花葬

田原摩耶

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第三章

06※

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 花戸との関係性が歪ながらも変わってきたのが肌でも分かった。
 いや、変わったのは俺自身なのかもしれない。
 自我を殺し、この男の言いなりになる――それを選んだことによって花戸の態度が少しずつではあるが軟化していくのがわかった。
 俺が抵抗しないからか、電流を流すような真似はしなくなった。その代わり、恋人のように、家族のように甘く囁きながら抱かれるのは下手な拷問にも等しかったが。
 それから、俺の拘束が少しずつではあるが外されることが増えてきた。食事の後、その後ゆっくりとリビングで花戸と寛ぐようなそんな時間帯が増えるのだ。
 それは俺にとっても悪くない傾向ではあった。

 その間、拘束具がない代わりに花戸の膝に座らせられ、映画を観てる間もずっと掌を重ねるように手を握り続けられるという苦行も与えられたが。
 それでも逃げ出さず、受け入れる素振りを見せれば、嬉しそうに花戸は微笑むのだ。「ずっと、君とこんな穏やかな時間を過ごしてみたかった」などとのさばって。
 黙れ人殺し、誰がお前なんかと好き好んでいるやつがいるか。と、喉元まで出かける言葉を飲み込み、俺は、「そうか」とだけ呟いた。テレビの画面の向こうの映画なんてそっちの気に、戯れに重ねられるキスに夢中になってるこの男が愚かで仕方ない。
 ――まだだ、あと少し。もう少し、この男を油断させる。
 そう念仏のように頭の中で繰り返しながら、俺はそろりと舌を伸ばし、やつのキスに応えた。全身に立った鳥肌を悟られないように、花戸の体に凭れかかながら。

 花の移り香は日々濃くなっていく。それでも、決して呑まれるな。自分を見失うな。
 俺の大切な人は、もうここにはいない。
 兄さん、好き、と意味のない言葉の羅列をなぞるだけでこの男は性器を硬くし、喜んで俺を掻き抱き、犯す。滑稽だ。言葉などになんの意味なんてないのに。
 嫌悪感と拒絶から滲む涙を無視しながら、俺はその背中に手を伸ばした。詰めを立て、時折こちらからわざと痕を残せば花戸は酷く機嫌をよくするのだ。

「嬉しいよ、間人君。君がこんな風に俺を受け入れてくれる日が来るなんて」

 男はセックスのときに馬鹿になると聞いたが、その噂はあながち間違いではないらしい。滑稽極まりない。俺のことを好きだとか抜かすくせに、こんなことも見抜けないなんて。
 笑ってしまいたいのに、それと同時にこんなやつに兄さんも、俺も、滅茶苦茶にされたのかと思うと腹が立ってしかたなかった。
 こいつに抱かれるのは、最悪で最低で大嫌いでしかない時間だけど、間違いなく近道ではあった。杜撰で、道にすらなってない茨道ではあるが。

「……ぉ、俺も……好き……」

 ちゅ、と頬にキスをすれば、目を見開いた花戸は深く肺に溜まった息を吐き出した。腹の奥まで突き刺さった性器越しに烈しく脈打つ花戸の鼓動が伝わってくる。
 人殺しの馬鹿男が、金玉に精子溜め込んでそのまま詰まらせて死ね。
 花戸の腰に足を回し、「中に出して」と気色の悪い声でねだれば、唇に噛みついてきた花戸にそのまま喉の奥まで舌をねじ込まれた。

「……っは、ん、間人君、君はぁ……っ、ん、……ぷ……っ、ふ、どこまでも可愛くなっていくね……っ? は……本当に、あの時からずっと……君は俺の……っ」
「っ、ん、う゛、は……っ、ぃ゛っ、に、ぃ゛さ……っ! んんぅっ!」
「はあ……っ、ん……っ、困ったな、これじゃあ……君をますますここから出したくなくなる」

 射精が近くなるに連れやつの舌も縺れ、譫言のようにぶつぶつと呟きながら腰を打ち付けてくる花戸。限界まで広げられた肛門に指をねじ込まれ、腹の上から浮かび上がった性器を手のひらで押し潰しながら花戸は腰を動かした。
 前立腺と膀胱を外側と内側から挟まれ、ごりゅ、と押しつぶされた瞬間、意識が白飛びする。大きくガクンと跳ね上がった下半身から尿にも似た液体が花戸の腹目掛けてぶち撒けられた。弛緩する筋肉。口を大きく開き必死に酸素を取り込もうとする俺に構わず、花戸は更に腰を打ち付けるのだ。

「っか、は……っ! ぁ、あ゛、に、ぃさ、ぁ゛……っ、ぎ、ひ……っ!」

 揺さぶられ、激しく突かれるあまり息が保たなくなって必死に口を開閉する。それをキスを強請ってるように見えたのか、この男は俺の唇を塞いだ。太く長い舌で更に喉の奥までずっぽりと犯したまま、花戸は俺の体の奥の奥まで味わうのだ。

 恐らく、もう少し。けれど、やりすぎては逆に束縛がキツくなってはだめだ、丁度いい塩梅に……。

「ぃ゛っ、ぃぐ、も゛、ぉ゛……っ! やけぢゃ、ぅ゛、ひ、ぐ――ぅ、くひ……っ!!」

 執拗に中を犯され続け、ぐずぐずに溶け切っていた内壁は快楽から逃れることはできなかった。与えられたものすべてを全神経で受け止めさせられながら、俺は兄のことを思い出していた。そうしなければ、本当にもっていかれそうになるからだ。海老反りになったまま射精もせずただソファーの上で痙攣する俺の体を抱き込んだ花戸は再び腰を打ち付けた。いつもの余裕ぶったものではない、猿のような雑なピストンに乱暴に前立腺と奥の壁を何往復も突き上げられ、中の形が変わってしまいそうなほど性器で擦り上げられる。
 その内この吐き気のする行為に慣れれば、少しでも余裕が出てくるかもしれない。そう思っていたが、花戸は回数を重ねれば重ねるほどどんどん歯止めが効かなくなっていってる気がしてならなかった。

 どぷ、と根本の奥までぎちぎちに収まった性器から注がれる精液を浴びながら、俺は物理的に腹が満たされるのを感じた。そしてその中、萎えるどころか未だ芯の衰えないそれに軽い目眩を覚えながら俺は兄さん、と呟いた。
 これも、復讐のためだ。

「も、っと、……っ、して……」

 俺はこんな声で話していただろうか。耳障りな甘ったるい女みたいな声が自分の口から出てくることにただぞっとしたが、それすらも次に花戸の性器に突き上げられた瞬間全ては吹き飛んだ。
 復讐のためなのだ、これは。
 繰り返しながら、俺は花戸の首筋に鼻先を埋めた。汗で濡れたその鎖骨に震える舌をちろりと這わせれば、仕返しと言わんばかりに頬から唇を舐められる。そして、乱れた前髪の下。会話する余裕もなくなった花戸は興奮に溶け切った目で俺を見つめ、そして乱暴に唇を塞いでくるのだ。そのまま何度目かのセックスが始まる。きっと、この調子では朝までかかるだろう。遠のく意識の中、俺は映画の中の断末魔と自分の喘ぎ声が重なって聞こえた。
 耳障りなことこの上ない。
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