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しおりを挟む――森の入り口付近、崖下。
すぐにその姿を見つけることに成功する。危なっかしい足取りで崖下へと滑り落ちてきたのは、間違いない、仲吉だ。
「仲吉!」
そう、声をかけたとき。服についた泥を払っていた仲吉ははっとこちらを見上げた。そして、俺の姿を見つけると嬉しそうに破顔した。
「準一!っ、お前やっぱいたのか!……って、本物、だよな?俺の幻覚とかじゃないよな?」
「ああ、残念ながら本物だよ」
「……よかった、もう会えねえのかと思った」
「大袈裟なんだよ。……つーか、寧ろ会える方がおかしいんだからな」
駆け寄ってくる仲吉は「わかってるよ」と笑うのだ。安心したような笑顔だ。
久し振りに会ったからか、仲吉の顔を見てほっとする自分がいた。ここ最近非日常――いや、死んでから非日常が続いているようなものだが、ともかくまあバタバタしていたからか、余計、見慣れたこいつの顔を見るというだけでも現実に帰ってこれたのだと安心した。
「それより、どこ行ってたんだよ。花鶏さんも奈都もわからないの一点張りだし、心配したんだからな、俺」
花鶏も言っていたが、この様子からすると本当に心配してたらしい。確かに花鶏たちには何を告げることもなく入り込んでしまったわけだし、他の住人たちからしても急に俺と南波の姿が消えたということになるわけだから。
「それは、色々あったんだよ。こっちも」
「色々ってなんだよ」
「色々は色々だ。……あんま詳しいことは話せねえけど
「なんだよそれ。こっちは心配で心配で夜も寝れなかってのに」
「プライベートなことだからだよ。前に、お前の夢の中で会っただろ。あれと同じようなことが起きたんだよ」
それに、あれは南波自身に関わるデリケートな問題だ。いくら何も知らない仲吉だとはいえ、あの世界で見てきたもの、起きたことをべらべらと話す気にはなれなかった。それは、仲吉だけではなく他の連中も同じだ。墓に持っていくつもりだ。……いや、もう墓もクソもないのか。
けれど、しつこい仲吉がそんな返答で満足できるとは思っていなかった。
「ふーん。俺以外のやつと?できんの?」
「まあな」
「なんだよ、それ。……教えてくれたってのにいいのにさ、俺だってそんなに口軽くねえのに」
……出た、拗ねやがった。仲吉の悪いところだ。自分の思い通りにならないとすぐに臍を曲げやがる。いつもの流れならここで数日は引き摺るのだが、仲吉はどういうつもりか「まあいいよ」とあっさりと引き下がるのだ。
「それより、そうだよ。なあ、貸してたカメラ。写真溜まったか?バッテリー切れてるだろうって思って予備バッテリー持ってきたんだけど見せろよ」
「……あ」
「その間、なんだよ。もしかして忘れてたのか?」
……正直完全に失念していた。
確かに元はといえばあのカメラが妙なものを写したのが全ての元凶、いやきっかけでもあったのだ。……けど、確かあれ藤也に貸して……花鶏さんに渡したんだっけか?やばい、覚えてない。
俺の手元にないことは間違いないが。
「忘れてるわけじゃないんだけど、その……今手元にない」
「は?まさか壊したのか?」
「……ってわけじゃないんだと思うけど……あー、その、他のやつに渡してて」
「他のやつ?」
「ああ。……取り戻してくるか?」
「別に取り返さなくてもいいけど、バッテリーは交換しといた方がいいだろ?つか写真気になるから見たいんだけど、そいつって俺の知ってるやつ?」
「多分。けど、向こうは知ってる」
藤也の顔を思い浮かべる。
……確かにまだ藤也とちゃんと会ってなかったな。
あまり亡霊たちを仲吉に近付けたくないというのが本音だったが、藤也なら、という気持ちもあった。というか、この場合あいつの方が嫌がりそうだけども。バッテリーのこともある、一回会いに行ってみるのもいいかもしれない。
「……来るか?会ってくれるかどうかはわかんねえけど」
「勿論、つうか連れてかないつもりだったのかよ」
「当たり前だろ。カメラ手に入れたらちゃんと帰れよ。午後からは天気が崩れるらしいからな」
「はいはい、わかってるよ」
本当かよこいつ……とじとりと睨みつつ、俺は呑気な仲吉を連れて屋敷へと戻ることにする。
道中、仲吉とは他愛ない話をしていた。
ここ最近はずっと旅館の部屋を借りていること、それから薄野たちがまた来るかもしれないということ。
「絶対駄目だ、連れてくんなよ」
「なんでだよ、一人より大勢のが楽しいだろ」
「お前な、なんにも学習しないな。もし何かがあってからじゃ遅いんだからな」
「けど、ここにいる連中皆準一の知り合いみたいなもんなんだろ?なら安心だろ」
……そして、またこの流れだ。何遍言ってもこの男には馬の耳に念仏同然だ。そしていくら俺が口煩く言ったってこいつは言うことを聞かないのだ。
「お前と話してると頭が痛くなるんだよ」
「なんだよ、人を馬鹿みたいに言いやがって。そもそも俺もあいつらもいい年なんだし、自分の身くらい自分で守れる」
「それで、俺は死んだんだよ。あの崖から真っ逆さまで」
死にやしねえよ、と最後までこいつは笑っていた。そのとき喧嘩別れのような形になってしまっていたことを思い出す。口にして、ああ、と思った。これは言うべきではなかったかもしれない。仲吉の横顔が強張るのが見えて、余計。
「……っ、それは……」
「とにかく、俺はお前に俺みたいになってほしくないから言ってるんだよ。……分かるだろ」
「……分かんねえよ」
は?と顔を上げた時、隣を歩いていた仲吉が急に立ち止まった。高い位置に上がっていた太陽が陰り始める。足元に落ちていた木陰が重なり、生温い風が俺達の間を通り過ぎていった。
「なあ、準一。お前は俺がこうして会いに来るの、本気で迷惑だって思ってんのか?」
「……なんだよ、急に。そんなの」
「答えろよ」
決まってるだろ、と口を開こうとすれば、強い口調で促され思わずむっとする。
そんなの、決まってる。本気で迷惑なわけがない。俺はただ、心配なだけだ。けれど、こいつが会いに来てくれるのを喜んだらいけないのだ、俺が。こいつのためを思うなら突き放さなければならないのだ。
「迷惑に決まってんだろ。……俺は、ずっと言ってきたはずだ。それなのに、人の話を全く聞かないからな、お前は」
静まり返った森の中に響く自分の声はやけに冷たく響いた。口にしながら、胸が痛んだ。けれど心を鬼にする。
ここまで言ってもこいつはわからないのだ。どうせケロッとして「ああそうだな、じゃあ今日もよろしくな」って俺の肩を叩いて笑うだろう。そう思いながら、顔をあげたとき。
「――……そうかよ」
仲吉は、ただそう一言ぽつりと吐き出す。
ぽたり、と灰色の分厚い雲が浮かんだ空から雫が落ちてきた。しまった、雨だ。間に合わなかったのだ、俺は。
「ほら、いいからさっさと行ってさっさと帰れよ。…………仲吉?」
ぽたぽたと雨の粒が大きくなっていく中、うんともすんとも言わずその場から動こうとしない仲吉が気になって振り返ったとき。
「……俺、やっぱ帰るわ」
「え?」
「……カメラも、やるよ。好きにしたらいい。これ、予備バッテリー。充電されてないから、これがラストな」
「あ、……おいっ!」
俺にカメラのバッテリーを投げ渡してきた仲吉はそのまま来た道を戻っていく。
なんだ、あいつは。どういうつもりだ。
意地でもついていく、ならまだわかる。けど、と手元のバッテリーに目を向けた。
仲吉の背中はどんどん小さくなっていく。降り注ぐ雨粒はあっという間に地面を濡らした。
「……なんだよ、あいつ」
本気で怒ったのか?……今ので?
こんなやりとり、別に初めてなわけでもない。いつもの押し問答だというのに急に豹変した仲吉がただただ理解できなかった。
それ以上に、仲吉が俺の言う通り帰るということを素直に喜べない自分にだ。
「どうしろっていうんだよ、これ……」
手渡されたバッテリーをポケットに突っ込み、溜息を吐いた。非常に癪ではあるが、雨の日の山は危険しかない。そんな場所をあいつ一人で歩かせるのは危険だ。俺は仲吉の後を追いかけようとしたが、既にそこには仲吉の姿はなかった。
そして、やつの車がある崖周辺を待ち伏せしていたが仲吉が戻ってくる気配もなかった。
雨脚はどんどん強まり、数メートル先すら雨にかき消されて何も見えない中、俺は仲吉を待っていた。
けれど、待てども待てども仲吉は戻ってこなかった。
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