恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

蟻地獄ロマンス


「頬、痛むか?」
「うん、ジンジンする。……人に殴られたのって初めてだったからかな」
「……本当にごめん」
「慈門君、さっきからそればっかりだ」
「……」

 場所は変わって夜の公園のベンチにて。
 僕と慈門君は少しだけ離れて座っていた。
 相変わらずお尻がジンジンして座りにくいけど、それもすぐに慣れてくる。日頃から慈門君に噛まれたりしてたお陰なのかも知れない。なんて、我ながら面白くもない冗談だ。

 項垂れたまましょげてる慈門君の横顔を見つめる。
 頭に昇った血も降りてきたのか本当に反省してるようだ。その横顔は青い。
 僕もついさっきまで泣いてただけに恥ずかしさはあったが、今は僕がしっかりしないとなという気持ちになっていた。

 慈門君が喧嘩っ早いことは知ってた。すぐ頭に血が昇って手を上げることも、小学生のときなんかしょっちゅうだった。
 その度傷だらけになる慈門君の手当てをしていたこともあった。けど、僕自身が慈門君に殴られたのは初めてだった。
 そもそも、人に殴られたこともなかった。
 だからかも知れない、自分でも驚くほどショックを受けてしまった。今思えば分かる、慈門君が手加減してくれていたことも。

「……慈門君」

 そっとその肩にもたれ掛かれば、慈門君は少しだけ反応した。

「何があったのか、聞いていい?」
「……」
「……まだ言いたくない?」
「違う。……なんか、言葉にしようと思ったらすげーしょうもなくて……」
「それでもいいよ。……言って欲しい」
「……」
「僕は、君が何も言ってくれないことの方が……悲しい」

「しょうもないからって失望しないよ、君が短気なのは僕も知ってるから」今更、と逃げようとする慈門君の手に自分の手のひらを重ねる。
 手のひらの下でびくりと震える慈門君の手を捕まえる。先ほど僕を叩いた手。熱くて力強い手。
 さっきまであれ程恐ろしかったのに、今目の前にいる慈門君は震える犬みたいだ。
 どんな行動にも理由がある。
 暴力は嫌いだし、乱暴なことも好きじゃない。
 けど、そこに原因があるとしたら話を聞きたい。――先ほどの様子からして、慈門君自身自分が制御できていないのは明白だ。
 恋人以前に友として、慈門君が抱えてるものに触れたかった。
 だから、恐怖に蓋をする。僕が怖がっては慈門君はまた別の誰かに同じことをしてしまう。そう思ったから。

「慈門君」
「……折、怒ってないの」
「怒ってるよ。……悲しいし、辛かった。……怖かった」
「……そう、だよな」
「けど、喧嘩なんて誰だってするでしょ? 僕は今まで殴り合いとかしたことなかったからビックリしたけど……」

 言いかけて、「違う」と慈門君が喉から言葉を搾り出す。その声は情けなく震えていた。僕の肩を掴み、そのまま僕を抱き寄せた慈門君は肩に顔を埋めてくる。まるで頭を下げるみたいに。

「お前のことは……お前だけは、大切にしたかった。守ってやらないとって思って」

 そう思ってて、手を上げた。自分の意思に沿わなかったという理由で。

「……それほど僕のこと、ムカついたの?」
「違う。お前は悪くない。……俺が、勝手に不安になっただけだ」
「不安?」
「……お前に早く会いたかったのにあいつら、どうでもいいことで俺を呼び止めてきて……おまけに、お前は俺のこと置いて行って、普通にしてるし。俺だけ焦って、俺だけお前のこと好きなんじゃないかって思ったら……」

 止まらなくなったのだと慈門君は呟く。普段は前向いて笑ってる慈門君が僕の肩に顔を埋めて後頭部を晒してる。こうして彼のつむじをじっくりと見たことなんてあったのだろうか、なんて思いながらそっとその頭に手を伸ばす。少し前よりも伸びた髪が指に触れ、慈門君は驚いたように顔を上げた。

「折……っ」
「不安にさせてごめんね、慈門君」
「……っ、……折」
「僕は、……そうだね。君も知ってると思うけど恋愛とか疎くて……君の不安をちゃんと理解できてなかった。……そっか、寂しかったんだね」

 少し硬い髪質の髪は触れたたとすぐに跳ねて、それが少し楽しくて何度も頭を撫でる。最初はぎょっとしていた慈門君だったが次第にその目は心地良さそうに細められていく。

「折、……俺のこと殴ってくれ」
「なんで? やだよ、僕の方が負傷しそうだし」
「だって、俺は……お前のことを傷つけた」
「けど、僕だって君を不安にさせた。……そうなんだよね?」
「……っ、それは」
「だったら、……僕のせいでもあるよ。ごめんね、慈門君」

 細められていたその目がじんわりと潤んでいくのを見た。そのままじっと覗き込もうとしたが、流石に恥ずかしかったようだ。慈門君は顔を伏せ、目元を手で拭う。

「折、やめてくれ。俺は……そんなこと言われたら……止まんなくなる」
「どんな風に」
「お前が俺のこと好きだって……」
「好きだよ」
「……っ、折……」
「けど、さっきにみたいのは……悲しかった」

 そっと慈門君の頬に手を伸ばす。指先に濡れた感触が触れ、彼が泣いてるのを僕は何年かぶりに見た。いや、映画を見た時はしょっちゅう泣いてるが、それとはまた違う。

「悲しかったんだ、慈門君」
「ごめん、折……」
「でも、こうして理由が分かったからいいよ。今回のことはお互い様だよ」

「ね?」と、そのまま慈門君の顔をそっと上げさせれば、赤くなった目がこちらを見る。また潤んでるのを見て、つられて目頭が熱くなる。
 僕は、殴られることよりも長年一緒に育ってきた幼馴染を嫌いになることの方が辛い。彼を許容できなくなる自分の方が嫌になってしまう。
 それはきっと僕の性分で、僕のことを救ってくれた彼を偽物にしたくないのと信じていたいと言う矜持だろう。
 慈門君は「ああ」と僕の掌に頬擦りをするように頷いた。それから僕は笑ってその額を擦り付ける。

 理由の分からないものが怖い。彼のことが分れば怖くない。その暴力に意味があり、それに正当性があるのなら。

「慈門君、でもやっぱり殴るのはよくないよ」
「もうお前のことは殴らない」
「そうじゃなくて……他の人もだよ」
「……」
「ムカついた時は僕に言って。理不尽なことがあったときも、文句も愚痴も。一人で抱え込まないで」

 今まで慈門君は僕のことを助けてくれた。手を取ってくれた。だから今僕はここにいる。
 だから、今度は僕の番だろう。
 そう慈門君を見つめれば、薄暗く照らされたその目は僕をただ真っ直ぐに見つめていた。「折」と噛みすぎて白くなっていたその唇から掠れた声が漏れる。涙の跡にそっと唇を寄せる。やっぱり、僕は慈門君の笑顔が好きなんだと自覚した。彼の悲しそうな顔を見てると僕も悲しくて、辛い。

「……僕は君の恋人なんだから」

 一人で耐えられないことも二人なら耐え切れる。
 そうどこかで読んだ本では書いてあった。
 ならば僕はそんな人間になりたい。慈門君を支えたい。

 その晩、本当の意味で僕は彼の恋人としての自覚が芽生えた。
 痛みを伴い、芽生えた感情は心臓から指先へと広がっていく。神経のように幾重に重なりもつれ合いながら。

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