恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

適切な距離


 放課後になり、僕は慈門君の教室へと向かった。
 それぞれ帰宅する生徒や部活動や委員会へと向かう生徒たちの流れに逆らうようにしてやってきた教室前。
 一際背の高い彼は廊下からでもよく見える。扉を潜るように丁度教室を出ようとしていた慈門君を見つけ、「慈門君」と声をあげればすぐに慈門君はこちらに気づいた。驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうにはにかむ。

「折、どうしたんだ?」
「昼休み、会いにきてくれたんだよね。……ごめんね、外で食べててさ」
「ああ。お前のクラスのやつに聞いた。……いいって、別に毎回一緒に食おうぜって約束してなかったしな。それに、折にも一応俺以外の友達もいるんだし」
「なにそれ」
「怒るなよ、冗談だから」

「そりゃ、俺は一緒に食いたかったけど」と肩を竦める慈門君。

「俺も他の奴ら優先する時あるしお互い様ってことで」

 てっきり、僕は慈門君が怒ってるのではないかと思っていた。
 気を悪くして、不貞腐れて、『自分のことなどどうでもいいのではないか』なんて卑下するのではないかと。
 けど、慈門君はいつもと変わらない。……強がりもあるのだろうけど、僕の負担にならないように我慢してくれているのかもしれない。

「折?」
「……慈門君、部活は?」
「今日はなし。……折は?」
「僕も委員会の予定もないよ」

 探るような慈門君の視線とぶつかる。
 昼間の穴埋めではないが、放課後一緒に過ごすくらいは……していいのではないか。
 これは懺悔に近いのかもしれない。「あのさ」と恐る恐る慈門君に声をかけようとしたとき、ふと慈門君は「あ、ちょい待って」と僕の肩に手を置いた。
 そしてスマホを取り出した慈門君は「……あー」と少し迷ったように眉を歪める。

「わり、先輩に呼び出されたわ」
「先輩?」
「先帰ってて、折。寄り道すんなよ」
「子供じゃないんだから……って、慈門君……?!」

 言うなり、僕から逃げるように廊下を去っていく慈門君の背中をただ僕は呼び止めることもできず呆然と見送るしかできなかった。一瞬の出来事だった。
 先輩からの呼び出し――別に慈門君と一緒にいると珍しいことではないし、なんなら友達に呼び出されることもある。
 けど、なんだろうか。スマホを確認した時の慈門君の目がなぜだか妙に頭に残っていた。

 ……まあ、いいや。
 慈門君もああ言っていたし、僕も今日は帰ろう。
 そう言えば、小緑君が夜連絡するとか言っていたな……。

 一人廊下に取り残された僕はそのまま他の生徒たちの波に混ざって昇降口へまで流されることになった。




「織和」

 昇降口へと向かう途中。丁度職員室から出てきたらしい常楽先生と鉢合わせになる。
 一応お世話になっている相手でもあるので無視するわけにもいかない。軽く会釈をし、そのまま立ち去ろうとすれば「おい、待て」と声をかけられる。
 条件反射。思わず立ち止まれば、「話がある」と常楽先生に耳打ちをされた。それから、保健室横のカウンセリングルームへと呼ばれた。
 ……拒むことはできそうにない。


 先生からの話は僕のここ最近の近況報告についてだった。
 面と面向かって「あれからあいつとはどうだ」と、聞かれる度にほろ苦い気持ちになる。

「喧嘩とか言い争いとか、そういうのはありません。慈門君も気を遣ってくれているみたいで」
「そうか。……最近一緒にいないみたいだしな、距離を取ることも覚えたか。お前が言ったのか?」
「……あれ以降は特に僕からは言ってません。それに、慈門君も元々忙しい人なので……」

 付き合ってからはずっと僕にべったりとくっついてきていたが、それも落ち着いた。
 元々はたくさんの友達に引っ張りだこな慈門君をある意味独占していたのは今までの話だ。付き合い始めはそうだと聞いていたし、だから喧嘩した後の今の距離感にも慣れていく必要があるとも分かっていた。
 そもそも、慈門君と二人きりになるのを避けたがっていたのは僕だ。
 寂しいと思うこともないが、何も感じないと言えば嘘になる。

「忙しい?」

 ふと、ソファーに腰をかけた常楽先生がこちらを見た。その鋭い目で睨まれると自然と体が竦んでしまう。変なことを言ったつもりはなかっただけに、余計。

「……今日も、一緒に帰る予定だったんです。……けど慈門君、先輩に呼ばれたみたいで」
「……名前は?」
「え?」
「先輩の名前」
「いえ、そこまでは……」

 そこに食いつかれるとは思わなくて、つい言葉に詰まってしまう。
 常楽先生はスーツのポケットを探るような仕草をし、そしてここが学校であると気づいたようだ。舌打ちをし、それから立ち上がる。

「……分かった。話を聞かせてくれてありがとう。織和」
「あ、いえ……大したことは……」
「また何かあれば連絡しろ」

 そう言うなり、カウンセリングルームから出て行こうとする先生を見てただ呆然とすることしかできなかった。
 ……先生に小緑君たちのこと、聞きそびれてしまった。
 けど、あの様子。なんとなく呼び止めることもできない雰囲気だったな。

 ここ数日は先生は僕たちに目を光らせているのは知っていたけど、今は慈門君を気にかけているのかもしれない。
 当たり前だが、先生が優しくしてくれているのは僕が問題を抱えている生徒だからこそだ。
 その問題が解決すれば、また以前の通りになると言うことはわかっていた。僕だってそれを望んでいた、はずなのに。
 なんだろうか。一人残されたカウンセリングルームの空気が異様にじっとりと重たい。

「……帰ろう」

 帰り道に本屋に寄って、新刊を確認して……帰ろう。
 そんなことをぼんやりと考えながら、僕はカウンセリングルームを後にした。

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