恣意的なぼくら。

田原摩耶

文字の大きさ
7 / 152
1.イネイブラー

変わらない人


 慈門君になんとかお願いして、せめて図書委員のある日は委員会を優先させてもらうことになった。
 その時も彼は不満そうだったが、「僕は慈門君に部活を辞めてほしいとかサボって欲しいとか言ったことない」と返したら「先に委員会の日わかったら教えて。終わったら迎えに行くから」と渋々了承してくれる形に落ち着く。
 なんとなく喧嘩した後みたいな空気の悪さはあったが、こんな些細なやり取りは幼い頃はしょっちゅうだった。それよりも、必要以上に触れ合おうとしてくる機嫌がいいときの慈門君の方が怖かったので僕にとっては不貞腐れてるときの慈門君の方が丁度良くも感じた。
 こんなこと、本人に言ったら嫌がられそうだけど。


 というわけで、今日は図書委員の当番の日だった。
 カウンターで貸出、返却受付をしつつ、人がいない時間帯は書架の整理をする。
 基本二人体制で、一人がカウンター、一人が書架整理を担当したりするのだけれど。

 カウンター内、隣の空いた席をちらりと盗み見る。
 今日のもう一人の当番の子はサボりらしい。
 別に珍しいことでもない。楽そうだという理由で図書委員会に入っては一回も顔出さない子もいる。
 それに、幸い今日は利用者の数も少ないし一人で丁度いい。連休前や連休明けは混むこともあったが、今はなんでもない平日だ。
 穏やかな時間の中、書架も整理を終えてしまいやることがなくなったので貸出カウンターで適当な本を読んでいたとき。
 どん、と目の前に置かれる本の山を見上げる。

「二年C組、甘南かんなん小緑」
「……っ! こ、ろく君……?」
「やっぱり気付いてなかったか」

 先ほど書架を整理してたときに図書室にきたのか。
 怒ったような仏頂面のまま「貸出登録してくれ」と呟いた。
 久しぶりこんなに近くで小緑君をみた気がする。
 純白君との噂のこともあってか、なんだか気恥ずかしさとまた大人びた気がして変に緊張してしまう。
 もつれる手で慌てて二年生のファイルを取り出して、小緑君のバーコードを探そうとするが上手くページが捲れずもたついてしまう。
 普段ならこんなに慌てることないのに。なんでだろう。

「ゆっくりでいい、俺以外に人はいないからな。昼寝スポットにしてる輩以外」
「う……ご、ごめんね」
「いくら閑古鳥が鳴いてるとは言え、図書室を出入りする人間くらいは確認した方がいいんじゃないか?」

「そんなんだから本を読むわけでもない不届な輩が出てくるんだ」小緑君は相変わらずのようだ。
 純白君と付き合い始めたと聞いて、もしかして会わないうちに変わってしまったのかと思ったが、実際はどうだ。ビックリするほど小緑君は変わらない。

「そうだね。ごめんね、ボーッとしてた。……けど、小緑君まだ本読んでるんだね」
「図書室には俺の普段読まない分野の本も多くある。たまに息抜きするのに丁度いい」

 そう小緑君が選んだ本を手に取り、そのままバーコードを読み取っていく。
 建築関係の本、簡単家庭用レシピ、海外の街並みを切り取る写真集、植物図鑑……。
 どんな選び方か気になるが、確かにその無造作に適当な棚からとったようなチョイスは知的好奇心が旺盛な彼らしくも思えた。

「小緑君、料理するの?」
「せん、俺がすると思うか?」
「でも小緑君、昔から器用だったじゃないか。僕、食べてみたいな」

 と、思わず思いついた言葉そのまま口にしてからハッとした。
 これは恋人のために料理を作ろうとしてるのではないかと。僕がそんなことを言うのは、今ここにいない純白君に対して裏切りなのではないかと。

「素人の飯を食いたがる意味は分からんが、まあ、人並みに習得できたらな。その時は食わせてやる」

 やっぱなしで、と否定するのもなんだか白々しくておかしいのではないかと一人ぐるぐると考えてると、ふん、と鼻を鳴らす小緑君に今度は僕が驚く番だった。

「え、いいの?」
「お前が言い出したんだろ」
「だって、君には……」

 いや、違う。出だしを間違えてしまってからは口を止めることはできなかった。

「……君の手料理、僕よりも食べたがる子がいるだろ?」

 スキャナーを手にしたまま手が止まってしまう。
 なんか、思ったよりも意地の悪い言い方になってしまった。ああ、僕は。と後悔しても遅い。
 小緑君はこちらをじっと見つめる。一瞬なんのことかわからないといった顔をしていたが、それもすぐに理解したようだ。

「なんだ、お前も知っているのか」
「……うん。慈門君から聞いた。……えと」
「藤のことは別に隠していない。変な気遣いはいい、面倒だからな」

 言いながらも、少しバツが悪そうだ。小緑君らしいともいえるけれど、この顔を純白君も見てるのだろうかと思うと胸の奥がぞわりと震える。
 それを誤魔化すように僕は笑う。

「……びっくりしたよ、僕。小緑君が一番最初に恋人作るなんて」
「事故みたいなもんだ」

 じ、事故……。
 なんだその言い方は。もっとこう、ロマンのある言い方があったのではないのか?と思ったが、小緑君らしいといえば小緑君らしい。

「俺自身も驚いている。こんなことになるなんてな」
「そ、そういうものなの?」
「ああ。けど、今思えばお前らもそうだった。……事故みたいなものだ」
「それ、慈門君が聞いたら怒るよ」
「勝手に怒らせておけばいい。俺は困らないからな」
「……ふふ、そっか」

 僕の知ってる小緑君がいる。久しぶりにちゃんと話しても何も変わらない小緑君が。
 そのことだけが嬉しくて、自然と時間を忘れかけていた。
 知らない間に大人になって、どんどん置いて行かれてしまうのではないかと思っていた。この間無視された時のことを気にしていた僕が馬鹿みたいなほど、小緑君はいつも通りなのだから。
 けれど同時に、益々純白君とのことが気になった。どんな出会い方をして、どちらから告白したのかとか。……聞いたところで自分が変な感じになると分かっていたが、それでも小緑君が決めた相手のこともちゃんと好きになりたいと思うのだ。
 防衛本能なのかもしれない。純白君を嫌いたくないという、そんな身勝手な感情だ。
 けど、今は図書委員の仕事中だ。あまり引き止めるわけにはいかない。

「ああ、そうだ。純白く……藤君なら今日はいないよ」
「は? 別にあいつに空いにきたわけじゃない。言っただろ、俺は本を借りにきただけだって」
「あ、そ、そうなんだ……あ、返却日は一週間後の……」

 さっさと登録を済ませ、出てきたレシートと一緒に本の山を小緑君に渡そうとしたとき、そのまま伸びてきた手に手首を取られた。
 その力の強さに驚いて固まれば、じっとこちらを見ていた小緑君と目が合う。

「……」
「こ、小緑君?」
「お前は、慈門とはどうなんだ?」

 どくん、と心臓が跳ね上がる。
 周りには公言していないつもりだったが、明らかに以前よりも距離が近くなった僕らに対してちらほらと噂が流れているのはなんとなく知ってた。
 けれど、そうか。小緑君の耳にも入ってたのか。
 僕が小緑君に純白君のことを切り出したときも小緑君、こんな気持ちだったんだろう。中々嫌な心地だ、近しい人間から指摘されるというのは。

「僕たちは……相変わらずだよ」
「あの馬鹿に付き合わされてるんだろ。お前は昔からあいつの手綱を取るのが下手くそだったな」
「……小緑君」

 どこまで彼が知ってるのかわからない。だから、以前なら笑って流せた小緑君の小言も全てが笑えない。言葉の一つ一つが全て、見事に僕にぶっ刺さってしまっているから。
 まずいな、と思う。非常にまずい。
 小緑君は聡い。それに、僕の悪い癖のことも知ってる。
 それでも、せっかく新しい相手を見つけて自分の道を進んでいる小緑君の足を引っ張るような真似はしたくなかった。

「僕たちは上手くやってるよ。……というか、あんまり変わってないかな」
「……織和」
「……本当に、心配しないで。小緑君、僕は君のことを応援してるよ。あんなに照れ屋さんでうぶで恋愛映画を嫌ってた君に恋人ができるなんて、嬉しいんだ」

「これは本当に」と重ねられた手を掴み、そっと離す。本心だった。そんな相手に余計な心配をかけたくない。
 小緑君が真面目で責任感強いことを知ってるからこそ余計、僕たちのことを知られたくなかった。
 それは僕の矜持でもあり、意地でもあった。

 暫く、僕たちは無言で見つめ合う。
 お互いに口を開かず相手の出方を伺ってる。
 先に折れたのは小緑君だった。

「恋人の愚痴を言ってはならない、という法律はないはずだがな。……相変わらず見栄っ張りだな、お前は」
「……そうかな」
「ああ、そうだ。いい加減自覚しろ」

 そんな矢先、図書室の扉が開いた。どうやら返却しにきた生徒が来たらしい。僕は小緑君の肩を叩き、本を持たせる。

「返却日は一週間後になります。……またね、小緑君」
「ああ」
「……君と話せてよかったよ」

 気になってたのは本当だし、小緑君の口から純白君のことを聞けたのも良かった。
 小言混じり。けど、それは小緑君なりの愛着の証拠だと僕は知ってる。だからきっと二人はちゃんといい関係を築けてるのだろう。

 小緑君は何も言わない。そのまま本を抱えたまま図書室を出ていくその後ろ姿を見送る間もなく次の生徒がカウンターへとやってきた。
 それから、すぐに僕は図書委員の業務へと戻ることにした。

 小緑君も僕たちのことを気にしてくれたのだ。
 その事実だけがあれば十分、僕たちの関係が続いていたのだと分かって嬉しかった。
 そんな相手だからこそ余計、弱音を吐きたくはなかった。それも、慈門君のことは余計。

 ……言えるわけないだろ。

感想 47

あなたにおすすめの小説

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....