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2.シャーデンフロイデ
03
夜に出歩くと補導されるリスクがあるので、あまり夜遅くなるまで出歩くな。
そう何度も親からも先生たちからも言われたし、それを律儀に守って門限を守ってきた。
多分また帰った時に色々問いただされるだろうが、今はどうでもよかった。
ひたすら夜の街を走り、やってきたのは一駅分ほど離れたコンビニ前。
僕には上手なストレス発散の方法も、不満を非行で晴らすほどの器用さもない。
結局のところ僕の精一杯の争い方がこれだ。
夕方とはまた違う客層の店内、人目を避けるようにしてやってきたアイス売り場。
僕は普段は買わない高いカップアイスを買う。夜二十二時前に、特にご褒美でもないのに。わざわざ黙って家を出てやることがこれだ。
「……」
なんだか自分のしょうもなさに無性に泣きたくなって、カップを手にしたまま顔を上げることもできなくなった。
糖分を摂取することでこのささくれだったメンタルが落ち着くのならば正当な投資だろう。そう自分に言い聞かせながらさっさとレジで精算を済ませる。そのまま店を出ようとしたとき。
「――織和?」
目の前の自動ドアが開いたと思えば、落ちてきた声に全身が冷や水を浴びせられたように凍りつく。
学校帰りなのだろうか。そこには昼間学校で会ったときと同じ格好をした常楽先生がいた。
「あ……」
完全に人と話すための準備をしていなかった僕は一瞬言葉に詰まった。
よりによって、こんなところを。
顔が熱くなるのを必死に堪えながら、「あの、これは」と言葉を探る。
「……お使い、です。あの、すぐに帰りますので……」
「もっと近いところがあっただろ。……少し待ってろ」
え、と聞き返す前に、そのままさっさと店内へと移動する先生。
待っていろと言われた手前出て行くことができずそのままじっとしていると、すぐに先生がやってきた。
「待たせたな。行くぞ」
「あの、行くぞって……」
「アイス、食うんだろ。それ」
その指摘にビニール袋を断って手に握りしめたままのそれに気付いた。
それから先生と一緒にコンビニを出て、つい流れで先生の車に乗り込む。エンジンがかかったままの車内は冷房が利いていて涼しかった。
また何か怒られるのかも知れないと思ったが、どうやら外で食べるよりもここで食べた方が涼しいという気遣いだったのかもしれない。
どれも憶測でしかないが、この時間でまた家まで帰るとなるとその間に補導される可能性もあるし。
助手席に座る僕を横目に先生は「喉は?」と聞いてくる。答える前に緑茶の入ったボトルを差し出され、つい流れで受け取ってしまった。
「あの……すみません、お茶まで」
「面談中飲み物くらいは出す。それと同じだ」
これって面談なんですか、と思わず手元のボトルに目を落とす。
「アイスは食っていいぞ」と先に先生の方から釘を刺してきた。
「何かあったんだろ」
「……どうして」
「目が赤くなってる」
「……」
やはり、先に帰っていたらよかった。
そう思う反面、先生が僕のことを見ていてくれていることに救われる自分もいた。
我ながら矛盾している。自分から助けを求められたくないのに、気付いてもらうことにほっとしているなんて。こんなの。
「……先生は、今帰りですか?」
「ああ。ちょっと長引いてな」
「この時間から自炊する暇はない」そう袋の中を広げる先生。ビニール袋の中にはカップ麺とプロテインバーとゼリー飲料が入っていた。
「これ、晩御飯ですか?」
「一日に必要分のカロリーと栄養価は補ているから問題ねえよ」
「……」
「……毎日これとは言ってないだろ」
袋の中を三度見したところで常楽先生に袋ごと取り上げられた。そのまま後部座席へと放る先生。
「……先生、自炊しないんですか?」
「時間と余裕があればしている」
普段ならば『プライベートな必要に答える義務はない』って切り捨てられると思っていただけに、応えてくれた先生が嬉しかった。
ということは、やはり忙しいのだろう。
「あの、……先生もアイス食べますか? 一口……」
「自分で食え。……おい、溶けてるぞ」
「あ、本当だ……じゃあいただきます」
先生は何も言わず、どうぞ、と言うようにこちらを見た。そのまま無言で自分の分の緑茶のボトルを開く。
妙な時間だった。
口の中に広がるバニラ特有のミルクの味に先ほどまでささくれ立っていた神経が優しく撫で付けられているような、そんな感覚だ。
きっと、一人でこれを食べていたら僕はまた少し泣いていたかもしれない。
先生の偏食晩飯を見たお陰で不快感は薄れていた。
無言でひたすらちまちまとプラスチックのスプーンでアイスを突き、先生はそれを見ていた。
「別に急がなくていい」
「……でも、」
「家まで送る。ここからお前んちは遠いだろうが」
「……はい」
僕が一通り食べ終わるのを確認すれば、先生はそのまま車を出した。
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