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世界が歪んだ日
存在しない自分
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サイスには一時的に退室してもらった。エースの首を守ってもらうことを優先してもらうことにしたのだ。
つまり、この部屋には僕しかいない。何かがあった時のため、いつでもこの部屋に駆け付けられるようにしてもらってはいるが。
それから間もなくして、サイスの言葉通り白ウサギが部屋へとやってきた。
ノックと共に「クイーン、よろしいでしょうか」と控えめな声が聞こえてくる。
ベッドに横たわったまま僕は「入れ」とだけ扉に投げかければ「失礼します」と白ウサギが部屋に入ってくる。
「具合は如何ですか」
「……問題ない、と言いたいところだがな」
「キングから聴きました。……突然気絶をされたのだと」
「前触れもなくな。それまでは調子は悪くなかったはずだ」
「受け答えも問題ありませんね。……今は?」
「調子は普通だ」
医療器具やらなんやらが入った革の大きな鞄を抱えてベッドの側にやってくる白ウサギ。何か考えるように目を細め、白ウサギは「失礼します」と僕の手を取った。ひんやりとした細く長い指先が手首を捉える。それから顎を軽く持ち上げられ、口を開けさせられた。
「確かに、見たところ体調に問題はなさそうですね。……気を失う直前のことをお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。……別に、大したことはないがな」
この世界そのものすらが偽物だとすればこの問答も無意味ではあるが、サイスのように何かが拓くきっかけとなるかもしれない。
もしかしたら白ウサギにも本来の世界の記憶が戻ればもっと違う道も拓けるかもしれない。
そして何より、この不便な肉体のことは僕自身が一番知りたかった。
僕はなるべく簡潔に白ウサギに中庭での出来事を伝えた。キングとのことも、一応。
幼い頃から僕のことを診ていた男だ。何故僕がキングに会いに行ったかも概ね想像ついたのだろう。話し終えた僕を見て、「そういうことでしたか」と小さく頷いた。
「それは何というか……災難でしたね。キングはより一層貴方のことを心配されていらしていたようでしたので」
「……」
最悪だ、と僕の顔に出ていたのかもしれない。白ウサギは垂れがちな眉尻を更に下げる。困ったように笑い、「愛されている証拠ではありませんか」と目を伏せる。
愛だと?とつい言い返しそうになったが、一応今の僕は表向きあの男と婚姻関係にあたる。いくら気の知れた白ウサギとは言えど帽子屋のこともある、下手なことを一応は言葉を選んだ方がよさそうだ。
と、渋々黙り込んだ時。
「……貴方の場合は、その原因もあるのかもしれませんが」
ぼそりと白ウサギが漏らしたその言葉にぴくりと体が反応した。
顔を上げればレンズ越し、こちらをじっと見つめていた白ウサギの赤い目は悲しそうに細められる。
「それはどういう意味だ」
「……出過ぎた真似でしたね」
ほんの少しの違和感はシコリになって胸の奥に突っかかる。そのままはぐらかそうとする白ウサギ、その白衣の袖を掴み、引っ張った。
「言え、今ならお前の失言も僕が許してやる」
「これは命令だ」と白ウサギを睨めば、白ウサギは気圧されたように肩を竦め、そしてやがて諦めたように手をあげた。
「クイーン、貴方は相変わらず強引ですね」
「お前が白々しいからだ」
「……分かりましたよ、言いますから。……あまり気を張らないで下さい、また体に障りでもしたら大変です」
「……む」
そうやんわりと手を取られ、そのままベッドの上へと手を戻される。諦めたようにベッドの側に椅子を持ってきた白ウサギはそこに腰をかけた。
「あくまでこれは僕の憶測です。……クイーン、以前もこのようなことがあったことを覚えていますか?」
ゆっくりと、形のいいその唇から紡がれるその言葉に僕は記憶を遡ろうとする――が、不可能だった。僕にはこの世界にきてからの記憶しか存在ない。
が、それ以前にも確かにクイーンと呼ばれるまでの僕が存在していたのだ。
無言で首を横に振れば、「そうですか」と白ウサギは肩を落とす。
「貴方は以前から何度か気を失うことが多かった。……それに伴い、記憶が混濁することも屡々ありました」
「……僕がか?」
「ええ。……この会話も何度か既にしております」
白ウサギの記憶力はいい。僕も昔から健康体というわけでもないが、そこまで顕著な記憶障害を抱えたことはなかった。
やはり原因はこの世界そのものなのか。
「先天性のものではありません。貴方が王位についてからです。貴方がクイーンと呼ばれるようになってから、何度も」
「……」
「即位されてからというものの、どれだけ多忙な日も弱音ひとつ吐かずに日々の執務をこなしていました。が、ある日、ぷつりと糸が切れたように気を失われたのです」
まるで読み聞かせを聞かされている気分だった。自分の関係のない世界の話を聞かされているようなそんな感覚の中、白ウサギは穏やかな口調で続ける。
一度目は誰もいない執務室で気を失い、たまたまやってきていた白ウサギに起こされたという。そして、「何故僕がクイーンになっている?」と一言。青い顔をして呟いたのだという。
「記憶喪失とは違う。私のことや他の者のことも覚えていました。――ですが、貴方自身に関する記憶がごっそりと抜け落ちていたのです」
「それから、存在しない母親のことを探しておりました」と静かに告げられるその言葉に頭を殴られたような気分だった。
ただの偶然だと思いたい。が、あまりにも現状と境遇が似通いすぎていたのだ。
つまり、この部屋には僕しかいない。何かがあった時のため、いつでもこの部屋に駆け付けられるようにしてもらってはいるが。
それから間もなくして、サイスの言葉通り白ウサギが部屋へとやってきた。
ノックと共に「クイーン、よろしいでしょうか」と控えめな声が聞こえてくる。
ベッドに横たわったまま僕は「入れ」とだけ扉に投げかければ「失礼します」と白ウサギが部屋に入ってくる。
「具合は如何ですか」
「……問題ない、と言いたいところだがな」
「キングから聴きました。……突然気絶をされたのだと」
「前触れもなくな。それまでは調子は悪くなかったはずだ」
「受け答えも問題ありませんね。……今は?」
「調子は普通だ」
医療器具やらなんやらが入った革の大きな鞄を抱えてベッドの側にやってくる白ウサギ。何か考えるように目を細め、白ウサギは「失礼します」と僕の手を取った。ひんやりとした細く長い指先が手首を捉える。それから顎を軽く持ち上げられ、口を開けさせられた。
「確かに、見たところ体調に問題はなさそうですね。……気を失う直前のことをお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ。……別に、大したことはないがな」
この世界そのものすらが偽物だとすればこの問答も無意味ではあるが、サイスのように何かが拓くきっかけとなるかもしれない。
もしかしたら白ウサギにも本来の世界の記憶が戻ればもっと違う道も拓けるかもしれない。
そして何より、この不便な肉体のことは僕自身が一番知りたかった。
僕はなるべく簡潔に白ウサギに中庭での出来事を伝えた。キングとのことも、一応。
幼い頃から僕のことを診ていた男だ。何故僕がキングに会いに行ったかも概ね想像ついたのだろう。話し終えた僕を見て、「そういうことでしたか」と小さく頷いた。
「それは何というか……災難でしたね。キングはより一層貴方のことを心配されていらしていたようでしたので」
「……」
最悪だ、と僕の顔に出ていたのかもしれない。白ウサギは垂れがちな眉尻を更に下げる。困ったように笑い、「愛されている証拠ではありませんか」と目を伏せる。
愛だと?とつい言い返しそうになったが、一応今の僕は表向きあの男と婚姻関係にあたる。いくら気の知れた白ウサギとは言えど帽子屋のこともある、下手なことを一応は言葉を選んだ方がよさそうだ。
と、渋々黙り込んだ時。
「……貴方の場合は、その原因もあるのかもしれませんが」
ぼそりと白ウサギが漏らしたその言葉にぴくりと体が反応した。
顔を上げればレンズ越し、こちらをじっと見つめていた白ウサギの赤い目は悲しそうに細められる。
「それはどういう意味だ」
「……出過ぎた真似でしたね」
ほんの少しの違和感はシコリになって胸の奥に突っかかる。そのままはぐらかそうとする白ウサギ、その白衣の袖を掴み、引っ張った。
「言え、今ならお前の失言も僕が許してやる」
「これは命令だ」と白ウサギを睨めば、白ウサギは気圧されたように肩を竦め、そしてやがて諦めたように手をあげた。
「クイーン、貴方は相変わらず強引ですね」
「お前が白々しいからだ」
「……分かりましたよ、言いますから。……あまり気を張らないで下さい、また体に障りでもしたら大変です」
「……む」
そうやんわりと手を取られ、そのままベッドの上へと手を戻される。諦めたようにベッドの側に椅子を持ってきた白ウサギはそこに腰をかけた。
「あくまでこれは僕の憶測です。……クイーン、以前もこのようなことがあったことを覚えていますか?」
ゆっくりと、形のいいその唇から紡がれるその言葉に僕は記憶を遡ろうとする――が、不可能だった。僕にはこの世界にきてからの記憶しか存在ない。
が、それ以前にも確かにクイーンと呼ばれるまでの僕が存在していたのだ。
無言で首を横に振れば、「そうですか」と白ウサギは肩を落とす。
「貴方は以前から何度か気を失うことが多かった。……それに伴い、記憶が混濁することも屡々ありました」
「……僕がか?」
「ええ。……この会話も何度か既にしております」
白ウサギの記憶力はいい。僕も昔から健康体というわけでもないが、そこまで顕著な記憶障害を抱えたことはなかった。
やはり原因はこの世界そのものなのか。
「先天性のものではありません。貴方が王位についてからです。貴方がクイーンと呼ばれるようになってから、何度も」
「……」
「即位されてからというものの、どれだけ多忙な日も弱音ひとつ吐かずに日々の執務をこなしていました。が、ある日、ぷつりと糸が切れたように気を失われたのです」
まるで読み聞かせを聞かされている気分だった。自分の関係のない世界の話を聞かされているようなそんな感覚の中、白ウサギは穏やかな口調で続ける。
一度目は誰もいない執務室で気を失い、たまたまやってきていた白ウサギに起こされたという。そして、「何故僕がクイーンになっている?」と一言。青い顔をして呟いたのだという。
「記憶喪失とは違う。私のことや他の者のことも覚えていました。――ですが、貴方自身に関する記憶がごっそりと抜け落ちていたのです」
「それから、存在しない母親のことを探しておりました」と静かに告げられるその言葉に頭を殴られたような気分だった。
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