恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

04


 確かに高圧的で怖い先生だけど、そこまであからさまな真似をするような時代錯誤な教師とは思っていなかった。「離してください」と声を上げるのも無視して先生は階段を登り、そして、その先にある屋上へと出る。

 閉じられた扉を開けば風が通り抜け、僕たちの間を抜けていく。揺れる前髪の向こう、開けた青空が視界に飛び込んできた。今はその眩しさがただ痛かった。

「な、に……」
「昼飯」
「……は?」
「お前、飯食ってるのか」

 何を言い出すのか。
 あっさりと手を離した常楽先生に固まってると、何かを取り出した。それはチョコバーだ。スーツのポケットに突っ込んだままのせいでやや溶けかけているそれを渡され、「それやるから脳に栄養を回せ」と先生は屋上の壁に凭れ掛かる。

「貰えません、こんな……返します」
「なら捨てとけ。俺もいらん」
「……」

 先生なりの気遣いのつもりなのか分からないが、もっと他にあるのではないかと思わずにはいられない。食べ物に罪はないし、人から貰ったものを捨てるのは僕の主義に反している。
 持ち主に返せないのならば貰うしかない。そうポケットにそっと入れようとすれば、「今食え」と先生は目を向けてきた。なんなのだ、本当に。

「……」

 言いたいことも色々あったが、先生に怒られるのも嫌だった。もそもそと包装を破り、そのまま一口齧る。……甘い。甘すぎる。
 ナッツが混ざった糖分爆弾をなんとか頬張り、早くこの場から立ち去るために一気に食べようと思ったが、無謀だった。咳き込む僕に「ゆっくり食え、誰も急かしてない」と先生は静かに続ける。
 なんとか口の中の塊を咀嚼し、飲み込んだ後、気付けば先ほどよりも動悸は収まっていることに気づいた。
 甘さで全て持っていかれたのかもしれない。

「……なんで」

 なんで、僕に構うんですか。
 なんて、聞いたところで決まった言葉しか返ってこないことは想像ついた。
 それでも無意識に喉奥から漏れそうになり、僕はそれを飲み込む。

「……」

 放っておいてください、なんて言った方が余計先生に心配かけるだけだ。余計監視されるのも堪ったものではない。
 上手い言葉が見つからず、不自然な沈黙に押し潰されそうになる。それなのに、常楽先生はそんなこと気にも留めない様子で空を見上げていた。

「午後は雨が降るな」
「……」
「傘は持ってきているか」
「……鞄に、いつも折り畳み傘を入れてます」
「そうか。織和らしいな」

 ……僕らしいって、なんだ。
 小さい頃から一緒に過ごして来たわけでもない、たかが一、二年。そのくらいの人間が僕の何を分かるのだ。

 ……八つ当たりだ。こんなの。
 分かっているが、それでも常楽先生に対する怒りが抑えきれない。そんな幼稚な自分にも嫌気が差して、余計雁字搦めになっていくみたいだ。

「織和、言いたいことがあるなら言え」
「……何もないです、何も。……先生は教師として正しいと思ってます」
「……」
「……間違っているのは、僕です」

 僕がもっと視野が広く持てれば。
 僕がもっと広い心を持っていれば。
 僕がもっと上手く振る舞えれば。
 僕がもっと慈門君を受け入れれば。
 僕がもっと理想を求めなければ。

「……僕は、……っ」

 僕は、おかしくない。

 心と言葉が噛み合わない。やり場のない歯痒さと溢れてくる感情の波を抑えることができなかった。
 こんなこと、子供だ。思い通りにいかず癇癪を起こす子供。よりによって先生にこんなところ見られたくなかったのに。

「……っ、……僕は……」

 僕は、おかしくない。

 そう言葉とともに嗚咽が漏れ、それ以上自分を抑えることができなかった。歪む視界の奥、こちらを見ていた先生と目が合った。
 高校生にもなってこんな格好悪い姿、先生には見られたくなかった。子供のように地団駄を踏むような真似、したくないのに。
 顔を覆い隠す。逃げ出したいのに、縋り付きたい。誰でもよかった。誰かに感情を吐露したかった。共感してもらいたかったのかもしれない。
 伸びて来た先生の腕に縋り付き、子供みたいにしがみつく。
 頬を濡らすそれを先生の指が拭い、そのままそっと顔を上げさせられる。

「……っ、先生……僕は……っ」
「我慢しなくていい。……織和」
「僕……は…… 」

 僕は、どこから間違ったんだろうか。
 慈門君の気持ちを知っておきながら有耶無耶に関係を結んだあの日から?
 頭を撫でる先生の手にそのまま体を預ける。抱き寄せられた腕の中、何故だか僕は先生の腕の中で安堵を覚えた。おかしい、怖いのに。苦手な人なのに、こんなの。
 常楽先生に安心感を抱くほど、そこまで自分自身が追い込まれているのかと自覚すると同時に僕は先生の手つきが思いの外優しいことを知る。

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