ヒーロー志望でしたが、手違いで三食宿付きヴィラン派遣会社に永久就職(?)することになりました。

田原摩耶

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CASE.10『ヘッドハントヒーロー』

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「ありがとうございます、サディークさん。……お陰でなんとかなりそうです」

 教えてもらった事実はなかなかのものだったが、それは間違いなく俺にとってはチャンスだった。
 目の前にいないとわかっても思わずお礼をしてしまう。

『なんとかって……まさかまだ拳で何とかしようとしてないだろうな』
「い、いえ! 流石に相手が元ヴィランの方となると余計敵わなさそうですので」
『よかった、流石にそこまでは――』
「なので、脅迫してきます」
『…………なんて?』

 流れた間に聞き取れなかったのだろうか、と思ったが、どうやらちゃんとサディークさんの耳には届いていたようだ。
「はい」と大きく頷けば、サディークさんの大きな溜息が聞こえてくる。

『あのさ……良平、君本当に俺の話聞いてた?』
「はい! 勿論です、しっかりとこの耳で」
『自信満々に応えないでくれ……』
「大丈夫です、脅迫と言ってもあくまで穏便な形でお願いしてきますので」

 不安そうなサディークさんに一先ず俺の作戦を説明する。

 不満を持っている苦林なら下手な小細工よりも直談判が効果的だろう。
 それに相手が元ヴィランであるなら余計だ。引き抜きは苦林からしても願ったり叶ったりのはずではないだろうか、というのが俺の目論見だった。
 だから直接俺が会って「ここから苦林さんを解放するので、俺に協力してください!でなければ苦林さんの素性と素行の悪さを周りにバラします」と頼み込みに行けばなんとかなるだろう。そう思ったのだけれども。

『駄目だ』

 ばっさりとサディークさんに一蹴されてしまう。

『下手すりゃ協会側にも筒抜けになるかもしれないぞ。そうなればお前も俺も動けなくなる、作戦は失敗だ』
「それに関しては大丈夫だと思います」
『なんで言い切るんだよ』
「サディークさんも苦林さんの記憶覗いたんですよね。……あんな好き勝手してることを協会が知ってて見て見ぬふりするとは思い難いです」
『………………』

 何故かサディークさんの口数が少なくなる。なんだか時折苦しそうに呻くような声が聞こえてくるがノイズだろうか。
 俺は一先ず話を続ける。

「それに、苦林さんはやたらとネズミのことを気にしてました」

 彼らの言うネズミというのはこの協会内部の風紀を取り締まるための監察官のことだろうが、苦林さんはネズミの存在を警戒していた。

『……つまり、穴はあるって?』
「はい。なので、そこをありがたく利用させていただきます」

 隠れて悪さをするくらいの自由はある。
 最初ヒーローの人たちに警告されたときはどんな治安なのかと驚いたが、ガチガチに監視されているよりはこのくらいザラの方が動きやすい。
 問題があるとしたら俺についた護衛だが、幸い今は内部がごたついている状態だ。
 ヒーローの皆には悪いが、俺たちからしてみればチャンス以外の何者でもない。

『……勝算は?』
「今のところは七割ですかね。……ところでサディークさん、質問いいですか?」
『な、なに……まだなにか……』
「苦林さんの俺に対する心象はいかがでしたか?」
『……っ!』
「それによって勝率は大きく変化します。もし八割超えそうならすぐにでも行動を起こしましょう。――あの人がネズミの方々に見つかる前に」

 一先ずこの協会に物理的な穴を開けば、多少強引でも後からどうとでもできる。
 そうサディークさんに提案したが、サディークさんの声はそこで途切れた。
 沈黙……いや、違う。

『う……ぐ……』

 何やら苦しそうな声が聞こえてきた。どうやらサディークさんの呻き声のようだ。

「サディークさん? どうしたんですか?」
『い……嫌なことを思い出したんだよ……ああ、本当にあんたは……あの人があんたを選んだ理由がよく分かったよ』

 もしかして安生さんのことだろうか。
「ありがとうございます」と少し気恥ずかしくなっていると、『褒めてないよ』と溜息混じりにサディークの声が返ってきた。
 そして一拍を置いてサディークさんは重たい口を開く。

『あの男は……確かに良平のことを気にしている。あんたが何者か色々探り入れてるみたいだ。それで……』

 そこまで言いかけてサディークさんは押し黙る。言葉に迷ってるのだろうか。と、そこまで考えてはっとした。
 ああ、もしかして。

『……お前の兄ちゃん、有名なヒーローだったんだな』

 絞り出したようなサディークさんの声は微かに低くなる。こちらからは表情は見えないが、その声からは迷いが生じているように感じた。
 確かに、一部の人たち以外は俺の名前しか知らない。俺の方から話すことはなかったし、特に聞かれても曖昧に濁していた。
 が、サディークが相手となるとやはり別だ。

「今まで秘密にしててすみませんでした。……地下で生活する上で他言しない方がいいと言われてたので。……やっぱり、その……嫌ですか?」
『……いや、嫌とかじゃなくてその……俺、まじでお前のことなんも知らなかったんだなって自己嫌悪」

 中には拒否反応示すヴィランが居ても仕方ないとは思っていただけに、サディークさんの反応は少し意外だった。

「まあ、あそこには色んな事情のやつ多いし……こいつの逆のパターンみたいなのはゴロゴロいる』

 元ヒーローの現役ヴィラン、ということだろう。
 兄のことを思い出してどきりとしたが、生まれも育ちも地下育ちのサディークだからこそ色々な人たちを見てきたのだろう。
『まあそんなやつもいるか』という感覚で受け入れてくれるサディークにホッとする。

『わ……悪い、今こんなこと言ってる場合じゃないって分かってるけど、どうしても聞きたくてさ。人の脳味噌伝手じゃなくて』
「いえ、こちらこそ……」

 配慮が足りず、サディークさんに寂しい思いをさせてしまいすみませんでした。
 ……いや、違うな。

「今度、直接お会いした時にお話しします。……俺のこと。……あ、もちろんサディークさんが嫌じゃなければですが……」
『知りたい』

 サディークさんにしては珍しくはっきりとした口調だった。自分でも大きな声を出してしまったと思ったのだろう、少しだけバツが悪そうに咳払いをしたサディークさんは僅かに声を顰める。

『……知りたい、俺もあんたのこと。……あんたの口から』
「……っ、はい……!」

 その兄が今どこで何をしているか、それさえ触れなければある程度はいいだろう。
 俺はサディークさんの産まれも育ちも聞いているのにこちらからは何も話さないのはフェアではない。同僚として――いや、友人としてサディークさんと向き合う。それも大切なことだろう。


 それから。
 早速俺は苦林さんを引き込むため、サディークと作戦を立てる。

 タイミングは今が好機。しかも、苦林さんの今日の予定も既にサディークさんは抜き取ってくれているようだ。

『この時間帯なら解放区にいるはずだ。あいつ、毎回午後は見回りと称して飲食店をハシゴしながらベラベラ喋ってる。探そうと思えばすぐに見つかるだろうから探る。分かり次第また場所送るから』
「ありがとうございます、俺もすぐそちらへと向かいます!」

 そうと決まれば俺はヒーローの皆に心配かけないように念のため置き手紙を用意し、それからこっそりと自室を抜け出す。
 ビクテムの制服のままでは目立つので上着を羽織り、そして騒然としたヒーロー寮を抜け出して早速解放区へと向かうことにした。




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