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2.シャーデンフロイデ
いつもとは違う日常
しおりを挟む翌朝。
家を出れば玄関前にいつも立っているはずの慈門君の影がなかった。
昨日の休み時間のことがあるだけ気になったが、たまに寝坊することもあるのでなんとも言えない。
一応慈門君の家に迎えに行こうかとも思った矢先。
「……織和」
家の前の歩道にて。
スマホを片手に悩んでいると、ふと名前を呼ばれる。
眩しい日差しの奥、そこにいた人物を見て息を呑んだ。
「小緑君、おはよう。……どうしたの?」
「……いや、通りかかってな」
確かに僕の家と小緑君の家は離れていないけれど。
昨日の今日、多少ばつが悪かったがそれは小緑君も同じのようだ。
落ち着かなさそうな様子で顎先を指でなぞり、そして「そのだな」と言いにくそうに言葉を絞り出す。
そして、
「その……昨日は悪かった」
「……え?」
「お前と話した後、通話で済ませるべきではなかったと反省してな。……だから直接謝りたくて」
「そんなの……」
気にしなくていいのに、と喉から出かけて、言葉ごと息を飲み込む。脳裏に浮かんだのは常楽先生の言葉だった。
無理に許さなくてもいい。そう先生は言ってくれた。
顔を見れば自分がどんな感情になるのか気になったが、あまりにも申し訳なさそうな顔をする小緑君を見ていると昨夜ほどの怒りは湧かなかった。
「……ショックだったよ」
「……っ、折……」
「けど、僕も通話一法的に切っちゃったし……大人気なかった。ごめんね、小緑君」
「お前が謝罪することはない」
「ううん、……小緑君に会ったら謝ろうと思ったんだ。……もしかして、それでわざわざ来てくれたの?」
「む……まあ、そうだな。このままではお前のことばかり考えて授業にならなさそうだったから」
小緑君らしいと思う。小緑君のこういう素直なところが僕は好ましく思っていた。
夏空の下、小緑君の額に汗が滲むのを見て僕はハンカチを取り出した。そのままそっとハンカチで首筋に流れる汗を拭えば、小緑君は目を開いた。
「僕は大丈夫だよ。……それに、こうして君が謝りに来てくれただけで十分だ」
「……織和」
また疎遠になる可能性だってあった。
けれど、少なくとも小緑君は僕に会いに来ることを選択してくれた。
現金なのかもしれない。それでも十分嬉しかった。
「ここ、日陰ないから暑いよね。……行こうか」
「……慈門はいいのか?」
「慈門君は多分……寝てるかも。一応メッセージ入れたけど既読付かないから」
「そうか。……迎えには行かないのか」
「小緑君が迎えに来てくれたから」
小緑君と慈門君が今上手くいっているのかは知らないが、慈門君がいい顔をしないのは分かっていた。
わざわざこちらから慈門君を不機嫌にさせる必要はない。
その言葉の意図を小緑君も汲んでくれたようだ。「そうだな」とただ静かに続けた。
そして僕たちは他の登校中の生徒たちに混ざって通学路を歩き出した。
ジリジリとひりつくような日差しの下、僕たちの間に会話はない。その間を埋めるように歩道傍に並んだ街路樹からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「そう言えば小緑君、純白君と一緒じゃないんだね」
「元々あいつの家は離れてる。途中で待ち合わせることはあったが、特に連絡がないときは別々に登校することになってる」
「……そっか、それもいいかもね」
「お前らは……いつも一緒だな」
「慈門君が迎えに来てくれるんだ。けど、たまに今日みたいに寝坊することもあるからそういう時は別々で登校するかな」
「変わらないな」
「……そうだね」
昔から慈門君が迎えに来てくれた。そこに小緑君もやってきて、僕が朝ご飯を済ませて家を出ると家の前で二人が喧嘩してることなどざらにあった。
思い出して思わず口元が緩む。「何を笑っている」と小緑君がこちらを見た。
「ううん、その……昔のこと思い出して。まさかまたこうして君と並んで登校する日が来るとは思わなかったけど」
「……そうだな」
「……慈門君に悪いと思ってる?」
「昨夜も言った通りだ。もう気遣いは不要だろう」
「あいつはお前と晴れて恋人になれたのだから」自分から聞いておいて話題を間違えたなと思う。
お互いに付き合っている相手がいるのだから当たり前なのだが、やはり小緑君は慈門君に負い目を感じて譲っていたのだと思うとなんとも言えない気分になる。
もし慈門君が何も言わなかったら、僕と小緑君の関係はどうなっていたのだろうか。なんてありもしない未来のことを空想してしまうのだ。
「そうだね」とだけ答え、僕は木々の影を踏むように足を進めた。
数年ぶりの二人だけの登校なのに、ここまで胸が躍らないのも不思議だった。
まるでお互いがお互いに上の空のまま、ただ並んでいる。今までは勝手に口から話題が溢れ出て止まらなかったのに、今ではその逆だ。
けど、多分これは間違っていない。元々僕らは慈門君のようにたくさん喋る方ではない。
そう言い聞かせている内にあっという間に校舎が視界に入ってきた。
そして、校門前。
「おい、そこ髪まとめろ。違反ギリギリだぞ、その長さは」
「はーい」
「おいそこ。髪染め直してこいって言っただろ、矢倉」
「分かってますって、今金ないんで許してください!」
「……はあ、ったく……」
「先生、おはようございまーす」
「……おはよーさん」
校門前、行き交う生徒たちにいかにも気怠そうに挨拶をする常楽先生を見つけた瞬間思わず立ち止まりそうになる。
毎朝軽い風紀チェックがてら先生たちが当番制で校門前には立っていることは知っていたが、よりによって今日とは。
昨日のことがあっただけに、車の中で頭を撫でられた時の感覚が蘇っては首の周りに一斉に熱が集まるのが分かった。
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