恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

07


 自宅前まで送ってもらったあと、車を降りようと思うが助手席から動くことはできなかった。
 自分でも何故だか分からなかった。家に帰りたくないのか。それとも、まだこの場に留まりたかったのか。
 先生だってこの後帰らなければならないし、まだ仕事が残ってる。分かってても、それでも甘えてしまう。何故なのか。
 先生は「さっさと降りろ」と言うわけでもなく、ハンドルを手にしたまま横目でこちらを見た。
 目があって、そこで急激に恥ずかしくなってくる。先生が明らかにどう反応すべきか迷っていたからだ。
 ――困らせたい、わけではないのだ。決して。
 今まで周りの人たちに我儘言ったこともなければ、自己主張だって得意ではないはずなのに。
 ……変だな。

 切り出したいのに言葉が見当たらず、変にもじもじとしてしまっては余計降りるタイミングを見失ってしまう。
 そんな僕の代わりに切り出したのは常楽先生の方だった。

「……そう言えば、お前は甘南と仲良いのか?」
「え?」
「甘南小緑だ。……お前らとは幼馴染と聞いた」

 誰に、と思ったが、すぐに慈門君ではないなと思った。慈門君が常楽先生相手にそこまで打ち解けるようには思えなかったからだ。
 高校に上がってからは小緑君とは全然会えていなかったが、小中僕らのことを知ってる生徒から話を聞いたのかもしれない。

「仲は……」

 いい、と答えられない自分が情けなくなってくる。
 よかった、というのが正解だろう。「昔はよく遊んだりしてました」と答えれば、「なるほどな」と常楽先生は窓の外に目を向ける。

「今は連絡は取ってないのか」
「いえ。……この間、図書室に本を借りに来た小緑君と数年ぶりにちゃんと話したくらいです」
「中学までは親しかったのか?」
「一年の頃はまだクラスが違っても一緒に帰ったりしてたんですけど、……いつの間にか疎遠になってて」
「……そうか」

 何故先生は急に小緑君の話題を口にしたのだろうか。小緑君と話したのだろうか。
 なんとなく浮ついた気持ちのまま「何故ですか?」と顔を上げれば、「気になってな」と常楽先生は続ける。

「あいつは天翔とのことは知らないのか?」
「……知ってます」
「知ってるのか?」
「はい。……」

 なんとなく口数も減ってしまう。どうしてこんなことを聞くのか、その疑問は少し考えれば分かった。多分、先生は。

「……小緑君には、知られたくなかったので」

「こんなことになってるなんて」相談相手には丁度いいのではないか、と言いたかったのだろう。それを言われる前に先回りすれば、常楽先生は静かに息を吐く。その後、「そうか」と小さく漏らした。

「ごめんなさい、先生だって……こんな、こんなこと、知りたくて聞いてるわけじゃないのに」
「織和、俺はただ気になっただけだ。……そのだな、まあ、あれだ。話しにくいこともあるだろ、俺だと」

 え、と思わず目を見張る。先生がそんなことを言うとは思わなかった。

「だから、年が近いやつやスクールカウンセラーに相談することも……」

 できるぞ、と先生が続ける前に「嫌です」と思わず喉から声が漏れ出していた。自分でも驚くほどの大きな声が。

「ぼ、僕は……先生だから相談したんです」
「……織和」
「他の誰かに知られるなんて、そんなの……嫌です。無理です。僕は……」

 あまつさえ、小緑君に知られるなんて。
 恥ずかしいどころの話ではない。
 だったら何故常楽先生はいいのか。大人だから?他人だから?よく知らない相手だから?ならばカウンセラーも同じではないか。いや、ダメだ。
 なんでダメなのか分からないが、急に握られた手を離された子供のように心細くなってしまう。

「……先生がいいです」

 そうもう一度口にする。
 一度みっともないところを見せてしまった相手だからこそ余計、こんなことを言えるのだろう。と思った。また一から他人に腹の中をぶち撒けることなんて僕には出来ないから。
 だから、先生にしがみついてしまう。
 そんな僕を見て先生は目を細める。それから、前髪を掻き上げた。

「ああ、分かった。お前がそう言うなら。……連絡先はまだ残ってるか?」
「……はい」

 結局登録しただけで一度もメッセージのやり取りをしてないトーク画面を思い出せば、先生は「そうか」と少しだけ笑った。

「なら何かあれば送れ」
「……あの、先生」
「なんだ?」
「メッセージっていつでも送っていいんですか?」
「ああ。返信はタイミング次第だがな」
「……分かりました」

 ……夜は送ってくるなよ、って怒られるかと思った。
 かと言って送ってもいいと言われたわけではないが、それだけでもなんとなく嬉しかった。
 それから流れで車を降り、先生にお礼を言った後家に帰ってきた。
 見慣れた門の前なのに、今は知らない人の家みたいだ。

 足元がまだ浮ついている。まるで、夢を見ているみたいだ。
 いい夢なのか、悪い夢なのか。少なくとも、誰かに吐露したことにより確かに体は軽くなっていた。
 それでも道はぐにゃぐにゃで、少しでもバランスを崩したら崖下に落ちてしまいそうなほど不安定な有様で、これを吉夢と呼んでいいのかは分からない。

 考えたところでいい考えは出てこない。
 これからどうなるかなんて、余計。
 先生の言う通り、今は休みたい。何も考えず、ゆっくり休もう。
 家の鍵を取り出し自宅の扉を開く。そしてすぐ様扉を施錠し、僕は自室へと直行した。
 足を滑らせないように、一段一段踏みしめながら。

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