恣意的なぼくら。

田原摩耶

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2.シャーデンフロイデ

02

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「今日の点検はあの人か……織和?」
「……え?」
「どうした? ぼーっとして」

 小緑君に指摘され、自分が足を止めてしまっていたことに気づく。
 心配そうにこちらを振り返る小緑君に慌てて僕は「なんでもない」と足を再び進めた。

 自然に。何事もなかったかのように。
 他の生徒達と同じようにしないと、常楽先生にも変なやつだって思われてしまう。
 それを意識すればするほど、普段自分がどのような顔をして先生に挨拶していたのかすらも分からなくなっていくようだ。

「おはざーす」
「おう」
「うわ、常楽じゃん」
「おいそこ、呼び捨てすんな」

 一歩、また一歩と小緑君と並んで校門に近づいて行く。
 顔を上げればすぐ目も合うだろう。けど、今自分がどんな顔をしているのかが分からなくて、怖い。
 だから、僕は俯いたまま先生の横を通り抜けようとして、顔をあげた。先生の声が一瞬止まったから、つられて。

「っ……先生、おはようございます」
「……おー、おはよ」

 顔を見られないように慌ててぺこ、と頭を下げる。
 ほんの一瞬だったが、確かに先生と目が合った。
 それが嬉しくて、緊張して、僕はそのまま足早に他の生徒達に混ざって昇降口へと向かった。
 後方から「おはようございます」という小緑君の挨拶が聞こえてきて、そこで自分が小緑君を置いていってしまったことに気づく。

 ……何をしてるんだ、僕は。



「なんだ、待っていたのか? 織和」
「ご、ごめん……本当は教室まで一緒に行こうと思ったんだけど、つい」
「あの人の服装点検は他の教師達よりもしっかりしているからな」

 そうじゃないんだが、いや、それもあるかもしれない。

 ――昇降口前。
 外履きから上履きへと履き替え、階段前で小緑君と合流し、僕らは教室のある階へと向かって階段を昇っていく。

「でも、お前なら引っかかることはないだろう。織和」
「う、うん……ありがとう。小緑君も先生から気に入られてると思うよ、きっと」
「そうか? あまり話す機会はないがな」

 本当に、今日一緒にいたのが小緑君で良かったのかもしれない。
 もし慈門君と登校していたらと思うと生きた心地がしなかった。


 それから僕らは教室前の通路で別れる。
 予鈴が鳴る頃には常楽先生は教室へと入ってきた。

「おい、さっさと席につけー」

 なんでもない日常のはずなのに、今まで日常風景の一部だったものがより鮮明に、クリアになっている。
 なんだろう、これは。
 先生を見ていると調子が狂わされる。
 悪いことはしていないはずなのに、後ろめたさで押し潰されそうになっていく。
 気を抜けば黒板の前の先生を目で追ってしまいそうになっては、ふと、先生と目が合う。
「あ」とより一層心臓が大きく弾んだ瞬間、先生の視線はするりと僕を逸れた。

「――……っ、……」

 別におかしくもない。なんならずっと見つめ合っている方が不自然だ。当然だ。
 そう思っているのに、なんだ。これは。
 微笑んで欲しかったのだろうか、僕は。
 今までなら気にも留めなかった先生の一挙一動に視線が奪われ、乱される。

 無視されたわけでもない。気にしすぎだ。
 そう自分に必死に言い聞かせ、呼吸を整える。
 ホームルームの内容は近々行われる試験と熱中症への注意など当たり障りのないものだった。

 それから、その日教室で先生と目が合うことはなかった。




「……」

 おかしい、というのは分かっていた。
 昼食の時間、食欲が沸かずに僕は自分の席から動くことができないまま机に突っ伏していた。

「おい、どした? 織和」
「腹でも壊したん?」
「……いや、違うんだ。なんかちょっと怠くて……」
「珍しいじゃん、織和がそんなこと言うの」
「そ、そうかな……」

 僕がだらけていると周りにも心配かけてしまうらしい。億劫ではあったが変に注目されるのも本意ではなかった。
 僕は席から立ち上がり、売店へと行ってくると適当に理由づけて教室を後にした。

 昨日は一緒に昼食取れなかったし、今日は僕の方から慈門君に会いに行こうか。
 単純接触効果、というものがある。
 もしかしたらここ最近常楽先生と一緒に居ることが多かったお陰で変な感じになっているのかもしれない。

 そう脳を切り替え、僕は慈門君のクラスへと向かうことにした。

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