亡霊が思うには、

田原摩耶

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 どれくらい走っただろうか、ここまでくれば多少は……大丈夫だろうか。
 息を整えながらも周辺を見渡す。
 そもそももうこの樹海自体安全な場所ではない、化け物がいなくなっただけでもよしとしよう。
 そう俺は青年を見た。
 ぜえぜえと息を切らし、汗だくになっていたその青年は「はは」と笑う。

「……なに、笑ってんだよ」
「貴方、準一さん、ですよね。爽先輩のお友達の」
「お前は……」
「あ、僕は紀野きの佑太です。先輩にはよくお世話になってます」

 どうも~と呑気に頭を下げてくるそいつにただ驚いた。
 無論俺を認識してることも、それでいて当たり前のよう俺を受け入れてること――そしてこの緊張感のなさ。
 仲吉の後輩らしいな、と思いながらもあまりの毒気のなさに「ああ」と釣られる。

「あ、あのさ……ちょっと、色々聞きたいことはあんだけど……俺達のこと見えてるのか?」
「ええ、まあ。はっきりと……確かによく見たら青白くはありますけど」
「こいつは?」

 そう背負ってた幸喜を指差せば、そのまま噛みついてくる幸喜。やつを背中から慌てて引きずり下ろしていると、「こいつ?」と佑太は小首を傾げた。

「もう一人どなたかいらっしゃるんですかぁ?」
「いる。けど、見えねえならいいや」

「なーんだ、つまんねえの」とそのまま佑太の周りをちょろちょろする幸喜を慌てて捕まえる。今は本調子ではないとは言え危険なやつには違いない、気軽に近づけるべきではないだろう。

「お前、なんでここにいるんだ? 仲吉は……」
「あー……はは、やっぱそれ気になりますよねえ」
「え?」
「僕、個人的にちょっと調べたいことあって……けど、皆に止められたんですよねえ。あ、因みに皆とは今旅行で来てたんですけど」
「旅行……」
「本当は一泊二日だったんですけど、ちょっと爽先輩体調壊しちゃって……」
「――は?」
「それで、熱が収まるまでもう少し休ませてもらおうかってなって。んで、その間暇だから僕はこっちに来たんです。あ、因みに僕は単独です」

 悪びれもせず、ペラペラと聞かれてもないことまで口にする佑太。
 仲吉の体調不良のことを聞いた瞬間全ての音が一瞬遠くなり、その後のことは頭に入ってこなかった。

「……っ、体調不良って……大丈夫、なのか」
「はは、幽霊のくせに心配するんですね」

 一瞬馬鹿にされたのかと思って思わず睨めば、佑太は両手を上げた。「ああ、ごめんなさい。いい意味で、ってことです」とへらりと笑う。

「先輩の言った通りだ。全部あの人の妄言だと思ってたんですけど……いや、もしかしたら僕の脳が夢でも見てる可能性もあるのかな。それか僕の死期が近付いて魂のフォルムが死者に近付いているか、僕も先輩みたいに霊格が上がってきたのかな?」

 後半は最早独り言のようにぶつぶつと何かを呟きながら手を撫でる佑太に俺は気圧される。仲吉の仲間ならばまともなやつではないと思っていたが、なんか危ねえやつだな。

「お、おい……」
「そういえばさっきの大きな化け物、あれも準一さんたちの仲間ですか?」
「違う、俺達にもよくわからない。けど、多分お前は狙われてる」
「なぜ?」
「生きてるからだ。あれは、生気を集めるための道具みたいなものらしいから」
「あれに襲われたら僕、死んじゃうんですかね?」
「あ、当たり前だ! だから、悪いこと言わねえからさっさと仲吉たちんところに戻れ。道分かんねえなら俺たちも手伝うから」

 そう佑太を説得するが、佑太の反応はまるで手応えがない。んー、と唇を尖らせる佑太はこちらを見ていない。

「あの、準一さん」
「……なんだよ」
「僕、調べ物があってここに来たんです」
「だから、何だよそれ」
「爽先輩の体調悪いのって、もしかしてここで何かあったのかなって思って」
「……っ!」
「よくある話じゃないですか、よからぬ何かを持って帰ってきてしまったり、或いは本人が見えない魂の部分を人ならざるものに傷付けられたりしたせいで肉体の方に不調が出るなんて話」
「……そ、れは」
「爽先輩は何も教えてくれなかったんで僕は探しに来たんです。……が、やっぱり大正解でしたね。準一さんにも出会えたし、この鳥肌と嫌な感じ……瘴気って実際に存在するんですね」

 先程までのやや間延びした口調とは打って変わって、興奮したようにやや早口になる佑太にただ俺は呆気取られていた。
 俺が生きてる人間ならば「馬鹿なこと言ってないでさっさと帰れ」と追い返していたのだろうが、今の俺にとって佑太の話はあまりにも鋭く、納得してしまう部分が多すぎたのだ。
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