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2.シャーデンフロイデ
02
端末の向こうから聞こえてくるのは沈黙だった。
あの饒舌な小緑君が言葉に迷っている。
そして、
『あいつは、昔からお前のことが好きだった』
『気付いていたか?』と小緑君に尋ねられ、電話口だと分かっててもつい首を横に振った。
そのあと、「ううん」と慌てて付け足す。
「友達とは思ってたけど、そんな風に考えた事はなかった。……好きって言われるまで」
『だろうな』
「小緑君は知ってたの?」
『知っていた』
胸の奥がざらつく。
じゃあ、本当に僕だけが知らなかったのか。
そもそもいつから、と聞き返そうとして、疑問を口にすることができなかった。
その当時の小緑君のことを思い出すと、今までの何気ない記憶も別の物になってしまいそうで怖かったからだ。
それに、ぼんやりとだが想像ついた。
『俺はあいつから聞いていた。お前のことが好きだって』
「……え」
それは想像していなかった。
いつも張り合い、対照的な二人を見てきたからこそ余計そんなことがあったのかと驚く。
二人ともそんな素振り一切見せてこなかったから。それでも、僕の知らない二人がいてもそれはおかしくないと思うけど……ただ、少し寂しくもある。
『勘違いするなよ、織和。俺は別にだからと言ってあいつの肩を持つつもりはない』
「それは……」
『お前があいつに言いにくいならいくらでも手助けはする、という意味だ』
「小緑君」
『俺は本気だぞ』
きっと、小緑君の頭の中では僕が慈門君と話が出来なかったと思っているのだろう。
概ね正解なだけに何も言えなくなるが、小緑君の言葉を聞いた時嬉しいと言う気持ちよりも不安が優った。
多分それは慈門君にとって絶対にしてはいけないことだと僕にも理解できたからだ。
「だ、大丈夫。ありがとう、小緑君の気持ちは嬉しいよ。……そう言ってくれるだけて充分嬉しいよ」
『……』
「でも、慈門君が小緑君に恋愛相談とかしてた……ってこと? 想像つかないな」
強引に話題を変えようとしたが、話題の選択を間違えてしまったかもしれない。
『恋愛相談?』とスピーカーから聞こえてきた小緑君の声は訝しげなものだった。容易に渋面が想像つく。
『するわけないだろ』
「え、違うの?」
『あいつが俺に言ったのは――』
そう小緑君は言いかけ、言葉を止めた。
それから咳払いをし、『とにかく、気味の悪い想像をするなよ』と小緑君に叱られてしまった。
「小緑君、何か隠してるの?」
『……む』
「それとも、僕には聞かせたらまずい話……なの?」
『違……うが?』
「小緑君、君は昔から誤魔化すの下手すぎるよ」
『俺は別に上手くなりたいとも思っていない』
「そういう話じゃなくて……小緑君……っ」
通話というのがここまでもどかしいとは。
目の前に小緑君が入れば直接捕まえられるのだろうが、今目の前にあるのは見慣れた部屋だけだ。
何かを隠しているのは明白な今、僕には話せないことなのかと寂しくもなる。
『おい、泣くなよ』
「泣いてないよ。鼻を啜っただけだ」
『鼻を啜るな』
「小緑君……僕は慈門君のこと、何も知らなかった」
スピーカーの向こうで小緑君が押し黙る。
恐らく小緑君も距離を測っている。どこまでを話すべきかを探っている。
あの小緑君がそんな真似をするようになったなんて、と感慨深くなってる場合ではない。
「何も知らなかったんだ。僕は。君たちのことも」
『別にそれはおかしいことではない』
「わかるよ。もちろん君にもプライバシーはあるんだし、僕だって君に話せないことの一つや二つあるよ」
『……』
「僕って我儘なのかな」
『我儘だな』
「……きっぱり言い過ぎだよ、君は」
『けど、今までのお前の主体性のなさを考えると成長とも取れる。要するに織和、お前は疎外感を覚えてるわけだ』
「……そう、なのかな」
『天翔のこと、聞いたのか』
「どれのこと? ……慈門君のこと、知らないことばかりだったから分からないよ、小緑君」
『あいつがお前が好きだって話だ』
「それは……告白された時に知ってるよ」
『他に言われなかったか? “お前がいないと駄目だ”って』
聞こえてきた言葉は凡そ小緑君の口から発されるものとは思えない言葉だった。
けれど、僕にはここ最近聞いたことのあるものでもある。
冷たくなる背筋。「小緑君」と声を絞り出せば、『とかな』と小緑君は小さく息を吐いた。
『昔の話だ。それに、今はもう時効だ。お前らが付き合ったならもうな』
「なんの、話をしてるの……小緑君」
『“頼むから、折を取らないでくれ”』
「……」
『あいつは俺と織和が一緒にいるのが耐えられないと言っていた。……そんなつもりはないと言ってもあいつには受け入れ難かったようだ。だから、――だから、お前を無視した。……悪かったな、織和』
中学に上がってから気づけば疎遠になった小緑君のことを思い出した。
僕はなんて答えればいいのか分からず、ただ小緑君の謝罪を聞くことしかできない。
悲しいとかそんな感情ではなく、慈門君がそんなことを小緑君に言っていたと言う事実が僕にとってはショックだったのだ。
そのせいで数年前の僕は小緑君になんて話そうか考えては上手く話しかけることもできず、毎晩一人で反省会をしていた。
いや、そんなことはどうだっていい。今となっては。
「……なにそれ」
『織和?』
「……ううん、いや、そっか。……じゃあ二人は喧嘩をしたってわけじゃないんだよね?」
『まあ、喧嘩ではないな。……あの時は俺もガキだったし、勝手が分からなかった』
「それはそうだよ。……僕だって、そんなこといきなり言われたら困るし」
「でも、こうして話してくれて良かったよ」ありがとう、小緑君とまたつい癖で頭を下げそうになり、なんとか耐える。
『それで織和、お前は――天翔のこと、本当に好きなのか?』
「……それはどういう意味?」
『そのままだ。お前が義理で付き合ってるっていうなら……』
「小緑君が別れさせてくれるの?」
自分の喉から溢れてきた言葉に自分でぎょっとした。
咄嗟に口を塞いだが、遅い。スピーカーの向こうで小緑君が押し黙る。
沈黙が重たく、のしかかってくる。
「……大丈夫だよ、小緑君。僕ももう子供じゃないんだし、自分のことくらい自分でなんとかできるよ。皆、僕のことを心配してくれるのはありがたいんだけどね」
『織和、お前……』
「今度からは僕のことを、無視しないでね。小緑君」
これ以上は駄目だ。恐らく、堪えられそうにない。
最後の返事を聞く前に僕は「じゃあね」とだけ呟き、一方的に小緑君との通話を切った。
暗くなった画面の端末をベッドに放り投げる。
「……」
自分でもこんな気持ちになるとは思わなかった。
小緑君がこんな嘘を吐くとは思えない。だとしても、慈門君のせいだと思うとやり場のない感情が込み上げてくる。
謝罪してくれた小緑君の声もまともに聞けない。
二人とも、分かってて僕を無視して、避けていたってことなのか。小緑君は慈門君への義理立てのつもりだったのだろうが、僕よりも慈門君の勝手な言い分を優先させた――そのことが何よりもショックだった。
「……」
好きになろう。向き合わなくては。
そう思ったのに、知れば知るほど見たくもないものが見えてくる。
小緑君も、なんであんなにあっさりしてるんだ。なんで、今。僕は君から無視される度にあれほど息苦しくなって自分という存在が恥ずかしくなっていたのに、君は慈門君を優先させた。
僕が信じていた十数年が酷く薄っぺらいものに見えてくる。
二人を嫌いになりたくないのに、心が噛み合わなかった。
このままでは精神衛生上に問題が出てくる。そう判断した僕は部屋着のジャージのポケットにスマホを突っ込んだまま外へと飛び出した。
今は外の空気が吸いたかった。
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