亡霊が思うには、

田原摩耶

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世界共有共感願望

【side:仲吉】

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「なあ、お前……っていうのもあれか、名前は?」
「俺?コウキ」
「コウキか、なぁ、コウキ。お前友達何人と来てたんだ?もしかしたらすげー心配してんじゃねえの?」
「どうだろうな、『またか』って感じでもう探されてないかもしれないな。俺結構迷子になりやすいみたいだし」
「そりゃ大変だな。置いて帰られてなきゃいいな」
「だね、まじそれは勘弁だわ。……けどま、お兄さんたちに会えたお陰で怖くねーけど」

 先を歩くコウキと名乗る青年と、仲吉爽を一歩離れた場所から付いていく薄野と西島。
 二人は気が合うのか楽しげに笑っているが、薄野は全く笑えなかった。
 友達と逸れて一人になったというのに、コウキは全く不安を感じさせない。緊張感の欠如。自分の身近にもよく似た人間がいるため、その違和感にはすぐに気付けた。
 ……仲吉と似ているな。
 直感だけだった。よく笑い、よく話す。それ以上に、恐怖心を感じさせない言動がそう思わせるのかもしれない。

 どんどん先へ歩いていく二人を観察していた薄野だったが、不意に、西島が遅れてることに気づく。

「どうした、學」
「……薄野君」

 振り返れば、西島學の顔は酷く白かった。寧ろ、それは青く見える程で。
 慌てて足を止めれば、西島學は「あの人」と小さく口を動かした。

「……あの人、なんか、おかしいよ」

 それは、先頭の二人には聞こえない程の声量だった。
 青褪めた顔でそんなことを言い出す西島に、薄野は、言葉に詰まる。それは、薄々自分も感じていたからだ。

「足音が、聞こえないんだ。前歩いている仲吉君と、薄野君と、それと、僕の分だけしか……」
「……西島」
「このまま、付いていくのはやばいって、絶対……」

 怖がりで、臆病で、普段自分の意見を言うことを避ける西島がこんな風に他人のことを言うのは珍しい。
 それに、『そういうもの』に敏感な西島を知っているだけに余計、それを気のせいだと一蹴することもできなかった。

「……西島……」
「おーい、どうした?足痛むのか?」

 そのときだ。立ち止まっていたこちらに気付いたらしい仲吉が歩み寄ってきた。
 咄嗟に、薄野は首を横に振る。

「いや、大したことじゃない……西島がちょっと躓いたみたいでな」
「足元蔦だらけだからな、俺も、よく躓くし気を付けなよ、お兄さん」

 仲吉の隣、そう言って笑い掛けてくるコウキの笑顔に、背筋に嫌なものが走る。考え過ぎなのだろうか。そもそも何故軽装なのだろうか。それに、まるでこの辺りは何度も来ているような口振り。考えれば考えるほどやつの言動何もかもが引っかかる。
 西島は最早コウキに答えようともしなかった。まるで、少しでも目を合わせたらおしまいだ、というかのような程頑なに目を合わせようとしなかった。それでも、コウキは気にした様子はない。

「あらら、もしかして俺嫌われてる?」
「大丈夫大丈夫、こいつ人見知り激しいだけだから。俺と初めて会ったときもすげー塩対応だったしな」
「それならよかった。……お兄さん、仲間だね」
「やだろ、そんな仲間」
「ハハハハッ!!ま、そうだな!」

「…………」

 すっかり意気投合してる二人に、薄野は気が気ではなかった。そもそも山に来ているというのに、コウキの服は薄着だし、荷物もない。手ぶらでこんな場所にくるか、普通。自分でも、仲吉さえも、最低限明かりになるものや地図は持ってきているというのに。

「……」

 このままではよくない。よくないことになる。そう、生まれてこの方トラブルに巻き込まれては培われてきた危機感が警報を鳴らす。
 どうにかしなければならない。が、西島はこの様子だし、仲吉に至っては違和感すら覚えていないようだ。
 自分がなんとかしなければ、二人を連れて、この場から離れなければ。
 この際、西島には別のハンカチをプレゼントしてやればいいのではないか。

 ……あいつだったら、どうしていたのだろうか。
 いつも、暴走していた仲吉のリードを掴んでいた、あいつなら。
 二人を無理矢理抱えてでも、この場から離れさせていただろう。
 生前、それも数年前の旧友の姿を思い出す。
 仲吉は、あいつがまだ生きていると、幽霊となってこの山の何処かにいると言っていたが、同じ得体の知れないものなら、幽霊になったあいつと再会した方が何倍もマシではないだろうか。
 あいつがいれば……。

「西島、ハンカチは、大切なものなのか?」
「……兄に、大学入学祝いにプレゼントにもらったんだ……」
「……」

 大切なものだ。言わなくても、分かった。だってそうだ、怖がりな西島がわざわざここへと戻ってくるまで取り戻したかったものなのだから。
 ……手ぶらで帰るわけにはいかない。ならば、残された選択肢は。

「なあ、……道って本当にこっちで合ってたか?」

 思い切って、俺は、会話に割いるように仲吉に声を掛けた。
 二人は同時にこちらを振り返る。

「昨日はこんな険しい道通らなかった気がするんだけど。……もっと拓けた道にあった岩じゃなかったか?」

 適当だった。昨夜あんなに暗い森の中、どこを通ったのかなんて覚えていないし見えてもいない。
 けれど、このまま主導権を二人に、コウキに渡しておくのはまずいと思った。

「道って……お前ら、屋敷に行きたいんじゃないのか?」
「……違う。俺たちは、忘れ物を取りに来ただけなんだ」
「忘れ物?」

 迷う。まさかコウキがここまで食いついてくるとは思わなかったから余計。けれど、表情に仕草、どう見ても人間のそれだ。惑わされてはいけない、自分を叱咤しながらも薄野は「そうだよ」と頷き返す。

「ハンカチを落としたんだ、大きな、座れそうなくらい大きな岩の側だと思うんだけど」

 ちょっとした賭けだった。話の流れを変えたくて、岩のことをコウキに話すことにした。
 すると、コウキは何かを思い出したように手を叩いた。

「岩って、あれか?四人くらいは座れそうなくらい、大きなやつ?」
「……ああ、多分ソレだ」
「それなら、知ってるよ俺」
「本当か?」

 驚いたのは仲吉だ。そんな仲吉に向かって、どこか誇らしげにコウキは笑ってみせた。

「ついさっき、ぐるぐる歩いてたときに見かけたしな。……確か、こっちだよ、ついてこいよ」

 本当なのだろうか。疑うが、コウキは嘘をついているように見えない。
 ただならぬ怪しさにも関わらず、この男は子供のように純粋な目でこちらを見てくるのだ。だからこそ、余計読めない。
 薄野は、コウキに答えるよりも先に西島の反応を伺った。
 大丈夫そうか、という確認だったが、気付いた西島は頷き返す。
 ……なんだかんだ言って、西島自身ハンカチを取り戻したい気持ちに偽りはないということか。騙されそうになったのなら、すぐにこいつら連れて逃げ出せばいい。

 そんなことを考えながらも、薄野はコウキの案内するがまま後をついていくことにした。

 コウキの足取りに迷いはなかった。
 辺りを見渡せば草木しか見えないというこの状況にも関わらず、コウキは昨夜確かに自分たちが休憩した場所へと連れてきたのだ。

「おー、すげー!ここだよ、だよな、容!」
「……あ、あぁ……ここだ……」

 あの時は夜だったこともあったが、目の前に鎮座した岩は間違いない。
 動けないでいる西島の代わり、仲吉は岩の辺りを探す。そしてすぐ。

「あ、もしかしてこれじゃないか?」

 そういって、仲吉が拾い上げたそれは濃紺地の、金の刺繍が入ったハンカチだ。
 西島は、そのハンカチを見るなり「あっ」と目を大きくした。

「そ、それだよ……僕のハンカチ……!」
「良かったな、見つかって!な、ガク君?」
「……」

 無邪気に喜ぶコウキ。……薄気味悪い男だと思っていたが、本当に騙すつもりはなかったのか。安堵する西島を傍目に、思案する。本当はいいやつなのか?ただ、迷子になっただけなのか?

「……なあ、コウキ、お前、よく分かったなここだって。……俺たちなんか、この前来たばかりなのに道に迷ってなかなか辿り着けなかったってのに」
「それは、単純にアンタたちが方向音痴なだけじゃないのか?特徴のあるものを見つけて、道順を頭に叩き込む。そうすりゃ、分かりやすいだろ。それに、こんな馬鹿みたいにでかい目印もあるんだしさ」
「へえ、すげーな。俺も今度からそうしようかな」
「そうだな。お前そろそろ一人で歩けるようにしねーと、過保護なあいつが心配するんじゃないか?」

 仲吉に笑いかけるコウキ。その一言に仲吉も、動きを止める。明らかな違和感。それに、仲吉も気付いたようだ。

「……なんだよ、あいつって」

 心臓が、早鐘を打つ。仲吉の表情からは笑みが消えていた。
 仲吉とコウキが意気投合しているのはまだ百歩譲っていい。けれど、間違いなくコウキと仲吉は初対面だ。それなのに、目の前のコウキと名乗る青年は仲吉のことをずっと前から知ってるようなそんな口振りで話すのだ。
 夏、炎天下にも関わらず四人、否三人の間を流れる風は氷のように冷たかった。
 コウキは、慌てるわけでもなく、取り繕うわけでもなく、ただ笑みを浮かべてそこに存在している。
 沈黙。ザラザラと風に吹かれた葉同士がぶつかり合っては影が揺れた。
 薄野は気づく。コウキは自分たちを観てはいないことを。
 自分たちよりも後方、何もない空間を見詰めては歪に唇の端を釣り上げた。

「……ほら、お出ましだ」

 そう、コウキが口にした瞬間だ。強い風が後方から吹き抜ける。生ぬるい、肌に張り付くようなべったりとした風。
 先程まで乾いた天気だったにも関わらず、強まる風に空は次第に灰色に濁り始める。

 なにが、と、尋ねようとコウキの方を向いた薄野は、そこで静止した。先程までそこにコウキがいたはずの場所には何もなく、ただ、大きな岩だけが転がっていたのだ。
 咄嗟に辺りを見渡す。けれど、今の一瞬で隠れることのできるような場所に、コウキの姿はない。

「っ、まじ、かよ……」
「……薄野君、仲吉君……今のって……」
「……………………」

 西島と薄野は顔を見合わせる。仲吉は、妙な顔をしてコウキが立ち去った場所を見つめていた。

「……幸喜」

 そう、音をなぞるように口にする仲吉。
 瞬きをした、一瞬の出来事。まるで嵐でも去ったかのように、三人の間には腑に落ちない、そんな違和感にも似た居心地悪さだけが残った。
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