嬉しそうに微笑んだ。
 その笑顔を向けられた途端、思わず目を逸らした。

 ――藤と天翔って似てんだよねえ。

 いつの日か利千鹿に言われた言葉を思い出した。
 そんなわけがないとそのときは一蹴した。今だって違うと思う。思いたいのに。

『……』

 ありがとう、と純粋に感謝されたとき、妙な居心地を覚えた自分が確かにいた。
 人気のない図書室に二人きり、無理やり犯すことは簡単だ。
 そのハメ撮りを天翔慈門に見せればいい。そうしたらあの男、面白いくらい暴れるだろう。
 そう分かっていたのに、結局最後の一冊まで片付け、俺は折と図書室の前で別れた。





 薄々分かっていた。織和折と初めて会ってから。
 あの男は、どこか利千鹿に似ている。
 それでいて利千鹿にはない清廉さがあった。

 ……まあ、恐らく俺のことは苦手意識を持たれているのだろうが。
 原因は分かっていた。たまたま他の男と会ってるところを目撃されたのだ。
 適当に誤魔化して誘ったら、面白いくらい顔を真っ赤にして逃げ出した。
 流石に嫌われたと思ったが、次に会った時も織和折は俺を後輩として接してくれた。
 ……まあ、目は全然合わなかったけど。
 

 それから遠巻きに織和折を観察する日々は続く。
 別にビビらせたくもなかったし、これ以上警戒されて近づきにくくなるのも本意ではなかったからだ。

 ……あ、また仕事押し付けられてる。
 全部残して帰ればいいのに、何ヘラヘラ笑ってるのか。

 そんな様子を見守りながら、はっとした。
 天翔慈門を復讐するため、織和折を人質にするためにここまできたというのに、俺は一体何をしているというのか。
 これでは何年も一緒にいながら告白すらもできないあの腑抜けと同じだ。

 遠巻きに折を眺めつつも他の方法はないかとずっと考えていた。
 織和折と同じくらいの天翔慈門に影響を及ぼす人間――いや、どう考えても織和折しかいない。
 そんなことを何日も悩んでは時間だけが過ぎていく。

 そんなある日のことだった。

『おい、なに折の周りちょろちょろしてんだよ』

 ――天翔慈門に見つかった。
 苗字しか知られてなかったはずだし、前髪を伸ばして雰囲気も変えた。表沙汰になるような問題は出さないようにしても、バレた。
 どうして、と思ったとき、天翔の後ろにいた男を見て息を呑む。

『藤、高校こっち入学するんなら教えてくれりゃあいいのに。水臭いなあ』
『り――』

 利千鹿。

 利千鹿が同じ学校というのは知っていた。
 いつかまた顔を合わせるだろうとも思っていた。利千鹿ならば一目で俺に気づくだろうとも。

 でもまさか、お前がこいつに教えたのか。
 ここでも俺を売るつもりなのか。利千鹿。

『せっかくなんだしさ、また遊ぼうよ』

 藤、と呼ぶその声は以前よりもひどく恐ろしく、冷たく響き渡った。

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