恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

放課後逢瀬


 ――図書委員が終わったら連絡してくれ。

 そう、慈門君に言われた通り『終わったよ』とメッセージを送ろうとして、慈門君からメッセージが入っていたことに気づく。

『悪い。遅れるかも』

 それから泣いてるよくわからないキャラクターのスタンプを送られてきているのを見てどうしたのだろうかと思った。
 慈門君は水泳部だ。まだ肌寒い今の時期はほぼ陸上部と同じことをしてると言うのは聞いたことあったが、それが長引いてるのだろうか。
 少し気になったが、『先に帰ってていい』という一言はないので待ってた方が良さそうだ。

 無人になった図書室内。
 いつも通り清掃を終えてふと窓の外を眺めていると、校門の方で帰っている生徒たちの姿がよく見えた。
 そして、そこに見慣れた後ろ姿も。

 小緑君、まだ残ってたんだ。
 確か今小緑君は部活に入ってないはずだけど、と思いながら眺めてると、彼の視線が別の方へと向けられる。その視線の先から現れた小柄な影を見て、思わず僕は「あ」と窓に触れた。

 純白君だ。
 軽く手を挙げ、それからそのまま小緑君の隣に吸い込まれるようにくっついていく純白君。そんな純白君を一瞬振り払ったあと、手を繋ぎ直す小緑君を見て、思わず僕は窓から隠れた。
 なんだか見てはいけないものを見てしまったような、そんな気分だった。

 小緑君も純白君も僕の知らない顔をしていた。離れていても分かるほどの親しげな空気がこちらまで伝わってきて、僕は座り込んだまま戻し忘れていた本を抱き抱える。

「……」

 慈門君、もう少し遅くなるのかな。
 ぼんやりと考えながら目を瞑った時、足音が遠くから近付いてくる。
 慈門君だろうか、と顔を上げると同時に図書室の扉が開かれた。

「……お前、まだ残っていたのか?」
「先生……」

 どうやら見回りにやってきたらしい常楽先生がそこにいた。
 案の定「さっさと帰れ」と面倒臭そうに吐き捨てられ、内心緊張する。

「す、すみません、友達を待ってて……戸締りは確認してます。あとは消灯と扉の鍵を掛けるだけです」

 そう慌てて手にしていた本を書架に戻し、背筋を伸ばす。図書室に人がいないのを確認していた先生は「天翔か」と小さく口にした。

「え……」
「あいつなら指導中だ。時間かかるからもう帰ってろ」
「え、あ、あの……っ! じ、慈門君、何かあったんですか?」
「気にしなくていい。あいつには俺から伝えておく、お前はさっさと帰れ」

 どういうことなんだ。
 慈門君はあの性格だ。ちょくちょく他の生徒と揉めることもあったけど、あらゆる心当たりがあったお陰で血の気が引く。
 先生の態度から僕たちの関係がバレたわけではない、と思いたいけど、安心できる理由もない。

 不安と心細さで気が気でなかったが、先生に逆らってまで図書室に残るわけにもいかない。
 先生から口添えしてくれるとは言ってくれたものの、後で慈門君には連絡しよう。気になることはあった。

 そのまま先生と一緒に図書室を後にし、流れでその施錠を見守ることになってしまう。

「……」
「……」
「……」

 どうしよう。さっさと帰れば良かったのに、離れるタイミングを失ってしまった。
 気まずい沈黙の中、僕は先生と並んで無人の校舎内を歩いていく。昇降口までの道のりが同じようだし、わざわざ別行動するのもあからさまな気がしてしまってこんなことになってしまった。

 イジメられてると誤解されてる今、気まずい。
 一応あれから追求されることも二人きりになることもなかったが、緊張する。

「……またお前一人か」

 ふと、先生がぽつりと呟く。
「え?」と体が強張る。先生は廊下の向こう、窓の外を見ていた。

「今日の当番は西宮だったな」
「あ、はは……まあ、でも今日は使用者も少なかったので僕一人で十分でした。それに、僕もこの前休んでしまったので……」

 そう慌ててこの場にいないもう一人の図書委員の子をフォローしたが、それが先生は気に入らなかったようだ。そのまま深く溜息を吐く先生に『余計なことを言わなければよかった』とすぐに後悔したが、もう遅い。

「……暇だろうが多忙だろうが関係ない。これは意識の問題だ、織和」
「す、すみません……」
「片割れがサボった時は俺を呼べ。いいか」
「……気をつけます」

 なんだか怒られてしまったみたいだ。実際怒られているのだろう、甘やかすなと。
 小緑君の言葉が頭を過ぎる。昔は彼の口癖のようなものだと思っていたが、ここ最近になってその言葉の意味をよく理解できるようになってしまった。

「別に叱ってるわけじゃない」
「はい、大丈夫です。……分かってます。先生の仰ることは正しいと、僕も思います」
「……織和」

 ここがタイミングだろうか。
「それじゃあ、僕はこれで」と頭を下げてその場を立ち去ろうとした時、近くの空き教室から物音が聞こえてきた。
 それから、『あっ』とくぐもったような女子生徒の声。誰かいるのだろうか、とそちらへと思わず意識を向けた時、僕の首根っこを掴んだ先生は「退いてろ」と小さく耳打ちする。
 その近さに驚いたのも束の間、そのまま先生は扉を開ける。

「ここはホテルじゃねえぞ!」

 そう先生が声を上げると同時に教室の奥からは「やべ」「先生きたじゃん!」と慌てたような声とともに別の扉からバタバタと逃げ出す男女の生徒。
 脱兎の如く逃げ出す二人に「後片付けくらいしろ」と舌打ちしながらそのまま先生は教室へと足を踏み入れる。

「あ、あの……」
「お前は先に帰ってろ、織和。……ったく、馬鹿の一つ覚えみてえに盛りやがって」

 面倒臭そうに呟き、そのまま散らかった教室の奥へと消える先生を視線で追う。
 なんとなく籠った空気に鼓動が速くなる。なんのことかと思ったが、先生の態度とこの残った空気からもしかして、と汗が滲んだ。
 同時に、ガラリと開かれる窓の向こう。すっかり暗くなった空には月が浮かんでいた。

「せ、先生……何を……」
「後片付け。見てわかんねえか?」

「ゴム散らかしたまんまなんも知らねえ奴らきたら面倒だろ」と続ける先生に、そうですね、と頷くことしかできなかった。
 気まずいし、居心地が悪い。扉の奥へと踏み入れることもできないままもじもじとしていると、「お前は先に帰れ」と先生は机の位置を戻しながらこちらを振り返らないまま口にする。

「あの、ぼ、僕も……手伝います、片付け」
「いらん。帰れ」
「……分かりました」

 正直先生が断ってくれてホッとした。
 僕は先生に一言声をかけ、そのまま昇降口へと向かった。
 首が熱い。今回は知らない生徒たちだったけど、たまに慈門君に迫られて校内で慈門君の相手をさせられることもあった。
 もし、そんなところを先生に見つかったら僕なら耐えられないな。
 今度から放課後は気をつける必要があるな。
 そんなことを思いつつ、一人になった僕はスマホを確認する。相変わらず慈門君の返信はなかった。長引きそうなのは間違いなさそうだ。

『先生きたから先に帰るね、ごめんね』とだけメッセージを送り、ひとまず一息吐く。
 他人のあんな場所を見たせいかまだ気分が浮ついている。けど、小緑君たちのことばかりを考えずには済んだ。

 教師って大変だな。
 同情しながらも僕は一人暗い廊下の中一人歩き進んで行った。

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