亡霊が思うには、

田原摩耶

文字の大きさ
42 / 128
I will guide you one person

17

しおりを挟む
 
 今俺に出来ること、それは暫く奈都を一人にすることだった。

 それから先を考えたところで問題はいくつもある。
 とにかく奈都と話すためには首にぶら下げられた首輪が邪魔でしかなかった。


 ――屋敷内、自室にて。

「……」
「……」
「……」

 上から俺、南波、仲吉である。
 空気を読んだらしい南波によってついそのままの足取りで自室に戻って来てしまったものの、あんな状況から楽しげな空気になるはずもなかった。

「やっぱり俺だけでも奈都のところ行こうか?」と何度か仲吉は言っていたが、正直怖いというのが本音だった。
 あの取り乱し方と俺に向ける目。俺ならまだしも、本人も仲吉に加害を加えそうだと言っていた。
 そんなことがあってはならない。そう俺は仲吉を止め、こうして自室に連れ込んだわけだが……。

 気まずい空気の中、先ほどからやたらと仲吉の視線を感じる。
「なんだよ」と聞き返せば、「いや」と歯切れの悪い反応とともに視線を逸らす仲吉。
 なんでもないことはないだろう。
「なんだよ」と更に詰め寄れば、彷徨っていた仲吉の視線は再度俺を捉える。
 そして、

「……いやお前、なんで首輪つけてんの?」
「……」

 ……完全に忘れてた。

「なにが……?」
「何がじゃねえって。ほら、これなんかついてるし」
「お前、いきなり引っ張んな……っ!」

「リード?」と不思議そうな顔をして南波が持つリードを掴む仲吉。南波の姿は見えてないのだろう。
 ぐっと首が絞められ「んぐっ」と喉から声が漏れた。

「っおいばか! 引っ張るなって……っ!」
「ほら、やっぱり首輪じゃん。……なにこれ? 幽霊になるとこういうのオプションについてくるわけ?」
「テメェ、勝手に触ってくんじゃねえ! 準一さんの許可を得ろ!」

 そう慌てて止める南波だが相変わらず仲吉には南波の姿は見えていないようだ。
 興味津々になってこちらへと近づいてくる仲吉から逃げようとすれば、ついバランスを崩して尻餅をついた。その側までやってきた仲吉は俺の首に手を伸ばす。
「本物?どういう仕組みだ?」と人の首に断りもなく触れてくる仲吉。その指先がこそばゆくて、俺は慌てて仲吉の手を掴んで止めた。

「……っ、い、イメチェンだよ、ほら、もういいだろ」
「ええ? お前そういう趣味なかったろ」
「ねえよ。色々事情があるんだって、だからもう離れろ。この首輪が外れたら俺がダメージ受ける」

 本当は花鶏の悪趣味な戯れなのだが、わざわざ余計なこと言ってそういう類のプレイだとか誤解されたら堪ったものではない。
 興味津々のこいつを止めるには適当なことを言うしかなかった。しかしまあ、嘘ではない。俺の趣味でもないのも事実だし、心身ダメージ受けることも事実なのだから。

「ダメージ? 電気が流れるとか?」

 そんなものならまだいいんだけどな。
 先程の花鶏とのやり取りを思い出してしまい、顔に熱が集まりそうになるのを振り払う。そして「そんなところだ」と俺は適当に誤魔化すことにした。
 流石の仲吉でも俺に進んでダメージを与えさせる真似は避けてくれたようだ。「まじか、大変だな」と憐れむような視線ともにやつは再び元の定位置へと座り直す。

「別に、この首輪が外れなかったら支障はねえから大丈夫だ。……動きにくいけど」
「リード持ってんのが南波さん、だっけ? 今ここにいるのか?」
「いる」

 なんならお前のこと睨んでる。
 そう告げれば、「ふーん」と仲吉は唇を尖らせる。それから「二人きりじゃねえのか」とも漏らした。
 南波さんはキレると暴走しがちだが、他の連中に比べるとまだ比較的穏健派なだけいいだろう。
 いや、穏健派というか幸喜に対する感情が同じと言うか敵の敵は味方みたいなそういう感じだ。だから仲吉と一緒にいても大丈夫だろうという謎の安心感はあった。

「それより、仲吉お前いつまでここにいるつもりだよ」

 首に絡み付く首輪のベルトを調節しながら、俺は窓へと目を向ける。
 先程まで塗り潰したような黒が広がっていた空は僅かながら明るくなっていた。つられて窓を覗き込んだ仲吉はそのまま「もうこんな時間か」と小さく伸びをする。

「いやさ、実は旅館の門限ギリギリでこっちまで来ちゃったからどうせ今戻っても六時になるまで入れないんだよね」
「じゃあ車で寝たらいいだろ」
「もし車場荒らしとかいたらこえーじゃん」

 オカルトグッズで溢れたお前の車のがこえーよと言い返したくなるのをぐっと堪え、じとりと窓際に立つ仲吉に目を向けた。そして、徐に仲吉と視線がぶつかった。
 その目は何かを期待するようにキラキラと輝いている。

 ――まさか、こいつ。

「なあなあ準一、六時まででいいからここで休ませ――」
「ダメだ」
「って、即答かよ!」

 ほらみろ嫌な予感がしたそばからこれだ。

「んだよ、良いじゃんちょっとくらい」
「明るくなってきたんだから暑くなる前に戻れよ」
「ここ数日課題ほっぽいて色々調べ物してきたお陰で寝れてないんだよ。今車運転したらあぶねえかも。あーあ、もっと明るくなればまた眠気が覚めるんだろうけど」
「……ぐ……」

 確かにこいつに頼んだのも、それに応えるためにわざわざ夜間車を走らせたのも仲吉だ。
 万が一事故ればとなると心配だが、それ以上に恐ろしいやつらがいるこんな屋敷に仲吉を長期滞在させるのは俺も不本意ではない。
 恩人であるこいつだからこそ、というのはあるのかもしれない。

「すきま風あるし、お前が寝たら足潰れるようなベッドしかないぞ」
「俺雑魚寝でもいけるの知ってんだろ」
「大体、虫とかどっから涌いてくるかわからないし」
「準一じゃないから俺虫平気だし」
「便所だって古いのやだろ」
「風情と趣があっていいじゃん」
「……」
「んで? 他には?」

 なぜか勝ったような顔をして笑ってる仲吉を睨む。
 こいつ、人の気もしらないで。

「……俺でも守りきれなかったらどうすんだよ」
「幸喜のことか?」
「そうだよ、あいつは何すんのかわかんねーし……俺だって死んだからって無敵になるわけじゃねえんだぞ」
「んー……でもまあ、そん時はそん時でってことで」

 今まで救われてきたやつの楽天的な性格が今では腹立たしくもある。
 そう「お前な」と思わず立ち上がった矢先だった。
 ふわりと生暖かい風が部屋の中に吹き、その風に混じって甘い香りを感じた。その次の瞬間、気づけば部屋の中には存在しなかったはずのもう一つの影が浮かび上がった。
 部屋の中央、俺と仲吉の間に音もなく現れたその男はこちらを振り返り、華のように微笑むのだ。

「おや、いいではありませんか。私は大歓迎ですよ、仲吉さん」
「あとりんさん!」
「ふふ、覚えててくださっていたんですね」

 ――花鶏。
 仲吉にもその姿は見えているらしい。
 懐いた犬のように駆け寄る仲吉にニコニコと微笑む花鶏はそのままちらりとこちらに視線を向ける。
 挑発するようなその視線に警戒するなという方が難しいだろう。

 何を考えているのか、この男は。

「寝床なら私が用意しましょう。ちょうど一台ベッドがあるんですよ」
「それって、前に言ってたオンボロベッドじゃないんすか?」
「ええ、そうですよ。この間いつか使う日が来るかもしれないと思って清掃していたんですよ。南波が」

 静かに続ける花鶏に、後方で「あの時はよくもやってくれたな」と南波の唸り声が聞こえた。
 また南波さん、コキ使われていたのか。その時の光景が目に浮かぶようだ。
 思わぬ花鶏の助け舟に「まじすか」と仲吉は目を輝かせた。

「ほら準一、あとりんさんもこう言ってるじゃん」
「そうですよ、準一さん。一晩くらい良いじゃないですか」

「あなただって本当は嬉しいんでしょう。仲吉さんがいてくださるのが」含み笑いを浮かべる花鶏に、俺は顔が熱くなるのを感じた。
 無意識に舌打ちが出る。

「花鶏さんには関係ないでしょう。俺たちの問題に口を挟まないでください」
「そんな寂しいこと言わないでください。せっかく生身のお方と知り合えたんですから色々話を聞きたいんですよ」
「な……」
「まあ、これは私と彼の問題なのですからもちろん貴方は口を挟まないですよね」

 先回りをされ釘を刺してくる。
 ああ言えばこう言うとはまさにこのことだろう。
「そーそー」と隣で頷く仲吉。お前誰のために言ってるのか分かってんのかとド突きたくなるのを必死に堪えた。

 こうしている間にも時間は経過する。
 なにより、家主である花鶏が仲吉側についたことにより既に勝った気でいる仲吉がムカついてきた。
 段々アホらしくなってきて、俺は「勝手にしろ」と仲吉に言い放った。

 売り言葉に買い言葉、というやつだ。
 けれど、けれどもだ。確かに勝手にしろとは言った。
 言ったが、本当に勝手にするやつがいるか。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

ビッチです!誤解しないでください!

モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃 「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」 「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」 「大丈夫か?あんな噂気にするな」 「晃ほど清純な男はいないというのに」 「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」 噂じゃなくて事実ですけど!!!?? 俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生…… 魔性の男で申し訳ない笑 めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...