恣意的なぼくら。

田原摩耶

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3.???

02


 ――考えろ。

 茹るように熱を持った脳味噌を起こす。思考しようとすればするほど目眩は強くなり、見上げた犬馬先輩の顔が歪む。

 ――気を失うな。

 気持ちが悪い。心因的なものなのかは分からない。けれど、後頭部が酷く熱い。全身が汗で濡れているせいか熱くて寒い。

 ――何かがおかしい。

 奇妙な違和感はあった。ずっと。
 それは何年も前からだ。
 慈門君は僕の前では僕の知っている慈門君だった。少なくとも、そう把握してる。
 けれど僕と付き合っていたのは本当に慈門君だったのか。僕に手を出したのは、慈門君の意思なのか。

 そもそも何故僕が犬馬先輩のところにいるのか。
 何故慈門君がこの男のところに僕を連れてくるのか。
 慈門君は僕が犬馬先輩と仲良くするのは嫌がるのに。
 犬馬先輩は慈門君の浮気を僕にバラして人を犯すような人なのに、慈門君はなんで。

「織和チャン、吐きそ? 袋持ってきてあげようか」
「……一人にしてください」
「そんなことしたら何かあった時駆けつけてあげられないよ」
「それで結構です」
「……」
「それに、僕は貴方に助けを求めてはいません」
「滑舌も意識もハッキリしてる。へ~~、驚いた。織和チャン、結構丈夫なんだ? これも天翔のおかげ?」
「……」
「はいはい、分かったって。けど、何かあったら呼んで。扉の外にいるから」

 思いの外すんなりと犬馬先輩は立ち上がり、そして僕を一人にした。

 何を考えているのか分からない。
 ただの善意のはずがない。僕の肉体が回復したらまた何かをされるかもしれない。

 カチ割れそうなほど頭は痛む。
 けれど、今はその痛みが僕を冷静にさせてくれた。
 全身の熱と倦怠感は雨に濡れていたせいか。それとも殴られたせいか。はたまた何かしらの薬を眠っている間に飲まされたのか。
 服は着替えさせられているようだが髪は濡れている。まだあれから時間は経っていないようだ。汗かと思って拭えば、手のひらに血が滲んでいるのを見て布団のシーツで拭った。

 僕は慈門君を殺すつもりで傷つけた。
 慈門君だってそのつもりだと思っていたのに、あろうことか慈門君が選んだのは部外者に助けを乞う事だったのだ。
 その事実がじわじわと込み上げてきては腹の奥が重たくなっていく。

 犬馬先輩の様子からして僕たちのいざこざも把握されてる。それは僕にとっては厄介以外の何者でもない。

「……」

 どうして、慈門君。
 どうして関係ないやつを頼る。これは、僕と慈門君の問題だったはずだ。

 腫れ上がった自分の右手を見た。真っ青になっているが、骨は異常ないようだ。動かそうとすれば激痛が走るが、神経は通っている証拠になる。

 慈門君、君はまた逃げるのか。

 邪魔者は一人、犬馬先輩だけ。
 このままあの人に弱みを握られるのも不本意だった。

 未来は見えている。
 このままここにいて、あの男に好きにされる未来が。
 慈門君がどういうつもりかは知らないが、そういうことを平気でできるような男だ。
 自分から弱味を相手に見せてまで僕をこの男に助けさせたかったとでも言うのか。――そんなの、矛盾している。まともな頭ならば普通に病院に連れていく。けれどそれをしなかった慈門君のことを今更軽蔑はしない。

 僕だったら、一緒に死ぬ。
 あのまま気絶した慈門君をそのまま放置して生き絶えるまで閉じ込めて自殺を選ぶ。

 そこまで考えて、自分が生きていることに失望しているのだと気付いた。
 慈門君の顔など見たくもない。けれど、無関係のあの男が間に挟まってくることが何よりも僕には耐えがたかった。
 怪我など手当しなくてもいい。雨に濡れたまま打ち捨ててくれた方がずっと。

 頭の奥、鬱々と巡る思考は止まることを知れない。洪水のように溢れ出した感情を落ち着かせることで精一杯だった。

「……」

 犬馬先輩の隙を狙って、眠っているという慈門君に会いに行く。それで、トドメを刺してやる。
 ここが犬馬先輩の部屋だとか知らない。あの人には借りがある。それに、厄介ごとを持ち込まれて快く招き入れたのはあの男だ。

 部外者が、僕たちの問題に首を突っ込むな。

 この腹の中で荒れ狂う感情は慈門君が泣いて土下座したって収まることはないだろう。

 純白君にしたことも。他の女の人のところに行ったことも。他人を代替品にしたことも。
 そしてなにより君は僕を裏切った上、僕以外の男に腹を見せた。その事実が何よりも僕を怒りに掻き立てた。

「……」

 君が心穏やかに眠っていることが許せない。
 君に心休める場所がある事実が許せない。
 僕だけだって言っておきながら、僕以外いないと言っておきながら。君は未だ生きてる。

「……」

 そのためには、犬馬利千鹿が邪魔だった。
 慈門君に頼るための場所など必要ない。
 傷口が疼く。吐き気が止まらない。
 肉体が今はただ邪魔で仕方なかった。

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