恣意的なぼくら。

田原摩耶

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3.???

05


 何をしてるんだ、僕は。

「それで、どうですか? 俺のこと、ちゃんと使えそうです?」
「……そうだね」

 自分のことまでしょうもない人間のように思えてきて丁度いいかもしれない。
 頷き返せば、「ならよかったです」と純白君は微笑む。

「俺も、先輩のお陰で頭がスッキリしましたよ。……それで、これからどうするかなんて考えてるんですか?」
「君の切り替え方、すごいね」
「俺、淡白らしいんで。まったりイチャイチャするのがお好みなら期待しないで下さいね」

「あと別に絶倫でもないんで」と机に腰をかける純白君。
「いいと思うよ」とだけ返し、とにかく平常心に戻ろうと努める。

「……君には犬馬先輩のことを聞きたかったんだ」
「……」
「行きそうな場所、関わりが深い知人――それから、犬馬利千鹿のこと」

「僕も調べてみたけど、あの人のことをよく知ってる人全然いなかったから」だから君に会って話したかったんだ、と続ければ、不愉快そうにするわけでもなく「それは正しい判断ですね」と純白君は頷いた。

「俺の知ってることならなんでも教えてあげますよ。信じるも信じないもお好きにどうぞ」

 君は嫌じゃないの?僕に探られて。
 なんて聞いてる僕が言えたことではない。
 何も言わず、今はその言葉に甘えることにした。わざわざ疲れるような真似もしたのだ、このくらいは許してくれるだろう。そう誰かに言い訳するような言葉を並べながら。

「まず、利千鹿は基本友達はいません。知り合いはたくさん居ますけど。あいつを泊めてくれるような知り合いも、家を丸々貸してやるような知り合いもいますよ。あいつの家族の彼氏や元旦那、男友達まで多岐に渡って」
「……そこまで?」
「ええ、そこまでです。俺の知ってるあいつが基本寝泊まりしてた場所、そこもその経由ですね。でも流石に騒ぎがあってからは帰ってなかったみたいなんで、別どっかにまた新しい部屋構えてますね」

 慈門君に連れて行かれたというあの部屋。あそこが犬馬先輩の部屋の一つだったということか。
 当たり前に実家一つしか家がない僕からしてみれば、転々とするような犬馬利千鹿の生活は未知だった。

「まあ、そっちの知り合いは俺の方で当たってみますよ。共通の知り合いも何人かいたので」
「ありがとう、純白君。……多分、慈門君も一緒にいると思うんだ。慈門君も家に帰ってないらしいから」
「ああ……そういうことですか。……またか」

 そう呟く純白君の瞳に呆れが浮かぶ。

「どうかしたの?」
「利千鹿には悪癖があるんですよ。……先輩やあの馬鹿男が目をつけられたのも同じ理由で」
「え?」
「……あいつ、傷ついてる人間が好きなんですよ。不安定でアンバランス、欠けて、空っぽの人間が」

「そういう人間を引き寄せているのか近づいているのか知りませんが、そういうやつばかりを集めてるんですよ」どうして、という言葉よりもそこに自分も含まれていることに腹が立った。同時にあの時の犬馬先輩の態度や言葉を思い出して妙に納得すらする。
 まるで人を囲い込むような言動、自他境界すら曖昧なあの妄言の数々。それを否定したときの反応。
 ――なるほど、と思った。

「……先輩が連れ込まれたっていう部屋、そこはあいつのおままごと部屋ですよ。……俺も、そこで何年もいた」
「その話、詳しく聞かせてもらってもいい?」
「別に楽しい話ではないですよ」
「慈門君も関係あるんだよね、それ」
「まあ、九割」
「じゃあ、言って。純白君、僕のいうことなんでも聞いてくれるんだよね」
「……」
「僕に遠慮とかしなくていいから、全部教えて。君の知っている犬馬利千鹿のこと――それから、君のことも」

 純白君は一瞬困惑の顔をしたが、やがて観念したように手を挙げる。そして「分かりましたよ」と頷いた。

「もう俺も貴方には遠慮しませんよ、先輩」

 そう、ぽつぽつと純白君は話し始めた。
 その口から語られる内容はあまりにも作り物のような内容だった。
 純白君が生まれた時から一緒にいたという犬馬利千鹿という人物と僕の知っている犬馬利千鹿という人物が噛み合わない。
 それでも、成長するに連れて僕の知っている犬馬先輩になっていく。

 長い間純白君は犬馬利千鹿と一緒にいたはずなのに、その語り口はあくまでも第三者的だった。まるで、純白君すらもその心の中を理解し兼ねている。そんな慎重に紡がれる言葉にただ耳を傾ける。


「利千鹿がある日、天翔慈門を拾ってきたんですよ。ボロボロだったあいつを」
「……ボロボロ?」
「ええ、俺は興味なかったんで詳しく聞いてませんけど、あの怪我からしてリンチされてたんでしょうね。大分見窄らしかったし」
「……続けて」

 慈門君の名前が出るようになったのは僕らが中学生の時――まだ記憶に新しい数年前のことだ。
 そこから先、純白君の言葉の端切れはところどころ悪くなる。思い出したくもない記憶も思い出させているのだろう。彼なりに言葉を選び、それでも僕に伝えるために客観的且つ端的に伝える。
 頭の中で想像する。あの部屋で起きたことを。彼が感じたことを。それから――犬馬利千鹿の元を去ることを決意したことを。
 慈門君が純白君にしたことを聞いた時、怒りのあまりに拳を握りしめた。慈門君への怒りもあるが、自分の知らぬことでそんなことがあったということに。
 慈門君が怪我をしているのは見たことあった。けれど、その時も慈門君は「ああ、ちょっと転んでな」と誤魔化していた。何も僕に言わなかった。言わない代わりに全部純白君にぶつけていたのだと思うと――吐き気がする。

「……それからはここに入学して、アンタも知ってる通りですよ。……アンタのことも、甘南先輩のことも全部復讐するつもりで近づきました」

 けど、と純白君は言い淀む。
 純白君の本心は告げられていた。そのために僕に頭を下げたのも、僕に協力するといったのも。
 きっと彼は、犬馬利千鹿の代わりの居場所を探している。そんな彼が小緑君と知り合えたのは不幸中の幸いと言えるだろう。

「以上、こんなものですかね」
「……」
「退屈な話をしてしまいすみませんね。……俺も、利千鹿の腹の奥までは理解できてないもんで、表面的な話しかできないんです」

「自分で整理しながら話しててあまりにも浅くて笑っちゃいそうになりましたけど」そう純白君は皮肉げに微笑んだ。僕は何も言えなかった。
 僕が純白君だったら、きっと同じように無力感に襲われるだろう。何も話してくれない犬馬先輩に落胆するし、それと同時に慈門君に付き合わされる内におかしくなってしまうだろう。
 痛みの問題ではない。他人に人として扱ってもらえず、物のように消費される。周りに自分の理解者などいない。――いや、純白君の場合犬馬先輩がそれだったはずだ。
 けれど、犬馬先輩にすら見捨てられたら。きっと。

「先輩」
「……ごめん、少し考えてて」
「俺のことは良いんですよ。それで、どうですか? 利千鹿のこと、分かりそうです?」

 理解したくもない、というのが本音だった。
 けれど、あの時――あの部屋の一室で見せた犬馬先輩に彼の本音が隠されているような気がしてならない。

「……犬馬先輩は僕に言ったんだ。僕が自分に似てるって」
「……は? 先輩が? 利千鹿に? どこが? あいつ適当言い過ぎだろ、先輩のが可愛いし」
「……多分それはもっと本質的な話で――」

 僕だってあの不貞の塊のような男に言われたら腹が立つ。けれど、今までの僕の言動と彼の立ち振る舞いを考える。
 考えれば考えるほどムカついてはきたが、ふと納得できる部分もあった。

「……」

 あの男は大嘘吐きだ。それも息をするように、まるで事実であるかのように言葉を使う。
 それにきっと純白君や周りの人たちは救われてきたのだろう。けれど、僕は身に覚えがあった。
 僕が嘘を吐く時はいつだって、自分のためだった。

「……………………」

 ほんの微かな亀裂に指を捩じ込む。
 犬馬利千鹿という男の、純白君ですら見えなかったその腹の奥をぶち撒けさせたい。最もみっともない形で、僕よりも犬馬利千鹿を頼り信じた慈門君の目の前で、無様に。

 そのためには未だ足りない。

「先輩?」
「……今日は一旦帰ろうか。純白君、話してくれてありがとう」
「ええ、それは構いませんけど……」

 他者を知るには自分を理解しなければならない。
 疲弊もあり、今は正常に脳が働かない。理性で働け。僕はあんな獣みたいな連中とは違う。
 言い聞かせながら、僕は純白君とともに空き教室を出ることにした。



 ――教室前、廊下。

「……」

 そこに立っていた人影を見て一瞬息を呑む。
 小緑君がそこにいた。純白君も想像していなかったらしい。普段クールな純白君の表情がほんのわずかに崩れるのを見た。――驚いている顔は年相応だ。

「随分と話し込んでたみたいだな」

 いつからそこに、とは聞かなかった。
 怒ったような顔をした小緑君。元々の顔の造形がそれに近かったが、今は明確に。
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