恣意的なぼくら。

田原摩耶

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1.イネイブラー

05


 それからどれほど経ったのだろう。
 相変わらず慈門君は下でガサゴソと物音を立てている。部屋に乗り込まれるわけではないので放っておいてはいるが、気にならないと言えば嘘になる。
 けど、ああ言った手前わざわざ自分から慈門君に会いにいく気にもなれなかった。
 寝てやり過ごそう。
 そう思いながらも、ふとポケットの中のスマホを開いたとき。先生から連絡が入ってることに気づいた。

『話せる時連絡しろ』

 簡素な一文。
 送信時間は丁度休み時間のタイミングだ。メッセージに気づくまでに時間はかかってしまったが、今ならまだ次の授業が始まるまで猶予はある。
 僕は慌てて常楽先生に折り返しの通話をかけた。

 少ししたあと常楽先生が通話に出る。


「あ……すみません、遅くなって」
『大丈夫か』
「はい。一人にしてほしいって言ったら僕のお願いも聞いてくれて」
『今織和の家か?』
「はい。慈門君はリビングで、僕は自室にいます。……一応、何かあったら呼んでくれって」
『……』

 端末越しでも常楽先生がどんな顔をしているのか分かる。眉間に深い皺を刻んでいるはずだ。
 なんでそうなったんだと。

『あいつを近付けないようご両親には伝えていないのか』
「……すみません、一応家に来たら追い返してもらうようにと頼んでたんですけど、丁度仕事へ行く時に慈門君来たみたいで……けど、慈門君も少し反省してるみたいだったので多分大丈夫だと思います」
『……織和』
「……その、また何かあればすぐに帰ってもらうつもりです。だから、心配しないでください」
『どう帰すつもりだ?』

 端末越し、返ってきた冷たい先生の声に背筋が冷たくなる。言葉に詰まれば、常楽先生が小さく息を吐くのが聞こえた。

『……織和、ご両親は何時頃に帰ってくる』
「母さんは夕方頃になると思います」
『なら、それまで外へ出ろ』
「……え?」
『逃げ場のない室内に二人きりになるくらいなら窓を開けて外に声が届くようにしろ。少しでもだ』
「せ、先生……」
『俺も様子見に行く』
「だ、大丈夫です。それに、授業が……」
『何かがあってからじゃ遅い。分かってるだろ』
「……」
『それに、お前はまだ万全じゃない。大丈夫だと思っていても、少しの衝撃で傾き兼ねない不安定な状態だ』
「……先生」

 そんなことない、と言い切れる自信はなかった。現に、僕は慈門君を前にして自分を見失いそうになった。
 こういうとき、先生の言葉はありがたかった。冷静な判断や言葉、それを信じることができる。
 少なくともそう思えるほどの判断力は取り戻せていた。……こうして先生の言葉を聞けたからこそなのかもしれないが。


「ありがとうございます、先生。けど、大丈夫です。慈門君、すごい落ち込んでるみたいだし……それに、本当に約束を守ってくれて……あ、でも先生の言った通り外の空気を吸うようにもします。……窓も、開けときます」
『……いいか、織和。一番危ういのは回復しかけている時だ。……あまり思い切った行動をするな。とにかく今は――』

 そう先生が何かを言いかけた時、下から聞こえてきた足音が階段をあがってくる。
 慈門君だ。

「……っ、あ、す、すみません。慈門君がこっちにくるみたいなので僕は失礼します」

 こちらへと近づいてくる足音。焦り、とうとうまともに先生の返事を聞く余裕もなく僕は通話を中断させた。
 それから間も無くして、扉が開かれる。

「折、なんか言った?」

 躊躇なく僕のテリトリーに入ってくる慈門君に少しだけ狼狽える。別におかしなことでもない、僕たちの間では当たり前だったのに今はこんなにも緊張する。
 咄嗟に端末をポケットにしまいながら、僕は膝にシーツをかけた。

「慈門君、ノック……」
「あ、悪い忘れてた。……なあほら腹痛いって言ってたろ? 薬とかあるのかなって思って。薬いるんなら薬局行ってくるけど」
「……母さんが用意してくれてるのがあるから大丈夫だよ」
「そか。流石おばさんだな。……寝れなかったのか?」
「……そう、だね」
「まあ、寝てばっかも辛いだろうしな」

 部屋の中に入ってくる慈門君に少しだけ緊張し、僕はベッドから立ち上がる。そのまま入れ違いにベッドへと腰をかける慈門君を尻目に、先生に言われた通りカーテンに手を伸ばした。

「何してんの?」
「換気だよ。……この部屋、空気こもってるから……」
「あーね、確かに折の匂いでいっぱいだわ」
「……」

 そのまま人のベッドに寝転がる慈門君を一瞥し、大きくカーテンを開いた。差し込む日差しはあまりにも眩しい。
 敢えて窓も全開にすれば、すぐに向かい側の家が目に映る。先生の言っている意味が少し分かった気がする、こうして見ると通行人たちや近所の遊んでる子供の些細な話し声すら聞こえてきた。

「折、何してんの」
「……今日天気いいなって思ってさ」
「だよな。折が腹壊してなかったらこのままサボってデートもありだったけど」
「……そうだね」

 暫く換気はしておこう。
 僕の行動の意図も全く気にせず、ベッドから起き上がった慈門君はそのまま僕を手招きする。
 いつも抱かれるときと同じ誘い方に少し身構えれば、「変なことはしねえよ」と慈門君は笑った。

「……なに?」
「ハグ、しようかと思って」

 必要ないよ、と言えばまた慈門君を傷つけてしまうかもしれない。ハグだけなら……ましか。
 乱暴なことさえしなければ、慈門君と一緒にいるのは好きだった。僕は。彼の多少乱暴なスキンシップも、彼からの親愛を感じれて心地よかった。

 慈門君の隣にまでいけば、そのまま腰に慈門君の腕が回される。膝の上、背面に座らせられるような格好にいつの日か夜の公園でのことを思い出して凍りついた。

「まっ、て……っ」
「なに、嫌?」
「膝に座るのは……」
「あー、はいはい。了解。……じゃ、これは?」

 そう、僕を下ろした慈門君はそのままぴったりとくっついてくる。太もも同士が当たりそうなほどの距離、「嫌?」と恐る恐る尋ねてくる慈門君。

「……嫌、じゃないよ」
「折、そればっかじゃん」
「……うん」
「……けどよかった。さっきより少し顔色良くなったか?」

 覗き込んでくる慈門君。
 先生と話したお陰で冷静を取り戻せたのかもしれない。
 それとも、窓から差し込む光は抑圧していた気分を軽くする効果でもあるのか。
 はたまた慈門君が優しい時の慈門君だと分かったからこそ安心してきたのか。

「……そうかな」
「そうだよ。……はー、まじでよかった。ここ最近お前に無理させてたかもって思ってさ、ほら、お前って結構溜め込むだろ?」
「……」
「最初、本当は俺のせいかなって思ってさ。……付き合わせすぎたのかなって。折、体が丈夫ってわけじゃねえだろ? だからほら、色々ガタきたかもしんねえって」
「……慈門君」
「……だから、ごめんな。色々負担かけて。……これだけはちゃんとお前の顔見て言っとかねえとって思って」

 遠くから聞こえてくる近所の住人たちの声、生活音が響く。風に吹かれたカーテンがはためくのを眺めながら、僕はただ慈門君の言葉を聞いていた。

 慈門君のことは好きだ。慈門君がそう思ってくれるのは嬉しい。のに、『本当に?』という言葉が頭の中に大きく浮かんだ。
 だったら何で僕がやめて欲しいって言った時にやめてくれなかったんだ。僕の言葉に耳を傾けてくれなかったんだ。興奮してたから?だから僕よりも自分を優先したの?

「……折?」
「……ん?」
「いや、どうしたんだよ……急に黙り込んで」
「ちょっと、考え事してたんだ」
「今俺と話してんのに?」

 少しだけ怒ったような顔になる慈門君に、口にした後少し後悔した。けど、生ぬるい空気が全てを有耶無耶に溶かしていく。
 もし締め切った薄暗い部屋の中だったらきっと、僕は目の前の慈門君しか目に入れることはなかっただろう。
 けれど、今は先生がいる。僕は一人ではない、そう思えることが大きかった。

「……慈門君」

 目の前の慈門君を見上げる。
 不安そうに見開かれたその目が揺れる。

「僕、君のことが好きだよ」
「なんだよ、折……急に」
「本当に好きなんだ。君は僕の親友で、僕に出来なこともなんでもしてくれて……いつだって僕に手を差し伸べてくれる。そんな君に救われた」
「……」
「ねえ、慈門君」
「嫌だ」

 その言葉を口にするよりも先に、慈門君は口を開いた。それから頭を抑え、自分を落ち着かせるように息を吐く。

「……嫌だ、折。聞きたくない」

 慈門君は印象よりも聡い。僕のことをよく見てるはずだ。だって、僕ですら気づかなかった小緑君への想いも気づいたくらいなんだから。

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