亡霊が思うには、

田原摩耶

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I will guide you one person

08

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「一人で探す」――なんて、格好つけて応接室を飛び出した俺だったが、俺は早々に自分の決断に対して後悔しかけていた。
 正直、この無駄に大きな屋敷の中を探し回るだけでも骨が折れる。
 唯一、この樹海が外界から隔離されているのが救いかもしれない。


 ――屋敷外、裏庭にて。

「南波さーん! 南波さーん! ……南波さん……っ」

 声を上げながら俺は屋敷の周辺を回っていた。
 先程からこうして名前を呼んでいるのだが、一向にその返事が返ってくることはない。そろそろ心が折れそうになっていた。

 それにしても、どこまで行ったんだろうか。
 相手は幸喜だ、今はただ南波の身の安全が気がかりだった。
 南波の影、もしくは南波だったものが転がっていないか、よく目を拵えて辺りを散策していたときだった。

 裏庭の隅、煉瓦で出来た焼却炉の前に人影を見付けた。
 ――ようやく見付けた。

「南波さ……」

 そうその焼却炉前の人影へと歩み寄ろうとし、足を止めた。
 近付けばより鮮明になるその後ろ姿は南波よりも細い。そして無造作な黒髪と、この季節にはあまりにも暑苦しい冬着。
 ――その人影には心当たりがあった。

「奈都?」

 そいつの名前を呼べば、人影もとい奈都はこちらを振り返る。

「あ……準一さん、どうも」

 そうぺこりと頭を下げる奈都。
 まさかこんなところで奈都に会うなんて思っていなかった。

「なにやってんだ、そんな隅っこで」
「……いえ、少し考え事してただけです。……もしかしてお邪魔でしたか?」
「いや、違うんだ。たまたま通りかかっただけだから」

「俺の方こそ悪かったな、考え事の邪魔して」先程のことを思い出し、余計気まずくなってしまう。けれど、対する奈都はあまり気にしているようには見えなかった。
 もしかして俺の気にし過ぎか、と思えば「いえ、気にしないでください」と心を読んだように奈都ははにかんだ。眉尻を下げ、少し困ったような笑顔だ。
 いつもと変わらない奈都に今はほっとした。

「あ、そうだ。……なあ奈都、お前南波さん見てないか?」
「南波さんですか? ……見てないですね。どうかしたんですか?」
「リード離した隙に南波さんが逃げてさ、今探してるところなんだよ」

 我ながら妙なことを言ってる自覚はあった。そもそも人にリードを着けるものじゃないんだよな。
 なんて自分で突っ込んでいると、「ああ、そういうことでしたか」と奈都は納得したように微笑むのだ。

「それでしたら、僕も手伝いますよ」
「え、いいのか?」
「はい、どうせ暇ですし……あとが面倒ですからね」

 もしかして気を遣わせてしまったかと思ったが、奈都の助けは正直助かる。
「悪いな」と項垂れれば奈都はにこりと微笑んだ。

「――困ったときはお互い様ですよ」


 ◆ ◆ ◆


「そう言えば、仲吉たちに会ってないのか?」
「仲吉さんですか? ……まだ会ってないですね」
「……そうか」
「どうかしたんですか?」
「いや、あのあと奈都の後追っていってたからてっきり会ったかと」
「僕のですか? ……お会いしてないですね」
「いや、それならいいんだ」

 まったく、なにやってんだあいつは。
 そう口の中で舌打ちしながら俺は再び辺りに目を向けた。

 場所は変わらず屋敷外庭。
 南波探しを手伝ってくれるという奈都とともに屋敷の周りをぐるぐる回っているわけだが、全くそれらしき影は見当たらない。
 おまけにいなくなった仲吉がどこにいるかわからない今、やつのことも気にしていた方がいいだろう。
 でも花鶏が任せとけとか言っていたしな。
 ……いや、なんか余計に心配になってきた。

「……」
「……」
「……いませんね」
「あぁ」

 大分時間が経過したのか薄暗くなってきた空。
 遠くからはギィギィとなんとも不気味な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 だからだろうか、これほどまでに空気が重く感じてしまうのは。
 なんとなく沈黙が多くなり、自然と会話も減っていく。このままではよくない。そう思った俺は必死に話題を探る。そして、思いついた。
 せっかくの良い機会だ、思い切って聞いてみようか。

「この前から思ってたんだけどさ、なんでそんなにここから出たいんだ。奈都は」

 過去の話について触れるのはあまり良くないと身を以て知っていた。
 それでも、今この流れだったら話してくれるのではないか。そんな気がしたのだ。
 けれど、奈都はなんでそんなことを聞くのかと驚いたような顔をするのだ。

「準一さんだって、ここから出たいって言ってたじゃないですか」
「まあそうだけどさ、そういうんじゃなくて奈都が出たい理由が気になったんだよ」

 あ、やばい。やっぱりやぶ蛇だったか。 
 語気が強くなる奈都を慌てて宥めれば、奈都は「理由……」と小さく呟く。
 なんとなく、奈都の纏う空気が重たくなるのを肌で感じるようだった。

「あ、答えにくかったら無理して答えなくてもいいからな」

 慌ててフォローすれば、奈都は「いえ、大丈夫です」と小さく呟いた。そして、そのまま俺から視線を逸した奈都は樹海の奥に目を向ける。

「――……会いたい人がいるんです、この外に」
「あ、会いたい人……? ……それって」

 もしかして家族とかだろうか、いやでもそんなまどろっこしい言い方するか?と思った矢先だった。
 少しだけ恥ずかしそうに奈都は目を伏せ、そして微笑んだ。

「――彼女です」

 奈都の唇が小さく動く。
 そして吐き出されたその一言に、脳髄に衝撃が走った。

 奈都に彼女?!
 彼女どころか女友達すらいなかった俺の同類かと思っていた奈都に彼女だと……?!

 確かに言われてみれば生前の奈都がどんな男だったのかは知らないが、基本普通にしてると優しいし顔色も死んでから悪くなった可能性もある。
 けどなんだろうか、この敗北感は。

「そ、そうだったのか……」
「話せなくてもいいからせめて、一目……いえ、安否を知りたくて」

 一人精神的ダメージを負う俺だったが、奈都の口から出た『安否』という言葉に思わず顔を上げた。

「……安否って、まさか」

 そう俯く奈都。
 その横顔を見るとその先を口にすることは出来ず、奈都もまたそれ以上先を口にすることはなかった。
 それもほんの一瞬、顔を上げた奈都の表情は硬かった。

「……とにかく、いつまでもこんなところでのうのうとするわけにはいかないんです。……死にきれません」

 奈都がずっとこの樹海を出ることに拘る理由か。
 何があったのかわからないが、俺が奈都の立場でも確かに残された人間のことは気になるかもしれない。

 なにか力になることは出来ないだろうか。
 事情を知ってしまった今、『それは残念ですね』と聞き流すことは出来ない。
 そううんうんと考えていた俺だったが、ふと閃いた。

「なあ」
「……どうかしたんですか?」
「もしかしたら、どうにかなるかもしんないぞ」

 なにを言い出すんだいきなり。
 そう言いたそうな目でこちらを見る奈都。そんな顔をするのも仕方ない。

「奈都はその、彼女さんの安否が気になるんだろ」
「ええ」
「だったら、調べるのはどうだ」

 そう続ければ、奈都はやはり意味がわからないといったような顔をした。

 奈都がここを出たがる理由は恋人のことが心配だからだという。
 しかし今のままじゃこの樹海からは出ることは出来ないだろうし、奈都は恋人の安否が確認出来ずこの先も悶々とする日々が続くことは間違いないだろう。

 その場合心配だったのは、花鶏から聞いていた自我崩壊という精神の死のことだった。
 一度死にかけたからこそ、そんな目に遭っている奈都を見たくなかった。

 つまり、ただのお節介だ。
 ――それも、かなり個人的な。

 なんて建前をぐだぐだ並べたところで奈都をなんとかしてやりたいというのは本音だった。
 だから俺は、結界の内外を自由に出入りできる仲吉に頼んで奈都の彼女について調べてもらうということを提案する。

 ずっと気になっていた恋人の安否を知ることが出来る。
 その可能性にぱっと表情が明るくなる奈都だったが、やはり仲吉のことが気になるようだ。すぐにいつもの暗い顔になる。

「……でも、仲吉さんに迷惑になりませんかね」
「まあ聞いてくれるかどうかはあいつ次第だからな、とにかく本人に相談してみたらいいだろ」

 そう、あくまでも提案なのだ。
 行動するのは仲吉であり、奈都の心配ごとが解消されるかどうかは仲吉にかかっている。
 しかし俺同様、もしかしたらそれ以上にお節介な仲吉のことだ。俺はやつが奈都の頼み事を快く引き受けてくれると踏んでいた。

 しかし、奈都はそうではない。
 よくも知らない相手に自分の恋人のことを洗いざらい話したり、おまけに奈都の場合なにやら訳有りそうなだけに言いにくいこともあるだろう。

 ……もしかして、余計なお世話だっただろうか。
 もっと喜んでもらえると思っていただけに、俯いたまま押し黙る奈都を見てると不安になってきた。

「あの、奈都……」
「ありがとうございます」

 恐る恐る声を掛けようとしたときだった、顔を上げた奈都はそう、微笑んだ。
 今まで見てきぎこちない笑顔よりもいくらか綻んだ柔らかいその笑みに「わ、笑った……」と驚愕する俺。
 改めてこう真正面からお礼を言われるとなんだか気恥ずかしいものがある。
「困ったときはお互い様なんだろ?」と返せば、奈都は「そうですね」と目を伏せて控え目に笑うのだ。
 そして、奈都は真っ直ぐこちらを見た。

「……準一さんみたいな方がいてよかったです」

 そこまで言われるとは思ってもおらず、最近扱いが酷かったのもあってかなんかもう照れ臭いというか褒められるということに全身が痒くなってきた。なんだこれ。

「取り敢えず……他のやつらも戻ってきてるかもしんねーし応接室に一旦戻ろうぜ」

 そう提案すれば、奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
 心なしか、屋敷へと帰るその足取りは軽かった。
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