亡霊が思うには、

田原摩耶

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世界共有共感願望

07

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 そして、どれくらい時間が経過したのだろう。
 幸喜がやってきて、気分を悪くした奈都が部屋を出ていって、暫く花鶏が幸喜に説教していると藤也がやってきて藤也と幸喜はまたドタバタと館内を走り回り出す。
 花鶏と二人きりになることは避けたくて俺は自室へと戻ろうとした。

 翌朝。
 既に雨の音はなく、眩しいほどの朝日が窓の外から差し込み始めた頃。

「準一さん」

 と、花鶏に呼び止められる。

「……なんすか?」
「人の気配がします」
「へ?」
「人数は四人でしょうか。恐らく仲吉さんとそのご友人方ではございませんか?」

 突然何を言い出すのかと思えば、そんなことを告げられるなんて思ってもいなくて、また花鶏のたちの悪い冗談だろうと思いたかったがそう言われると気にならずにはいられなくて。

「ちょっと……何言ってるんですか。……分かるんですか?」
「ええ、私には千里眼がありますからね」
「……」
「ふふ、ちょっとした愛らしい冗談じゃありませんか。……ここに長いこといると分かるようになるんですよ、ちょっとした風の音や動物の動きで異変が」
「それも愛らしい冗談ですか?」
「随分と手厳しいですね。貴方が何と言えば納得できるか分かりませんが、つまりはこういうことです」

 不意にコンコンと壁を叩く花鶏。
 どういうつもりかと目を向けれた俺はギョッとする。
 薄汚れた塗り壁に、先程まではなかった異物が現れたのだ。
 長い睫毛に切れ長のそれは花鶏の顔についている双眼と同じをしていた。
 目だ、人の目が、壁に生えていた。

「な……なんすか、これ……」
「念のため、あの崖の傍をこうやって見張っていたのですよ。貴方にはこんなこと出来ないでしょうから」
「……」

 気持ち悪い、という言葉だけでは言い表せれない光景に俺は最早言葉を失った。
 と、同時に『ああなるほど』と納得し掛ける自分もいるものだからどうしようもない。
 けれど。目が合うなり、壁の瞳がにっこり笑うのがただただ気味悪くて、俺はさっと目を逸らす。

「じゃあ、本当なんすね。あいつらが来てるかもってのは」
「おや?信じてくれるんですね」
「貴方がそう言ったんじゃないんですか。嘘ですか」
「いえ、本当ですよ。こんな無益な嘘をついてどうするのですか」

 笑う花鶏。その笑顔はやはり胡散臭く正直信用したくない気持ちもあったが嘘なら嘘でいい。本当がどうか調べればいいのだから。

「ありがとうございます、花鶏さん」

 俺は応接室を飛び出し、いつも仲吉が通ってくるあの崖へ向かう。
 面倒なことが更に面倒になる、その前に。



 結論から言えば、花鶏は嘘をついていなかった。
 晴れ渡る空の下、崖の下で見慣れた後ろ姿を見つける。思わず飛び出しそうになったが、仲吉の隣に他の人影を見つけ、それを留まった。
 取り敢えず、近くの木陰に身を潜め、俺は様子を伺った。
 薄野と……誰だろうか、見たことのない小柄な青年がその後ろにいる。他には人影はない。
 どうやら三人だけのようだが……。

「それにしても、やっぱり雨降った後の山はいいよな。マイナスイオン感じて」
「馬鹿、もしこれで霧とか出てたらまじで危ないんだからな。……おい、西島も転ぶなよ」
「うん、気を付ける……」

 どうやら見慣れない青年は西島と言うらしい。
 仲吉の友達にしては大分タイプが違うが、もしかしたらやつが所属しているオカルトサークルという珍妙なサークルのメンバーなのだろうか。

「それにしても、どこで落としてきたんだろうな」
「學、心当たりとかねーの?」
「ううん……そうだね、前来た時は暗かったから自信はないんだけど……確か、ほら、薄野君に血が付いてて休憩した時……大きな石のところで休んだよね。そこで一回鞄を置いて……もし落としたらそこだと思うんだけど……」
「ああ、あそこなら俺も覚えてる。……けど、道順は自信ねえな……」
「大丈夫大丈夫、俺に任せとけって」
「そういや仲吉、お前ここにちょくちょく来てるんだってな。わかるか?」
「わかんねーけど、館に向かって歩いてりゃ着くだろ?」
「……そうだよな、お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」

 会話の内容からするに、西島とかいうやつが何か落し物をしたようだ。
 何を落としたのかは流石に分からない。
 大きな石か……そんなものゴロゴロしてるこの山の中、俺にも見当は付かない。
 が、だからといってこの訪問者たちを野放しにするのも心配だ。
 俺は歩き出す三人を後からこっそりと着けることにした。

「思ったよりも、綺麗だよね」

 不意に、西島が二人に声を掛ける。
「雑草とか、人の手が入ってないわりに綺麗に抜かれてる」と続ける西島の言葉に俺は内心ギクリとした。
 確かに、毎日やることがないと花鶏が屋敷の周囲だけでは止まらずに徐々に草抜きの範囲を広げているのは知っていたが……なかなか鋭い。

「言われてみれば……他の廃墟とか本当進めないくらい生えてるところとかあるもんな。それに比べりゃ……」
「そりゃあ、毎日抜いてるからだろ。言っただろ?花鶏さんって人が綺麗好きでさ、屋敷の周りにも花とかすげー埋めてたんだぜ」

 あのバカ仲吉は何を言ってるんだ。
 余計なことを言うんじゃねえまた頭おかしい奴と思われるぞと念を送るが、虚しいことに届かない。
 楽しそうに続ける仲吉に薄野はやれやれと言わんばかりに笑う。

「とは言われてもなぁ……でもま、少なくとも誰かが手入れしているっていう信憑性は高いよな」
「まーた信じてねーだろお前!」
「信じたいけどさ、実際自分の目で見ないとわかんねーじゃん?」
「……確かに」

 そこは素直に納得するのかよ。
 他愛ない会話しながらもズンズンと進む三人に思わずツッコミそうになったときだった。

「それなら、ご期待遠り見せてやったらよくね?本物をさ」

 すぐ背後。聞こえてきたその声に驚き、振り返ればそこには個人的には会いたくないやつがいた。

「幸喜……っ!」
「準一、大好きな仲吉がいんのになんで隠れてんの?準一が行かないなら俺行こうかな」
「やめろ、馬鹿っ!」

 言うなり、身を乗り出す幸喜を慌てて引き止めれば、やつは満足そうに笑った。それも、気持ち悪いくらいの笑顔で。

「……もしかして準一……ビビってんの?」
「ビビるとかそうじゃなくてっ、やめろっつってんの!わかんねーのかよお前」
「見えるかどうかもわかんねーんだからそんなにプルプル震えなくてもいいじゃん?それに、こんなコソコソするなんてストーカーみたいでカッコ悪いし?」
「いいから、お前は大人しくしてろ!あいつらは、その……俺の知り合いだから……」
「なら余計挨拶しなきゃだねー。仲吉にもちゃんと離せなかったし!」

 くそ、余計なことを言ったか。
 再び飛び出そうとする幸喜のパーカーのフードを引っ張り、なんとか俺は止めるが……こいつ、鉛のように重い、というか力が強いのか。

「もー!準一動けないだろそれじゃあ!」
「動けないようにしてんだよ!頼むから、あいつらには関わらないでくれよ!」

 義人の一件以来、少し、ほんの少しだけこいつの見る目が変わったのも事実だ。
 けれど、平気で人の腹を裂くようなやつだ、仲吉たちに近づけたら何をしでかすか分からない。
 正直、幸喜に比べて力も弱い。こいつが本気を出したら止めることも出来ないだろう。それが何よりも不安だった。
 認めたくないが、認めざるを得ない。

 俺の態度から必死さを汲み取ったのか分からない。
 しかし、神妙な顔をした幸喜はこちらをじっと見つめ……やがて口を開いた。

「やーだねっ」

 途端、掴んでいたはずの幸喜の腕の感触がなくなり、次の瞬間、そこにいたはずの幸喜の姿だけが消える。
 残されたパーカーはそのまま俺の手から地面へと落ちた。
 嘘だろ、と慌てて辺りに目を向けた時には……もう遅かった。

「うわっ!!」

 遠くから聞こえてきたのは聞き慣れた幸喜の声。
 慌ててそちらに目を向ければ、仲吉たちの向かい側、木陰から飛び出した幸喜はなんとわざとらしく驚いたような演技をする。

「う、嘘……びっくりした~、こんなところで人に会うなんて」

 寧ろびっくりしたのはこっちの方だ。どういうつもりだと飛び出そうとすれば、足元に伸びてきた何かに思いっきり足首を掴まれる。骨ばった青白い手……幸喜の手だ。邪魔をするなと指先が足の腱を這う。言われなくても見動きが取れない。

「お兄さんたちもあれ?噂のお化け屋敷を見に来たわけ?」
「……って、ことは、君も?」

 いきなりの赤の他人との遭遇に驚いていた三人だが、幽霊らしからぬフレンドリーさのお陰か薄野が幸喜のフリにハマったようだ。
 ちょっと、待て。まじでこれはまずいんじゃないか。
 なんとしてでも幸喜を止めなければと思うのに、本来ならばありえない空間から幸喜の手が伸びてきて、口を塞がれる。
 油断すれば背後の林に連れ込まれそうで、その場に留まることで精一杯だった。

「よかった、俺、友達と肝試しに来てたんだけど迷子になっちゃって……どうしようかと思ったんだ。お兄さんたちに会えてラッキーだなぁ!」
「迷子?大丈夫なのか?その友達とかって」
「大丈夫大丈夫って言いたいところなんだけど、ちょっと心細いからお兄さんたちと一緒にいていいかな?あ、友達とは逸れたら別のところで落ち合う約束してったから気にしないでいいから!ね、いいだろ?」
「そうだな……おい、どうする仲吉、西島」
「別に俺は構わねーけど」
「……」

 薄野の問い掛けに、疑いもせずに笑顔で受け入れる仲吉とは対照的に西島の顔色は優れない。
 無言で幸喜を視ていた西島だったが、幸喜もそんなよそよそしい西島の態度に気付いたようだ。

「いいだろ?」

 そう、西島に手を差し伸べる幸喜は目を細め、猫のように笑った。目が笑っていない。
 迷った末、その手をそっと握り返した西島だったが、幸喜と手が触れ合った瞬間、俯きがちなその目が大きく見開かれる。

「っ、……!!」
「せっかくなんだから仲良くしようぜ」

 西島から手を離した幸喜は、西島に何かを囁き、そして手を離す。
 何を言ったのだろうかと見ていたが、俺は幸喜に掴まれていた西島の手を見て、血の気が引いた。
 握られたそと手の跡を型付けたかのようにくっきりと、西島の手には青あざが浮かんでいた。
 それを見た西島が慌てて手をポケットに突っ込んだお陰で二人はただの友好の握手としか感じなかったようだが、西島は違うはずだ。

 幸喜のやつ、手を出すなと言ったのに。

 楽しそうに人間に混ざる幸喜を睨んでいると、こちら見た幸喜と目があう。
 そして、俺を拘束していた幸喜の手が頬を触れ、唇に触れた。見計らったように小さく舌を出した幸喜に、俺は怒りやらなんならで正直どうにかなりそうだった。
 こんなに近くにいるのに手も足も出ないのだ。悔しい以外の何者でもない。

 せめて、仲吉が違和感を感じてくれればと思ったが、恐らく幸喜のことだ。姿形も変えて接してるのだろう。俺から見ればいつもの幸喜だが、当たり前のように受け入れる仲吉にただ焦りしか覚えなくて。
 思いっきり、幸喜の指に噛み付き、歯を立てる。本物によく似た嫌な皮膚の感触。それを無視して、口の中のそれごと噛みちぎった。
 瞬間、全身の拘束は一斉に外れ、俺は投げ出される。

「っ、げほッ……クソ……ッ」

 幻だと分かっていても、骨が歯に当たる感触はいいものではない。口を拭い、辺りを見渡す。幸喜たちの姿はもう見えなくなっていた。
 どこに行ったんだ、あの馬鹿。
 そう遠くは行っていないはずだ。俺はすぐに辺りを探索する。

 どれほど歩いただろうか。すぐさっきまでいたはずのやつらの姿は見当たらない。
 木陰や、戻って別の場所を探してみるも、声すら聞こえない。樹海の中、少しでも目を離してしまったことを後悔する。
 幸喜が何かしたせいか、それともただ単純に俺が見当違いの場所を歩いているだけなのかわからないが、このままウロウロしていたところで余計仲吉たちを見つけられなく鳴る。そう判断した俺は、一か八か、屋敷に戻ることにした。
 もしかしたら、幸喜が屋敷に誘導してる可能性もある。そうじゃなくても、仲吉は屋敷に向かうと思ったからだ。




 屋敷に戻れば、玄関ホールに藤也がいた。

「なあ、おい藤也、幸喜……どこにいるか分かるか」
「見てない」
「……そうか……」
「……なんで探してんの?」
「あいつ、人間のふりして仲吉たちに近付いて、そのまま一緒にどっか行ったんだよ……なら、ここにも戻ってきてないのか……」
「へぇ……」
「もし見かけたら、あいつ、引き止めていてくれないか、頼む」
「面倒臭い」

 そう、ぶっきらぼうに答える藤也。
 包み隠さないやつとは思っていたけど、ここまでとは。
 いちいち言い返す気にもなれず、「そうかよ」とだけ返してそのまま再び幸喜を探しに行こうとしたとき、腕をぐっと掴まれる。

「なんだよ……」
「あいつの居場所、探してるんだろ」
「……ああ」
「居場所は知らないけど、想像つく」
「本当か?」
「外のやつ捕まえたら連れて行く場所の心当たりだから、いるかは知らない。……それでもいいんなら、勝手に着いてこれば」

 それだけ言って、藤也はさっさと歩き出す。
 どこにいるか分からない今、いちいちわがままなんか言ってられない。俺は藤也の後を追って、屋敷を後にする。
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