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1.イネイブラー
02
翌朝。
僕は朝食の準備をしていた母親に体調が悪いという旨を伝え、学校を休むことにした。
先生には僕から連絡をいれた。
先生からは『わかった。ゆっくり休め。』とだけ返事が返ってきた。
文面からして常楽先生って感じだな、と少しだけ頬が緩む。
しかし、まさかこんなにあっさりと事が進むなんて。
慈門君からのメッセージはあったが、体調不良というのを伝えていたお陰か想像よりも件数は落ち着いていた。
『起きたら連絡してくれ』『心配なんだよ』……そんな感じのメッセージが数通。
一応『念の為数日休むかも』『薬飲んで寝てるから返信こなくても心配しないで』とだけ返信をし、僕はベッドに腰をかけたまま後ろのマットに倒れ込んだ。
まるで重大任務を終えたような感覚だ。けれど、今日一日後はもう何も考えずに休めるのだと思うと気楽だった。
慈門君からズル休みを疑われてるのではないかと心配していたが、思ったよりもちゃんと心配してくれる慈門君に罪悪感はあった。
心配も全部なくなったわけではないけど、昨日よりかは少し肩の荷が降りたような気がする。
ふとベッドの上に転がっていた端末の画面が点く。また慈門君からかと思ったが、それは意外な人物からだった。
「……え」
画面に表示されるのは小緑君の名前。
小緑君から?なんで?
滅多なことがないと連絡を寄越してこない小緑君がわざわざ通話なんて。
何があったのではないか。そう思わずそのまま通話に出てしまう。
「あ……こ、ろく君?」
『俺じゃないわけがないだろ』
スピーカーから聞こえてきたのは相変わらずの小緑君の慇懃無礼な物言い。その声に安堵すら覚えてしまう。
外にいるのだろう。風の音混ざったその音声に安堵した後、別の意味で緊張してしまう。
「あ、そ、そうだよね。あの、どうしたの?」
『それはこっちのセリフだ。織和。……昨日あの馬鹿がお前と連絡取れないと騒いでいたが、何かあったのか?』
「え? 慈門君が?」
まさか慈門君、小緑君のところにまで行っていたのか。
高校に上がってから二人が話してるところなど見た事なかっただけに、少しだけひやりとした。
ただでさえ慈門君には僕が小緑君が好きだったことを知っている。
変なことは言ってないだろうか。
「ご、ごめんね、小緑君。大丈夫だよ。なんでもないんだ。慈門君にも連絡してるから」
『体調が悪いのか?』
「……そうだね。今日も休もうかと思って」
口にしてから余計なことを言ってしまったのではないかと後悔する。
小緑君にこんなことを話しても意味がないのに。
「あの、慈門君のことはごめん。……それじゃ」
万が一僕が誰かと通話していることを慈門君に知られてしまったらまずい。
そう今更気づき、慌てて通話を切ろうとした時。
『織和』と端末から聞こえてくる静かな声に胸の奥がざわつく。
『藤がお前の連絡先を知りたいと言ってた。教えていいか』
「え? ……純白君が?」
なんで、と思ったが、先に『俺も知らん。あいつがお前と話したいらしい』と小緑君は応える。
「それは……別に構わないけど、あまりすぐに返信はできないかも。寝てるから」
『それでいい。暇な時相手してやってくれ』
小緑君、お父さんみたいなこと言ってるな……。
思いつつ「うん、わかった」とだけ応える。
それから間もなく小緑君は「要件は以上だ。さっさと寝ろ」とあっさりと通話を終わらせる。
最後まで小緑君だったな……。
幸い通話中に慈門君からの着信はなかった。
それから間も無くして純白君から連絡があった。
『常楽先生から聞きました。暫く先輩の代わりに放課後、図書室のカウンターに座れって』
『というのは冗談ですけど、なんかありました?』
『先輩、最近元気ないの気になったので』
『甘南先輩デリカシーないから俺、代わりに聞きますよ。愚痴とか』
間髪入れずに届く純白君からのメッセージ。
文字打つのが早いな、と圧倒されながらも僕は返信に迷い、一旦寝かせることにする。
一人でいるからこそこうして誰かと電波越しに繋がってる感覚が強く感じるのかもしれない。
純白君は気づいていたのだろう。僕と慈門君が上手くいっていないということも。
純白君と特別親しいわけではないが、だからだろうか。
確かにな、と納得できる部分もあった。
常楽先生や小緑君にも話しにくい内容でも、純白君にならば話せる気がするのだ。不思議なものだ。
元から慈門君を嫌っていた純白君だからか、それとも同性相手との経験が豊富そうな純白君だからなのか。
「……」
何度か文字を打ち込もうとして、結局全て消した。頭の中でまとまらない。
純白君に相談したい事、聞きたいこと、たくさんあったのに、後輩――それも小緑君の恋人にこんな気持ちのよくない話題を振るわけにもいかない。
なけなしの理性で耐え、『ありがとう』と送り返した。
『今回はただ体調を崩しただけだから。その時はお言葉に甘えるよ』と、もう一言も添えて。
その後暫く純白君から返事がこないのを確認し、息を吐く。時計を見ればすでにホームルームが始まる時間だった。
「……」
慣れてないやり取りの応酬に気疲れしたのか、なんだかどっと疲れた。ベッドのシーツを手繰り寄せ、そのまま潜り込む。
眠たいわけではない。目を瞑って思考を遮断させようとしたとき、玄関口の方から物音が聞こえた。
母親がパートへと向かったのだろうか、と思った矢先。
玄関から近づいてくるその足音は階段を登り、上がってくる。喧しいこの足音には覚えがあった。
理解するよりも先に体は凍りついた。
どうして。いや、それよりも扉を閉めなければ。
そう部屋の扉へと駆け寄る。駆け足気味にドタバタと近づいてきたその足音が扉越し、すぐ目の前までやってくるのがわかった。
外側からドアノブを捻られるよりも前に、内鍵を施錠する。間一髪、間に合った。
けれど。
『折? おーい、起きてるか?』
「……慈門、君……」
なんでここにいるのか。
そんな事聞かなくとも分かる。彼の性格ならば理解できた。だからあれほど先に親には言っていたのに、慈門君を家にあげないでくれと。
「ど、どうして……ここに……」
『具合悪いって聞いてさ、気になって迎えにきたんだよ。そしたらおばさんが折休むっていうし、おばさんもこれから仕事なんだろ? その間、折一人になんじゃんって思ってさ』
「……」
『だから、看病しにきたんだよ。なあ、てか折。なんでここ鍵かかってんの?』
「……」
言葉が見当たらない。
あまりの動揺に頭の中は真っ白になり、上手い言い訳も彼を帰すための方便も思い浮かばない。
じっとりと嫌な汗が全身を滲んだ。
……会いたくなかった。
そう慈門君の声を聞いて自分がそう感じてしまっている事実が、僕にとっては何よりも耐えた。
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