亡霊が思うには、

田原摩耶

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 花鶏から解放されたあと、意識を丸ごと放り投げだされたかのような感覚とともに俺は目を覚ました。視界いっぱいに広がるのは空を覆い隠すように連なった木々。
 それから――。

「あ、起きた」

 にゅっと視界の端から顔を覗かせた幸喜に一瞬驚きにあまり思考停止しそうになったが、すぐに自分たちが置かれた状況のことを思い出した。
 そうだ、俺、こいつと行動してんだった。
 辺りは先ほどと変わらず樹海が広がっており、どうやら俺はその地面の上に転がされていたらしい。気怠い体を起こせば、なあなあと幸喜が群がってくる。
「どうだった? りんたろーは元気だった?」と興味津々になってこちらを覗き込んでくる幸喜。その近さにうっとなりつつ、俺は言葉を探した。
 が、言葉の選びようがない。

「……凛太郎とは会えなかった」
「会えなかった?」
「――代わりに、花鶏さんが出てきた」

 そうとしか言えない。
 そんな俺の言葉に驚くわけでもなく、「ふーん、良かったじゃん」と相変わらず他人事のように応える幸喜に「お前な」と思わず突っ込みそうになる。……いや、待て。確かに手間が省けたという分にはラッキーだったのだろうか。

「で、花鶏さんはなんて?」
「なんか、……よくわからなかった」
「まああの人がよくわかんねーのはいつものことだしな」
「……幸喜、お前は……」
「ん?」
「…………いや、」

 寧ろ、一緒にいたのが幸喜で良かったのかもしれないとすら考え始めている自分に苦笑してしまう。
 俺に足りないのは楽観的思考、まあ早い話ポジティブさだ。ようやく亡霊という体にも慣れてきたというところ、ここにきて色々おかしな目に遭って不安定になっていた俺にとって幸喜の言葉に肩から力が抜けそうになる。

「花鶏さん自身、この樹海で何が起きてるかわかんねえってさ。……多分、屋敷の方がなにか関係してるのかもな」
「だから地上もめちゃくちゃになってきてるってわけだ。丁度飽きてきてたから丁度いいじゃん、スリルがあってさ」
「一応お前も死にかけてんだけどな」
「そんときはそんときだろ、現に俺は残ってんだし」
「……」

 こういうやつが長生き(死んでるけど)するんだろうなと思いながら、先程のやり取りで花鶏が気になることを言っていたのを思い出す。
 俺が花鶏を助ける理由がどうたらこうたら、とあの人は言っていた。

「……そういえば、俺が花鶏さんのところに言ってた間、なにか変わったことはなかったか?」
「変わったこと? ああ、そういやさっきの化け物が来てたな」
「……えっ? こ、この辺にか?」

 大丈夫なのかそれ。というかそういうことは先に言ってくれ。とか、あとせめて場所をもっと木陰とか身を隠せる場所に移動するとかしてくれ。だとか、つられて辺りを見渡しだが、今のところはその影は見当たらない。一先ずほっとする。

「大丈夫大丈夫。どっか飛んで行ったから」
「ああ、そうか……。って、待てよ、飛んで行ったって……」

 先程の花鶏の言葉からしてみれば、あの化け物も花鶏の精神が作り出したものの一部ということになる。だとすればだ、あの化け物たちが彷徨うのは俺達の生気を匂いにしてるというわけで――。

「……っ、幸喜、その飛んで行った先ってわかるか?」
「えー? 急に言われてもなあ、どうだっけ?」
「思い出せよ、もしかしたら――」

 もしかしたら、この樹海のどこかに俺達よりも生気のある誰かがいるかもしれない。
 そう幸喜を問い詰めようとしたときだった。

 どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。
 聞き慣れた南波の悲鳴とは違う、――男の悲鳴だ。何故、誰だ。とか考えるよりも先に体が動いていた。声のする方向へと向かって駆け出せば、そのままずしりと背中になにかがのしかかってきた。

「なーなー、どこいくの?」
「なっ、おい……っ! 自分で走れよ!」
「俺もついてくっ」
「だったら、自分の脚で……くそ!」

 こんなやり取りして無駄に体力削っている場合ではない。諦めた俺はおんぶされたがる幸喜を背中に乗せたまま悲鳴のする方へと向かった。



 昼なのか朝なのか分からない樹海の奥、俺はすぐに悲鳴の主を見つけることになった。

「あ、れは……」

 くっきりと色濃く浮かんだ影。そして、その人物は坂から足を滑らせたようだ。幸い背負っていたリュックがクッションになったらしい。落ち葉のマットの上、呻いてるそいつを見て俺は目を疑った。

 名前は忘れたが、あの顔には見覚えがあった。
 確か、最初に仲吉が連れてきた集団の中にいた内の一人だ。
 もしかして化け物に襲われたのだろうかと危惧したが、見たところ一人のようだ。足を滑らせただけならばよかった、と安心したのもつかの間か。坂の上、落ちた青年を覗き込むように巨大な影が動くのを見て血の気が引いた。

「危ない……っ!」
「え」

 隠れなきゃ、だとか行ってる場合ではない。そいつの腕を掴み、立ち上がらせる。何事かとぎょっとしたその青年を引っ張り、その場から駆け出した。

「あ、あの……っ! 貴方は……」
「説明は後からするから……取り敢えず、逃げるぞ!」

「頑張れ頑張れ」と背中に乗ったままエールを送ってくる幸喜を無視し、俺は青年の手を掴んだままその場を離れることにした。
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