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2.シャーデンフロイデ
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「……小緑君も、よくそうやって慰めてくれました。僕、泣き虫だったから……今は、昔よりも酷いかもしれませんが」
「泣き虫の何が悪い。誰も困らせてないだろ」
「……先生」
恐る恐る、常楽先生の腕を掴む。スーツの下、僅かに先生の体が反応するのが分かった。
「……先生に、ご迷惑をお掛けしてます」
ああ、と吐き気が込み上げてくる。自分が嫌になる。それでも、僕はまたあの時の感覚を求めている。
先生に抱き締められると自分を肯定されるような気持ちになる。頭を撫でられると安心する。
先生な僕が問題のある生徒だから特別扱いしてくれているだけだと分かっている。
その上で僕はそんな先生の立場を利用して自分を満たそうとしているのではないか。
「教師として当然の役目だ。お前は俺の生徒だからな」
やんわりと手を振り払われ、テンプレートの言葉とともに引かれるライン。
教師と生徒だから。それが役目だから。
だから先生は僕に優しくしてるだけだ。頭で理解していても、分かった上でそのその優しさに縋り付きたかった。
「本当ですか」と振り絞り出した声は緊張で震えていた。それは先生にもバレていたかもしれない。
「あのな……言っただろ。些細なことでもいいから話せって。連絡先も教えたのにまた一人で抱え込もうとしたな」
「ごめんなさい。僕……」
「……怒ってない。ただ、こうなる前に頼れるやつを頼ることを覚えろって話だ」
「……頼って、いいんですか?」
本当に、僕が。迷惑ではないんですか。
広くはない車内、先生を見上げる。並んでいるだけでも先生との身長差を感じる。先生は僕を見つめたまま、それから「ああ」と口にした。
僕は先生がこう答えるのを分かっていた。卑怯だと思う。それでも、先生を独占することを許されていることに、受け入れてもらえることに心が落ち着いていくのだ。
そして、先生もそれを受け止めてくれた。
「……じゃあ、また……抱き締めてほしいです」
絞り出したその言葉に、時間が止まったかのように静まり返った。
流れる沈黙。
顔に熱が集まっていく。自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。
目を合わせることができないまま、自分の膝を見つめたまま口にすれば隣で先生が息を吐いた。
「――おい、織和」
「ご、ごめんなさい。気持ち悪いこと言って。……あの、変な意味ではないんです。僕、先生に抱き締めてもらうと落ち着くというか本当にやましいこととか、ないんです」
「まだ何も言ってない。落ち着け」
「……っ、……ごめんなさい」
調子に乗りすぎた。
先生が甘えていいと言ってくれたからって、これは。
「僕、ここから歩いて帰ります」と慌てて車から降りようとした時、「いいから落ち着け」と先生に腕を引っ張られる。
そのまま座席に戻され、それから、頭に置かれる手。
「――せ、んせい……?」
「……今はこれで我慢しろ」
寧ろそれは撫でられるというよりも添えられるに等しい。
大きな掌、その感触に胸の奥、先ほどとは違う意味で震えそうになる。
あ、と喉元まで声が溢れそうになるのを噛み締め、堪える。
恐る恐る見上げたその先、目があって常楽先生はばつが悪そうに、気恥ずかしそうに目を逸らした。
「……ほら、終わりだ」
「ぁ、……ありがとう……ございます」
「満足したか?」
「……はい」
「ならよし」
あやされている、と分かっていた。
それでも僕にとっては充分だった。それだけで。
頭に残った先生の手の感触を確かめるようにそっと髪に触れる。
まだ触れられた個所に熱が残ったように感じるのは気のせいなのか。
先生は何事もなかったように再び車を走らせた。
相手が先生だからか、分からない。それでも何度も見失いそうになる僕を繋ぎ止めてくれるのは先生だった。
……よくないと分かっていても、こんな風に甘やかされてしまうと縋り付きたくなる。
離れがたくなる。
別にやましいことなんてない。なら、先生に素直に甘えたっていいはずだ。
寧ろ遠慮する方がやましい気持ちがあると思われてしまうのではないか。
沈黙が流れる中、僕はずっと顔を上げることができなかった。先生も無理に話そうとはせず、気付けば見慣れた住宅街まで帰ってきた。
車を降りればまた日常へと戻ってくる。
一応親に挨拶するという先生と一緒に車を降り、その後夜中にこっそり家を抜け出したことを母親に怒られたが先生がフォローしてくれたお陰でなんとか解放された。
叱られてる最中ずっと先生のことばかり考え母親の言葉も頭半分に聞き流してしまい余計怒られたが、前日の体調不良のこともあり思いの外早く解放される。
家を出た時は負の感情に身を任せてしまっていたが、今はどうだ。
シャワーを浴びてベッドに転がり、先生のことを思い出していた。
自分が単純だからか、それとも先生のカウンセリングが上手いからか……恐らくその両方なのだろう。
あんなに小緑君に腹が立ったのに、今は少し落ち着いて考えられた。
そうだ、小緑君にだって事情はある。
もし僕がされた時みたいに慈門君が自殺を仄めかしたら、小緑君だって慈門君の言葉を聞くことしかできなかったはずだ。
「……」
明日、いきなり通話を切ったことを謝ろう。
そんなことを考える余裕が自分に驚きつつも、穏やかな気分で眠りにつくことができた。
「泣き虫の何が悪い。誰も困らせてないだろ」
「……先生」
恐る恐る、常楽先生の腕を掴む。スーツの下、僅かに先生の体が反応するのが分かった。
「……先生に、ご迷惑をお掛けしてます」
ああ、と吐き気が込み上げてくる。自分が嫌になる。それでも、僕はまたあの時の感覚を求めている。
先生に抱き締められると自分を肯定されるような気持ちになる。頭を撫でられると安心する。
先生な僕が問題のある生徒だから特別扱いしてくれているだけだと分かっている。
その上で僕はそんな先生の立場を利用して自分を満たそうとしているのではないか。
「教師として当然の役目だ。お前は俺の生徒だからな」
やんわりと手を振り払われ、テンプレートの言葉とともに引かれるライン。
教師と生徒だから。それが役目だから。
だから先生は僕に優しくしてるだけだ。頭で理解していても、分かった上でそのその優しさに縋り付きたかった。
「本当ですか」と振り絞り出した声は緊張で震えていた。それは先生にもバレていたかもしれない。
「あのな……言っただろ。些細なことでもいいから話せって。連絡先も教えたのにまた一人で抱え込もうとしたな」
「ごめんなさい。僕……」
「……怒ってない。ただ、こうなる前に頼れるやつを頼ることを覚えろって話だ」
「……頼って、いいんですか?」
本当に、僕が。迷惑ではないんですか。
広くはない車内、先生を見上げる。並んでいるだけでも先生との身長差を感じる。先生は僕を見つめたまま、それから「ああ」と口にした。
僕は先生がこう答えるのを分かっていた。卑怯だと思う。それでも、先生を独占することを許されていることに、受け入れてもらえることに心が落ち着いていくのだ。
そして、先生もそれを受け止めてくれた。
「……じゃあ、また……抱き締めてほしいです」
絞り出したその言葉に、時間が止まったかのように静まり返った。
流れる沈黙。
顔に熱が集まっていく。自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。
目を合わせることができないまま、自分の膝を見つめたまま口にすれば隣で先生が息を吐いた。
「――おい、織和」
「ご、ごめんなさい。気持ち悪いこと言って。……あの、変な意味ではないんです。僕、先生に抱き締めてもらうと落ち着くというか本当にやましいこととか、ないんです」
「まだ何も言ってない。落ち着け」
「……っ、……ごめんなさい」
調子に乗りすぎた。
先生が甘えていいと言ってくれたからって、これは。
「僕、ここから歩いて帰ります」と慌てて車から降りようとした時、「いいから落ち着け」と先生に腕を引っ張られる。
そのまま座席に戻され、それから、頭に置かれる手。
「――せ、んせい……?」
「……今はこれで我慢しろ」
寧ろそれは撫でられるというよりも添えられるに等しい。
大きな掌、その感触に胸の奥、先ほどとは違う意味で震えそうになる。
あ、と喉元まで声が溢れそうになるのを噛み締め、堪える。
恐る恐る見上げたその先、目があって常楽先生はばつが悪そうに、気恥ずかしそうに目を逸らした。
「……ほら、終わりだ」
「ぁ、……ありがとう……ございます」
「満足したか?」
「……はい」
「ならよし」
あやされている、と分かっていた。
それでも僕にとっては充分だった。それだけで。
頭に残った先生の手の感触を確かめるようにそっと髪に触れる。
まだ触れられた個所に熱が残ったように感じるのは気のせいなのか。
先生は何事もなかったように再び車を走らせた。
相手が先生だからか、分からない。それでも何度も見失いそうになる僕を繋ぎ止めてくれるのは先生だった。
……よくないと分かっていても、こんな風に甘やかされてしまうと縋り付きたくなる。
離れがたくなる。
別にやましいことなんてない。なら、先生に素直に甘えたっていいはずだ。
寧ろ遠慮する方がやましい気持ちがあると思われてしまうのではないか。
沈黙が流れる中、僕はずっと顔を上げることができなかった。先生も無理に話そうとはせず、気付けば見慣れた住宅街まで帰ってきた。
車を降りればまた日常へと戻ってくる。
一応親に挨拶するという先生と一緒に車を降り、その後夜中にこっそり家を抜け出したことを母親に怒られたが先生がフォローしてくれたお陰でなんとか解放された。
叱られてる最中ずっと先生のことばかり考え母親の言葉も頭半分に聞き流してしまい余計怒られたが、前日の体調不良のこともあり思いの外早く解放される。
家を出た時は負の感情に身を任せてしまっていたが、今はどうだ。
シャワーを浴びてベッドに転がり、先生のことを思い出していた。
自分が単純だからか、それとも先生のカウンセリングが上手いからか……恐らくその両方なのだろう。
あんなに小緑君に腹が立ったのに、今は少し落ち着いて考えられた。
そうだ、小緑君にだって事情はある。
もし僕がされた時みたいに慈門君が自殺を仄めかしたら、小緑君だって慈門君の言葉を聞くことしかできなかったはずだ。
「……」
明日、いきなり通話を切ったことを謝ろう。
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