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1.イネイブラー
03
『なんだよ、声聞こえねえけど大丈夫か? 辛いんだったら救急車呼ぶぞ?』
けど、慈門君の声は優しかった。
あんなに連絡も無視したのに、怒っていない。それだけが救いだった。
「……ごめん、ちょっとぼーっとしてた。……あの、本当に僕大丈夫だから」
『いいから開けろよ。お前の顔見ねえと安心できねえよ』
「……慈門君」
ずぐん、と胸の奥が疼く。
顔を見せるだけなら、いいのか。そしたら帰ってくれるのか。
そんな思考が頭の中でぐるぐると巡っては、目が回りそうだった。
でも、常楽先生との約束もある。
先生に連絡した方が、いいのか。分からない。けど、本当にただ僕を心配してここにきてくれたのだとしたら。
『なあ開けろよ。……なんもしねえから』
僕の考えを読み取ったように、扉一枚隔てた向こうから慈門君の声が聞こえてきた。
『それとも、なんか隠してんのか?』
「ち、が」
『じゃあ開けろよ、折』
“開けろ”という声が喉を締め付ける。
少し低くなるその声が僕の脳味噌を芯から振るわせるのだ。そしてその振動は思考を鈍らせてく。
『開けてくれ』
また叩かれるのではないか。
そんな恐怖が心臓を巣食っていく。けれどここで僕が忌避して引き篭ったとして、もし今扉を壊されてしまえば僕は逃げることすらもできないだろう。
無視する選択肢もあった。帰れと突き放すこともできたのに。
『頼む、折。……お前に会いたいんだ』
そんな風に言われると、拒めない。
その声を聞いただけで慈門君がどんな顔をしているのか瞼の裏に浮かぶようだった。
不安そうな、迷子の犬みたいな顔をして扉の前にじっと立ってるのだろう。
慈門君は乱暴だけど、不器用なだけだ。知ってるからこそ、突き放すという選択肢はあまりにも僕にとっては酷だった。
少しだけ、話すだけなら。……顔を見せて、すぐに帰ってもらうだけなら先生も怒らないはずだ。
ここにいるわけではない先生に言い訳をしながら僕は恐る恐る内鍵へと触れる。
「わ、分かった……分かったから、少し待って」
冷たい金属の鍵を開く。瞬間、扉が開かれた。そして目の前に覆い被さってくる影を見上げた時。
「じ、もんく……」
ぎゅう、と抱きついてくる慈門君に思わず一歩後ずさる。バランスを崩しかけたが、慈門君の腕の中へと捉えられればそのまま足が床から浮きそうになった。
苦しい、というよりも、熱い。
「……体調は? 腹が痛いんだって?」
「う、ん……」
「寝てたのか?」
「……うん」
「薬は?」
「飲んだよ」
「……そうか。ごめんな、起こして」
離してほしい、と頼む暇もなくすぐに慈門君に降ろされる。床の上、抱きしめられたせいでよれた寝巻きを直そうとすれば慈門君に頭を抱き寄せられた。
後頭部から頸、そのまま背中まで優しく撫でられる。その感触に驚き咄嗟に慈門君の胸を押し返した時、慈門君の手はぴたりと動きを止めた。
「……ぁ……」
ごめん、と言いかけるよりも先に、慈門君はあっさりと僕から手を離した。それから少し寂しそうな顔をして笑ったのも束の間、すぐにいつものからっとした笑顔を浮かべるのだ。
「よっし、じゃあ今日は俺が折の面倒見るからな。なんでもしてほしい事あれば言えよ」
「……慈門君」
「ほら、お前は横になって寝てろ。……ベッドまで抱っこしてやろうか?」
「い、いいよ、自分で歩けるから」
「そうか? んじゃ、寝とけよ」
「……慈門君は?」
「お前の寝顔見とく」
「…………」
「そんな嫌そうな顔すんなよ。……分かったよ、寝顔はなしな。んじゃ、ここで大人しくしてるからお前は寝ろ」
「慈門君……いいよ、僕一人でも……」
こうして一つ一つ拒否することすら今の僕にとっては多大な労力を使う。それから、精神力も。
笑顔を浮かべたまま、慈門君は僕を見ていた。その目を見つめ返すこともできない。
部屋の中が静まり返る。
「だから、帰って。……お願い」
人を傷つける言葉を口にする度にその刃先が自分に突きつけられる、そんな錯覚に目が眩む。足元が揺らぐ。自分の部屋なのに、自分の部屋ではないみたいだ。
冷たくて、息苦しい。
「……なあ、折」
「……」
「俺ってそんなにうざいか?」
違うんだ、慈門君。そうじゃないんだ。
僕は君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、僕は君と付き合うのが苦しくて。
「……俺、迷惑だった?」
ああ、僕、最悪だ。
傷ついたような慈門君の顔を見た瞬間、脳の奥で無数の火花が弾ける。心臓を裏側から無数の針で射抜かれる、そんな痛みに声すら出なかった。
けど、慈門君の声は優しかった。
あんなに連絡も無視したのに、怒っていない。それだけが救いだった。
「……ごめん、ちょっとぼーっとしてた。……あの、本当に僕大丈夫だから」
『いいから開けろよ。お前の顔見ねえと安心できねえよ』
「……慈門君」
ずぐん、と胸の奥が疼く。
顔を見せるだけなら、いいのか。そしたら帰ってくれるのか。
そんな思考が頭の中でぐるぐると巡っては、目が回りそうだった。
でも、常楽先生との約束もある。
先生に連絡した方が、いいのか。分からない。けど、本当にただ僕を心配してここにきてくれたのだとしたら。
『なあ開けろよ。……なんもしねえから』
僕の考えを読み取ったように、扉一枚隔てた向こうから慈門君の声が聞こえてきた。
『それとも、なんか隠してんのか?』
「ち、が」
『じゃあ開けろよ、折』
“開けろ”という声が喉を締め付ける。
少し低くなるその声が僕の脳味噌を芯から振るわせるのだ。そしてその振動は思考を鈍らせてく。
『開けてくれ』
また叩かれるのではないか。
そんな恐怖が心臓を巣食っていく。けれどここで僕が忌避して引き篭ったとして、もし今扉を壊されてしまえば僕は逃げることすらもできないだろう。
無視する選択肢もあった。帰れと突き放すこともできたのに。
『頼む、折。……お前に会いたいんだ』
そんな風に言われると、拒めない。
その声を聞いただけで慈門君がどんな顔をしているのか瞼の裏に浮かぶようだった。
不安そうな、迷子の犬みたいな顔をして扉の前にじっと立ってるのだろう。
慈門君は乱暴だけど、不器用なだけだ。知ってるからこそ、突き放すという選択肢はあまりにも僕にとっては酷だった。
少しだけ、話すだけなら。……顔を見せて、すぐに帰ってもらうだけなら先生も怒らないはずだ。
ここにいるわけではない先生に言い訳をしながら僕は恐る恐る内鍵へと触れる。
「わ、分かった……分かったから、少し待って」
冷たい金属の鍵を開く。瞬間、扉が開かれた。そして目の前に覆い被さってくる影を見上げた時。
「じ、もんく……」
ぎゅう、と抱きついてくる慈門君に思わず一歩後ずさる。バランスを崩しかけたが、慈門君の腕の中へと捉えられればそのまま足が床から浮きそうになった。
苦しい、というよりも、熱い。
「……体調は? 腹が痛いんだって?」
「う、ん……」
「寝てたのか?」
「……うん」
「薬は?」
「飲んだよ」
「……そうか。ごめんな、起こして」
離してほしい、と頼む暇もなくすぐに慈門君に降ろされる。床の上、抱きしめられたせいでよれた寝巻きを直そうとすれば慈門君に頭を抱き寄せられた。
後頭部から頸、そのまま背中まで優しく撫でられる。その感触に驚き咄嗟に慈門君の胸を押し返した時、慈門君の手はぴたりと動きを止めた。
「……ぁ……」
ごめん、と言いかけるよりも先に、慈門君はあっさりと僕から手を離した。それから少し寂しそうな顔をして笑ったのも束の間、すぐにいつものからっとした笑顔を浮かべるのだ。
「よっし、じゃあ今日は俺が折の面倒見るからな。なんでもしてほしい事あれば言えよ」
「……慈門君」
「ほら、お前は横になって寝てろ。……ベッドまで抱っこしてやろうか?」
「い、いいよ、自分で歩けるから」
「そうか? んじゃ、寝とけよ」
「……慈門君は?」
「お前の寝顔見とく」
「…………」
「そんな嫌そうな顔すんなよ。……分かったよ、寝顔はなしな。んじゃ、ここで大人しくしてるからお前は寝ろ」
「慈門君……いいよ、僕一人でも……」
こうして一つ一つ拒否することすら今の僕にとっては多大な労力を使う。それから、精神力も。
笑顔を浮かべたまま、慈門君は僕を見ていた。その目を見つめ返すこともできない。
部屋の中が静まり返る。
「だから、帰って。……お願い」
人を傷つける言葉を口にする度にその刃先が自分に突きつけられる、そんな錯覚に目が眩む。足元が揺らぐ。自分の部屋なのに、自分の部屋ではないみたいだ。
冷たくて、息苦しい。
「……なあ、折」
「……」
「俺ってそんなにうざいか?」
違うんだ、慈門君。そうじゃないんだ。
僕は君のことが嫌いなわけじゃない。ただ、僕は君と付き合うのが苦しくて。
「……俺、迷惑だった?」
ああ、僕、最悪だ。
傷ついたような慈門君の顔を見た瞬間、脳の奥で無数の火花が弾ける。心臓を裏側から無数の針で射抜かれる、そんな痛みに声すら出なかった。
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