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1.イネイブラー
「ごめん」
「なんで先に帰んの。俺、待っててって言ったのに」
……またこれだ。
あの後帰宅後、部屋に篭って早めに休もうとしたところに鬼のようにかかってきた慈門君からの通話で呼び出されて家を出たはいいが、慈門君は落ち合うなりこの調子だった。
制服姿のまま公園の入り口前に立ってた慈門君は一言で言うなら超絶不機嫌。
不貞腐れた子供のような顔をしてるが、向かい合って立ってるだけでその威圧感で押しつぶされそうになる。
「連絡はしたよ。……常楽先生と一緒だったんだ。あのまま居残ってたら僕も怒られたよ」
「怒られりゃいいじゃん」
「慈門君、君は……」
「なあ折、さっきから何でお前謝んねえの」
「な……」
あまりにも勝手な言い分に流石に言葉を失う。
自分勝手なのも今に始まったことではないし、慣れていたつもりだった。けど、これ、僕が悪いのか?
モヤモヤとしたものが込み上げたが、堪える。僕は別に慈門君と喧嘩をしたいわけではない。
「……先に帰ってごめん」
「違うだろ、言い訳した方の」
「……は?」
「口答えしたよな? 謝る前に」
「…………」
じり、と近付く体。伸びてきた手に頬を撫でられる。その親指は頬から目尻へと近づき、目元に近付く感触に反射で凍り付いた。
「謝って、折」
そもそも君が指導室に連れて行かれるような真似をしたんじゃないのか。
喉元まで出かかったが、そのままぐに、と下瞼を抑えられると舐められた時の嫌な感覚が蘇り、言葉に詰まる。
落ちてきた街灯の灯りのせいで陰になった彼の顔は笑っていなかった。
謝れば丸く済むと分かっていても、心の底から納得していないのに謝るというのはそれこそ彼の言いなりになるようなものだ。
それは駄目だ。と震える体を落ち着かせるように息を吐く。それから、頬に添えられたその手に重ねる。
「慈門君、さっきから変だよ。……もしかして遅れた理由、何かあったの?」
「……折、話逸らすなよ」
「逸らしてない。ねえ、慈門君。……なんでそんなにイラついてるの?」
「僕が悪かったなら謝るけど、理由言ってくれないと分からないよ」少なくとも僕はそうやって周りとやってきた。それは、慈門君に対してもだ。
触れた慈門君の手の甲がぴくりと反応した。それから、僕の手から逃げようとする慈門君の手を握り締める。
「……慈門く……っ、ん、ちょ……っ」
落ち着いてくれたのだろうかと思った矢先、いきなり顔を上げさせられる。陰る視界。こちらを見下ろす目に今からキスをされるのだと理解してしまう。
今話してるのに、なんで。
「ん、……っ、む……っ、ふー……っ」
夜も遅い公園で、いくら人気はないとは言え当たり前のように唇を重ねてくる慈門君にぎょっとする。街灯の灯りから逃げようと後退ろうとしたところを後頭部を撫でられ、そのまま舌を咥えさせられる。
荒い呼吸とともに舌先に噛みつかれ、口内に広がる鉄の味に堪らず咽せそうになる。けど、それすら許されない。
「はっ、ん、む……じもんく、……っ、ぅ……っ」
「……はー……っ、くそ、折……」
「な、に、怒って……っ、ん、慈門君、待って……」
寝る前だったのですぐ脱げるようなスウェットだったのが悪かった。そのままウエストのゴムを掴み、スラックスをずり落とそうとしてくる慈門君の手を慌てて掴む。
やめてくれ、と首を横に振ろうとしたところを更に舌をしゃぶらされ、代わりに唾液をたっぷりと流し込まれる。
「ん、ぐぷ……っ! じも、……っ、ゃだ、ここは……っ」
やめてくれ、と垂れる唾液を拭うこともできないまま必死に慈門君の腕にしがみつけば、ぴくりと慈門君のコメカミが反応する。
それから、細められた目がこちらを睨む。
「折、なあ、お前最近常楽と仲良くね? 図書委員優先させんのも、そういうこと?」
「な、なに言って……っそんなわけないだろ!」
何をどう考えたらそうなるのか、あまりにも無茶苦茶だ。
呆れ果ててつい声が大きくなるが、それを謝罪する気にはなれなかった。
何よりそんな言いがかりをつけられる事自体心外だった。おまけに、心配してくれてる先生に対して、そんな。
「声でっか……なに、焦ってんの?」
「慈門君、気分を害したなら謝るから……やめて。話し合おう、ちゃんと。君が不満に思ってることがあるなら言葉に……っ、ぃ゛……っ」
言いかけた矢先、下着の上から尻たぶを思い切り抓られ言葉は途切れる。ちぎられるのではないかと思うほどの痛みに耐えきれず、思わず目の前の慈門君にしがみついた。
「ぃ、痛……っ、慈門君、手、離して……っ!」
「折、俺は今謝れつってんの」
「ぅ゛、あ゛ぐ……っ」
「なんで口応えしてんの」
ぎちぎちと痛みのあまり感覚が薄れていく臀部の一部に耐えきれず目からぼろぼろと涙が溢れる。
口応えって、なんだ。僕と会話したくないってことなのか。それを問い詰めることも慈門君に逆らうことになるってことなのか。
「やましいことねえなら謝れるだろ」
何で僕が責められてるのだ。
酷いのではないか。あんまりな言い草に慈門君を見上げたが、そんな態度すら慈門君の気に障ったらしい。慈門君はイラついたように舌打ちし、それから。
「謝れっつってんだよ!!」
瞬間、頬に鋭い痛みが走る。乾いた音も夜の虫の声も慈門君の怒声も全てが一瞬遠くなった。篭ったような違和感と耳鳴りが響く頭の中、遅れてやってきた痛みと熱に自分が慈門君に殴られたのだと気づいた。
なんで、僕。殴られてるんだ。
そこまで怒らせるようなことをしたつもりはなかった。その理由すら説明してくれない慈門君をただ愕然と見上げることしかできなかった。
足が竦む。じんわりと滲む視界の中、慈門君はほんの一瞬顔を歪める。
――しまった。
そんな顔をした。それもすぐ、自分の顔を手のひらで覆ってしまい見えなくなる。
「……っ、ふ……ぅ……」
「…………」
「ぅ゛……」
ひたすら悲しかった。
セックスの最中に乱暴にされることはあったけど、それは慈門君がそういうのが好きだからと分かっていたからまだ受け入れられた。
けど、今回は話が違う。ひたすら悲しくて、訳わからなくて、涙が止まらなかった。
慈門君は深く肺に溜まった息を吐き出す。熱い鼓動も、強張ったまま緊張した体も触れ合った箇所から伝わってくる。なのに、まるで慈門君が何を考えてるのか分からない。それを理解することすらも許してくれない。
「……おい、泣くなよ」
「……ひっ、ぅ゛……」
「…………はあ」
泣くなって言われて止めどなく涙を止めさせる術を僕は知らない。慈門君は面倒臭そうに息を吐き、それから僕の体を抱き寄せる。
また首を締められるのか、それとも背中に傷をつけられるのか。ぎくりと緊張する僕の背筋をそのままぎこちない手つきで慈門君は撫でる。
「……ごめん、でけー声出して」
「……っ、ふ……ぅ゛……」
「あと、ぶって。……悪かった」
謝って済む問題じゃない。こんなの、暴力だよ。僕が相手じゃなかったら大喧嘩になったっておかしくない。
それなのに、慈門君に叩かれて熱くなったそこを大きな手のひらで撫でられると溶けそうなほど痺れ、疼いた。
「泣くなよ、折。……頼む、泣き止んでくれ」
「……っ、……」
「頭に血ぃ昇ってた。……お前、悪くねえのに。ごめん。八つ当たり」
「…………っ、ふ……」
ちゅ、ちゅ、と何度もキスをされる。打たれた頬も、涙の跡も、優しく、恐る恐るキスする慈門君はまるで叱られた犬みたいな顔をして僕を覗き込む。それから「ごめん」と僕の髪を優しく掬い、唇を寄せた。
さっきまでの別人のような慈門君はもうそこにはいなかった。いつもの大きな迷子犬のような慈門君は凍り付いた僕の体をほぐすように何度も優しく抱きしめて、熱くなってたお尻も撫でる。ごめん、と譫言のように繰り返しながら。
結局僕は暫くその謝罪に何も答えることはできなかった。下手なことを言ったらまた豹変した慈門君に打たれるのではないかと怖くて、もうやめてくれ、と慈門君の腕に恐る恐るしがみつくのが精一杯だった。
深夜の公園、生ぬるい風が僕たちの間を通り抜けていく。
肌寒いと思っていたのに今は痛みで焼けるように熱い皮膚に馴染んでいた。
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