ヒーロー志望でしたが、手違いで三食宿付きヴィラン派遣会社に永久就職(?)することになりました。

田原摩耶

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CASE.10『ヘッドハントヒーロー』

10


「さっきからなんだお前らは。彼が濡れ鼠になって風邪ひいてもいいのか?」
「よくない、よくないけど……」
「そ、そうだよ。そもそも善家さんが嫌がって……」

 そう周りの目がこちらを向く。
 良い感じに酔いが回ってきた頭ではその会話の断片を拾い上げて繋げるのが精一杯だった。
 今の流れから要するにこれは……。

「嫌……ええと、そうですね……服、べちゃべちゃになってしまったので……」
「……善家さん、酔ってる?」
「酔ってません、大丈夫れす」
「いやれふって言っちゃってるし」
「脱ぎたい……かもです……」

 あと、シミとか臭いとかが心配です。
 虚空に向かって頷けば、「ほら、彼もそう言ってる」と万年青に肩を掴まれる。

「え、えぇ~~? なんか、なんかさあ……なにこれ……腑に落ちね~~」
「分かった分かった。着替えならあっちでしましょうね、善家さん。……ほら万年青、お前の着替え渡せ」
「おい真咲、なんでお前が」
「色々心配だからだよ」

 ほら、と真咲に促された万年青は不服そうながらも着替えを真咲に手渡す。
 それを受け取った真咲は、俺を支え「歩けますか、善家さん」と声をかけてきた。

「はい、だいじょう……っ、う……っ!」
「あー、あっぶな。足に来てるし」
「善家さん、一人でお着替え大丈夫そうです?」
「ん……はい……がんばります」
「うーーわ、心配すぎ。俺手伝いましょっか?」
「真咲なんかお前……」
「いやいや、普通に善意なこれ。……っと、危なっかしいな。この人……」

 面目ないです、という言葉は口にできなかった。
 代わりに転ばないように真咲の腕にしがみつけば、心配そうな四葉が声をかけてきた。

「真咲君、一人で大丈夫?」
「大丈夫。四葉はそっちの片付けよろしく」
「手伝い必要だったら声かけて」
「あいよ」

 お二人とも、仲本当にいいんだな。
 四葉の真咲への壁のない態度にしんみりしつつ、真咲に支えられたまま部屋を出た俺は丁度向かい側の空き部屋を拝借することにした。

「んじゃ、俺外で待ってるんで。なんかあったら読んでください」
「え?」
「え?」

 てっきり着替えさせてもらえるのかと思っていただけに不思議そうな顔をする真咲に俺は自分の思考がだいぶ麻痺していることに気付く。
 同時にちょっと酔いが醒めてきたようだ。

 ――そうだ、ここは地上だった。

 慌てて咳払いをし、俺は「すみません、すぐに着替え済ませてきます」と真咲に伝えたが呂律がうまく回らなかった。
 ハラハラした顔の真咲に見送られつつ、隣の個室に入った俺は扉を閉める。

 ここでは俺はボスの弟ではないのだから甘えてはならない。
 ……それにしても、お酒美味しかったな……。
 そんなことをぼんやりと考えながら上を脱ぎ、万年青から預かった服に着替える。
 ラフな格好は万年青のスマートな雰囲気とはかけ離れているがこれも変装用ということか。俺からしてみればありがたいが……少し大きい気もする。
 というかなんか、頭がひっかかって……あれ?
 おかしい、ここが袖で襟のはずでは……。

 なんてしてるうちに遮られた視界の奥からはノック音が響く。そして、

「善家さん、大分時間かかってますけどもしかしてそっちで寝てないです?」
「ま、真咲さん~……助けてください……!」
「うお!? ぜ、善家さん、そこ頭通すところじゃないですよ! ……まじかこの人」



 ……数分後。

「ご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございません……」
「あはは、そこは流暢なんすね」
「な、なんとお詫びすればいいか……」
「大丈夫ですよ。それに、善家さんの酔い方は全然可愛い方だし迷惑にすら入んないんで」
「う、ま、真咲さん……ありがとうございます……」

 なんとか真咲から救出された俺はただのTシャツすらまともに着れない己に自己嫌悪に陥っていた。
 そんな俺にくすくすと笑いながら真咲は脱ぎ散らかされた制服を畳む。

「こっちの汚れた方、洗濯出しとくんで。予備のビクテム用制服が数着部屋にあるはずなんで今日明日は大丈夫そうですね。明日でも部屋に行った時に補充しときます」
「すみません、何から何まで……」
「それが俺の仕事ですから。……あれ、酔い少し醒めてきました?」
「は……はい……」
「あはは、まだふにゃふにゃしてますね」
「俺は大丈夫です、も……すみません……せっかくのお休みのところを仕事を増やしてしまうなんて……」
「いいですよ。俺、頼られるの好きなんで。世話焼くの好きなんですよ、人の」
「ま、真咲さん……」

 や、優しい……良い人だ……。
 真咲の笑顔が眩しい反面己の不甲斐なさが浮き彫りになってくるようだ。
 許しが出たとはいえ社交辞令のようなものだ。いつまでも真咲に頼ってばかりではいけない。
 そう俺は慌てて立ちあがろうとして、足元がぐらつく。
 転ぶよりも先に真咲に体を支えられた。

「……ほら、危ないですよー。俺の腕手摺にしていいんで」
「あ、は……はい」

 協会職員がどんな仕事をしているのかは不明だが、思ったよりも真咲の体幹はしっかりしてる。
 先ほどもそうだったが反射神経はいいし、俺のことを軽々と支えてくれるし、腕もしっかりしてるし……鍛えてるのだろうか。

「ん……あの、善家さん……?」
「真咲さん……結構鍛えられてるんですね」
「ああ……まあ、肉体労働もあるんで……って、あの、善家さん、ちょっとくすぐったいかも……」
「羨ましいです、俺、どんだけ腕立て伏せしてもなかなか筋肉がつかなくて……」
「まあこればかりは体質も関係してきますからね……ってあの、善家さん?!」

 Tシャツの裾を捲り上げ、腹部を晒す。いくら腹筋しても割れる気配すらもない平らなそこを「こことか、全然割れなくて……」と撫でれば、真咲の目が天井と壁、そして俺の腹部へと移動する。
 その後、再び臍へと落ちたその目は今度は離れていかなかった。
 それから体を支えていた真咲の手がゆっくりと晒された腹部へと伸びる。

「えー……あー、まあ、つるつる……っすね」
「ん……ぁ、あの、真咲さん、こっちも硬いんですか?」
「硬くはないっすよ、あの、てか善家さん……わざとやってます?」
「……?」

 わざと……?
 どういう意味だろうか。まさか俺はまた失礼なことをしてしまったのではないか、と思った矢先、腹部を撫でていた真咲の指が臍に触れる。

「……っ、ぇ、あ、あの」

 そのままくり、と真咲の指先が臍から腹部、そのままゆっくりと上部まで昇ってきてはTシャツの裾を持ち上げる。
 腹部から胸元ぎりぎりまで持ち上げられるそれに驚いて真咲を見上げたとき。

「…………違う?」

 すっと目を細める真咲。その整った顔が思いのほか近く、先程までとは違うトーンで囁かれる声に息を呑む。
 先程までとは違う真咲の雰囲気に戸惑うのも束の間。扉の向こうから「おーい、どんだけ時間かかってんだよ!」という千金君の声が聞こえてきて、すぐに真咲の手は離れた。

「丁度今終わったー、すぐ戻るから」

 そう俺のシャツを直しながら、「んじゃ、戻りましょうか」と真咲はなんでもなかったように笑いかけてくる。

 ……なんだったんだ、今の。
 ドキドキと一層騒がしくなる鼓動を抑えながら、俺は「はい」と小さく頷く。

 まだ腹部には真咲の指の感触が残ったままだった。

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