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I will guide you one person
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しおりを挟むとにかく、奈都を落ち着かせなければならない。
「……消えるってどういうことだよ」
なんだっていい。今こいつの意識を逸らせるならば。
とにかく時間を稼ごうと尋ねれば、奈都は僅かに目を伏せる。
「ええ……呑み込まれるんですよ。跡形も無く。ここから出て行こうとすれば。そうやっていなくなった人を僕は何人も見てきました」
奈都の言葉はあまり考えたくないことだった。
結界に阻まれ、消えた幽霊。その後に残るものは何も無い。
そこまで考えて、ふと何かに似ていると思った。
いや、まさか。でも。と思わず思考を振り払おうとした時、奈都は笑みを消した。
「――成仏」
「これって、花鶏さんたちのいう成仏のイメージと似ていると思いませんか」準一さん、と淡々と続ける奈都。
その言葉は聞きたくないものだった。
だとしても、そこに苦痛を伴うか否かは大きな違いだ。
「……だったらなんだよ。お前はそんな方法で成仏したいのかよ」
「……僕はもう考えたくないだけです。なにも……それを紛らわしてくれるのなら、苦痛でも――」
言い掛けて、奈都は木と木を繋ぐ注連縄を掴んだ。
瞬間、肉を焼くような音とともに奈都の手がどろりと溶けたアイスのように形を崩していく。
奈都の顔が悲痛に歪む。
「っ、おい……っ!」
「……苦痛でも、構いません」
「違うだろ……っ、なあ。それなら何でここに俺を連れてきたんだよ。何か言いたい事があったんじゃないのか、俺に」
「……」
本当なら一人で消えることだってできた。
それこそ邪魔に入られず。
それでもうそうしなかった。そこに奈都の本心があるのではないのか。
そう説得を試みるが、奈都は何も言わない。答える代わりに奈都は指の付け根まで飲み込んだ結界に更に手を押し付ける。
「っおい!」
「……っ、僕は、準一さんに恨みはありません」
痛くないはずがない。
だらだらと脂汗を滲ませる奈都。ふらついた足取りでそのまま大木にもたれ掛かろうとして、小さく奈都が呻いた。
その背中が木の中へと飲み込まれそうになってるのを見て血の気が引く。
「……準一さんにはあの人たちに感化されて欲しくない」
「――」
「僕みたいに、放棄することも」
どうすべきか。
俺は何しにここにきたんだ。助けなければならないのに、もしこれが本当に奈都が望んでることならば邪魔すべきではないのではないかと過ぎる。
それ以上にむかついた。言葉通り、すべてを投げ出し俺に不安だけを押し付けていく奈都に。
「準一さんは、本当の成仏の仕方を――天国の場所を見つけ下さい」
掠れた、今にも消え入りそうなか細い声。後頭部が飲み込まれ、右足が消えていく奈都。真っ二つになったってまだ意識はある。
あいつは笑っていた。泣きそうな顔をして、こちらへと伸ばしかけたその手。それを見た瞬間、俺は考えるよりも先にその手を取った。
「断る!」
最早五本も指もそろっていないその血塗れの手首を掴む。そのまま結界から引き剥がそうとすれば、「な」と奈都の目が丸くなる。
そのまま逃げないように奴の肩を強く掴もうとするが、奈都は激しく抵抗した。
「なに……っ、離れてください、準一さん……!」
断面が剥き出しになった奈都の手がぬるりと顔に触れ、俺を押し返そうとする。
その手は想像以上に力強くて、こちらが押されてしまいそうになるのを意地で踏ん張る。踏ん張って、そのまま奈都の体を抱きしめる。
これ以上奈都の体を失ったらどうなるのか、どんな影響が出るのか分からない。
それでもこのまま消えるよりましだ。絶対に。間違いなく。
「……っ、……」
「いいから落ち着――」
落ち着け。そう、言いかけた時だった。
怯えたように体を震わせた奈都はそのまま俺を振り払った。瞬間、丁度背後にあった結界に背中がぶつかる。
「――っ、ぅ、ぐ……ッ!」
「じゅ、準一さん……っ!」
相変わらず目の覚めるような激痛に痛みが走る。それでも、よかった。奈都が頭からここに突っ込むよりもずっと。
一時的に結界から解放された奈都はすぐに俺の側へと駆け寄ってくる。
「準一さん、準一さん……っ」
そのまま崩れ落ちそうになる体を奈都に抱き起こされ、そして結界から引き摺るように離される。
その間もしっかりと体は抱き締められたまま、準一さん、準一さん、と今にも泣きそうな顔をして奈都は俺の体を揺さぶった。
さっきまで消えたがっていた奈都が、今はこんなに真剣に心配してくれる。それがなんだかおかしくて、俺は思わず笑いそうになる。
「……っ、準一さん……」
「お前、心配する順番が違うだろ」
しがみついてくる奈都の手を握りしめる。赤く濡れていたその手のひら、欠けていた断面から新たに生えてくる指に触れた。
本能には逆らえないということか。
すでに傷を修復し始めていた自分の体に、奈都も気づいたようだ。
「……僕は、僕は」
震える声。相当追い込まれていたのだろう。
そのまま絡みついてくる奈都の指先に、ぎゅ、と小さく力が入った。
「……存在してる価値なんてありません」
「そんなことない」
「あります」
「それはお前の考えだろ」
「俺には奈都がいてくれないと困るんだ」普段なら口が裂けても言えない言葉だが、相手が奈都だからだろうか。全て本音で語ってくれる奈都だからこそ、素直な気持ちを口にすることができたのだろう。
「……悪いけど、俺は目の前で死にたがってるやつを簡単に死なせてやれるほど優しくねえよ」
死にたいなら、俺を殺してでも死ねばいい。
その代わり、その度に俺はお前を止めるから。
言葉にしなくても伝わったのだろう。
痛みか混乱、或いは困惑か。顔をぐしゃりと歪めた奈都の目から涙が溢れ出し、赤く充血したその目は俺を真っ直ぐに見据える。
「……意味、分かりません。なんで準一さんがそこまでしなきゃならないんですか。おかしいじゃないですか」
「そうだよ、おかしいんだよ。目の前で誰かが苦しんでるとこっちまで気分悪くなるんだ」
「……それってエゴじゃないですか」
「エゴだよ、エゴ以外に何があるんだよ」
だから俺は、お前に死なれたら困る。
綺麗事を口にするほど舌が回るわけでもないし、気の利くセリフなんて以ての外だ。自分でも失言だとわかっていたが、こんな事しか言えないのだ。この口は。
「……なんなんですか、本当に」
ぼろぼろと目頭から溢れる涙を袖で拭う奈都はそう、苛ついたように髪を掻き毟った。奈都、と名前を呼ぼうとした時、奈都にそっと手を押しのけられる。
「奈都」
「すみません……少しの間、一人にさせてくれませんか」
「……ダメだと言ったら?」
「……準一さんが心配するような真似はしません」
ただ、少し疲れたので休ませてください。
そう奈都はか細い笑みを浮かべた。
不安定な奈都を一人にしていいのかはわからなかった。
だけど、浮かべたその笑顔からどこか吹っ切れたものを感じ、俺は「お前が妙な真似しようとしたらすぐ飛んでいくからな」と念を押しし、奈都と別れた。
本当はそんな能力がないが、奈都を無理に束縛しても奈都の心的ストレスになってしまう可能性がある。だから俺は奈都を見送った。
詰めが甘いと罵られようが、それが最善のように感じたのだ。
「……っ、はぁ」
奈都がいなくなり、一人取り残された大樹の前。
膝から力が抜け、俺はその場に膝をつく。
全身がひどく気だるい。奈都に突き飛ばされたとき負った負傷を即座に回復するのに大量の精神力を費やしてしまったのだろう。
俺だけでもこんなに困憊しているのに、奈都の負担を考えたら背筋が薄ら寒くなった。
しかし、今は奈都を追いかける気力は残っていない。
そのまま地面の上に座り込んだ俺は体力を回復させることに集中させる。
そのときだった。どこからか土を踏みしめるような音が聞こえてきた。
「っ!」
咄嗟に気配のする方へと顔を向ければ、薄暗い樹海の奥。そこには見慣れた人影があった。
「馬鹿だとは思ってたけど、ここまで平和ボケしてるなんて」
末期だな、と藤也は呟く。
いつからいたのだろうか。相変わらず生気を感じさせない藤也に驚いたが、リアクションする気力すらない。
俺はそのまま側へとやってくる藤也を見上げるのが精一杯だった。
「悪いな、平和ボケで。生憎平和な世界で育ってきたもんでな」
「だろうな。じゃないとそんな考えにならないだろうし」
「なんの用だよ」
「別に」
そう、目の前に座り込む藤也。なんなんだと戸惑っていると、いきなり腕を掴まれる。
「いっ」
「……」
袖の下、結界のせいで抉れたまま回復が追いついていない腕。どうやらそれが藤也は気になったらしい。
じっとまだ生々しさのあるその傷跡を眺めてくる藤也。なんなんだ、と戸惑いながらも俺はこそばゆさに耐えきれずに藤也の手を振り払った。
「別に、これくらいどうって事ない」
これ以上傷を弄られたら堪ったものではない。
そのまま藤也に背を向ければ、藤也も藤也でそれ以上付き纏ってくるわけでもなくただ「あっそ」と呟いた。
それからすぐ、背後で立ち上がる気配がする。
本当に様子見にきただけなのか。
そう、その背中を振り返ったとき。
「……奈都のこと、止めてくれてありがとう」
それは風に吹かれて消えそうなほどの小さな声だった。
藤也の口から感謝の言葉が飛び出すとは思いもよらず、一瞬聞き間違いかと硬直する。
そんな俺の方へと再び藤也は振り返る。
「あと」
「……なんだよ」
「あんたの友達。放っといていいの」
――忘れてた。
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