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「準一さん」と佑太に名前を呼ばれ、ハッとする。
なんで俺は丸め込まれそうになって、そして納得しそうになってるのだ。『はいそうですか、ならご自由にどうぞ』なんて簡単に受け入れられる話ではない。
……こいつが仲吉の知人というのなら、尚更。
無理矢理にでも追い返せたらそれでもいいが、脅かしてビビるようなやつではないだろうというのだけは分かった。
そんなとき、俺の横ににゅっと幸喜が現れる。その顔には無邪気な笑顔を浮かべて。
「あー、なんだっけ? こいつの名前忘れちゃったけどさ、知りたいって言うんなら俺が教えてやろうか」
さらっととんでもないことを言いながら佑太のところに行こうとする幸喜。やつの細い腕を掴み、俺は慌てて止める。
「おい、なに言って……」
「だってさーこういうやつには理屈よりも実際体験してもらった方が良いんだよ。準一だってそうだったろ?」
「俺は死んでて、こいつは生きてるだろ。いいから俺が話す、お前はあっちで休んでろ……っ!」
「はは、なんだそりゃ! もしかして俺のことを心配してくれてんの?」
最早売り言葉に買い言葉であった。
「ああ、そうだよ」と声を上げれば、少しだけきょとんと幸喜は目を丸くする。そして。
「準一、嘘下手」
そう妙に生易しい眼差しとともに、「仕方ねえな」と幸喜は両手を上げた。つくづくこいつが弱体化しててよかったと思わずにはいられない。
下手すりゃ俺の止める暇もなく佑太を手にかけ兼ねない。
俺は幸喜が離れた木陰で座り込んでるのを確認し、再び佑太に歩み寄る。
「佑太」
「あれ? 話し合いは終わったんですか?」
「……まあ、な」
幸喜の姿が見えずとも、俺達のやり取りの一部を見られてるというのはなんとも不思議だ。
というか、こいつは霊感があるということなのか。それともこの結界内部が不安定になってる証拠なのか。
どちらにせよ、こいつを長居させたところでろくなことにはならない。でも自分から帰る気もないというのなら。
「なあ、調べ物が済んだら帰るって言ったな。……ちゃんと約束は守ってくれよ」
そう念押しすれば、佑太はぱあっと表情を和らげる。そして、「はい、わかりましたぁ」とやはり緊張感のない声で応えた。
一点に留まり続けるのは危険だ。
いつでも帰せれるよう、崖下を目指すことになる。
先を歩く俺と佑太、そして離れたところからひょこひょこと幸喜がついてきていた。
相変わらず空は真っ黒で何も見えない。夜なのか、死んでから体内時計は役に立たなくなった自信はあったが、それでもそろそろ太陽が見えたっていいのではないか。そう思えるほど長い間空は淀んでいた。
「仲吉の体調は多分、お前の言った通りここにいたせいだ」
「へえ」
「どうしたらその体調が治るかはわからない。けど、他の亡霊から聞いたんだ。生きてる人間がここにいるだけでその、生気が奪われていくって」
「ファンタジーみたいな話だけどな」言いながら、真面目に突拍子もないことを口にしてる自分になんだかむず痒くなる。それも、初対面の男相手に。
そんな俺相手に佑太は引くわけでもなく、
「信じますよ。ファンタジーみたいな貴方が言ってるんですから」
なんて、にこにこと笑顔で相槌を打つのだ。
ホッとする反面、やっぱり変なやつだ、と思わずにはいられない。
「……その話を聞いたとき、既にあいつは体調が悪そうだった。だから、もうここには来るなって言ったんだ。俺は」
「あれっ? 準一さんが爽先輩の生気を奪ったわけじゃないんですかぁ?」
恐らく悪気はなかったのだろうが、その一言に俺は立ち止まる。
「んなわけ……っ、ないだろ……!」
「わっ、お、怒らないでくださいよ~」
「っ、悪い。……怒ってねえよ。けど、そんなことするわけないだろ」
そんなことするくらいならば、HP切れになってとっと消える方を選ぶくらいだ。
いつの間にかに力が籠もっていた拳を開き、落ち着かせる。
けれど、俺と仲吉の関係をよく知らない第三者からしてみりゃどう考えても悪いのも原因も俺だ。仕方ない。俺だってそう疑うだろうし。
「……へえ、だとすると離れてる間回復しても良さそうなのに」
「だから、さっさとこの樹海――山からあいつを引き離してくれ。そんで、実家の部屋にでも監禁させておけ。そうしたら大丈夫なはずだ」
「佑太、お前もさっきの化け物見ただろ。……今はタイミングが悪いんだ」物わかりもあり、俺の存在を、俺の話を聞き入れてくれるようなやつならば説得が有用だろう。
そう思っていたが、俺の話を聞いても全く佑太は怯える様子もなく目を爛々と輝かせるのだ。
「ああ、そういえばあれはなんだったんですかぁ? 準一さんとは違うように見えましたけど」
「それについては俺たちも調べてる最中だ。……けど、あいつは多分、生気を集めてるだけみたいだ」
「へ~、生気を……意思疎通はできなかったようですし、亡霊とはまた違うってことですかぁ?」
「ん、ぁ、ああ……お前飲み込み早いな」
「パニックホラーの定番ですから」
遊びじゃねえんだぞ、と声を上げそうになり、やめた。こいつと話してると微妙に反応がずれてるせいで仲吉と話してる感覚になってしまう。
込み上げてくる怒りを抑えつつ、俺はとにかく釘を刺す。
「だから、そういうことだよ。こっちも狙われてるんだ、生身のお前が捕まったらどうなるか……」
「定石だったらそのまま丸呑みですかね~?」
「だから、」
さっさと帰れよ、と佑太を振り返ったときだった。
「分かってますよ。多少の危険は予め覚悟の上です」
そう言いながら荷物の中からなにか取り出す佑太。それは分厚いファイルだった。
俺にはそれがなんなのか、見覚えがあった。それも生前、あいつが自慢げに俺に見せてきた――。
「な……っ」
「爽先輩から預かってきたんです。あ、これ秘密ですけど」
「お前、それ」
「爽先輩の御札コレクションですよ。サークル合宿で先輩、いつも僕に自慢してきたの羨ましかったんでこっそり借りてきちゃいました」
そうぺらぺらと中身を開く佑太に俺は二重の意味で青褪める。
中に無駄に貴重にファイリングされたそれを見た瞬間、停まっていたはずの心臓が烈しく脈打つような嫌な感覚だった。
生前ならば大して気にならなかったはずなのに、なんだこれは。
噴き出す汗。脳と眼球の奥に熱が溜まっていくような不快感に気持ちが悪くなる。
なんで俺は丸め込まれそうになって、そして納得しそうになってるのだ。『はいそうですか、ならご自由にどうぞ』なんて簡単に受け入れられる話ではない。
……こいつが仲吉の知人というのなら、尚更。
無理矢理にでも追い返せたらそれでもいいが、脅かしてビビるようなやつではないだろうというのだけは分かった。
そんなとき、俺の横ににゅっと幸喜が現れる。その顔には無邪気な笑顔を浮かべて。
「あー、なんだっけ? こいつの名前忘れちゃったけどさ、知りたいって言うんなら俺が教えてやろうか」
さらっととんでもないことを言いながら佑太のところに行こうとする幸喜。やつの細い腕を掴み、俺は慌てて止める。
「おい、なに言って……」
「だってさーこういうやつには理屈よりも実際体験してもらった方が良いんだよ。準一だってそうだったろ?」
「俺は死んでて、こいつは生きてるだろ。いいから俺が話す、お前はあっちで休んでろ……っ!」
「はは、なんだそりゃ! もしかして俺のことを心配してくれてんの?」
最早売り言葉に買い言葉であった。
「ああ、そうだよ」と声を上げれば、少しだけきょとんと幸喜は目を丸くする。そして。
「準一、嘘下手」
そう妙に生易しい眼差しとともに、「仕方ねえな」と幸喜は両手を上げた。つくづくこいつが弱体化しててよかったと思わずにはいられない。
下手すりゃ俺の止める暇もなく佑太を手にかけ兼ねない。
俺は幸喜が離れた木陰で座り込んでるのを確認し、再び佑太に歩み寄る。
「佑太」
「あれ? 話し合いは終わったんですか?」
「……まあ、な」
幸喜の姿が見えずとも、俺達のやり取りの一部を見られてるというのはなんとも不思議だ。
というか、こいつは霊感があるということなのか。それともこの結界内部が不安定になってる証拠なのか。
どちらにせよ、こいつを長居させたところでろくなことにはならない。でも自分から帰る気もないというのなら。
「なあ、調べ物が済んだら帰るって言ったな。……ちゃんと約束は守ってくれよ」
そう念押しすれば、佑太はぱあっと表情を和らげる。そして、「はい、わかりましたぁ」とやはり緊張感のない声で応えた。
一点に留まり続けるのは危険だ。
いつでも帰せれるよう、崖下を目指すことになる。
先を歩く俺と佑太、そして離れたところからひょこひょこと幸喜がついてきていた。
相変わらず空は真っ黒で何も見えない。夜なのか、死んでから体内時計は役に立たなくなった自信はあったが、それでもそろそろ太陽が見えたっていいのではないか。そう思えるほど長い間空は淀んでいた。
「仲吉の体調は多分、お前の言った通りここにいたせいだ」
「へえ」
「どうしたらその体調が治るかはわからない。けど、他の亡霊から聞いたんだ。生きてる人間がここにいるだけでその、生気が奪われていくって」
「ファンタジーみたいな話だけどな」言いながら、真面目に突拍子もないことを口にしてる自分になんだかむず痒くなる。それも、初対面の男相手に。
そんな俺相手に佑太は引くわけでもなく、
「信じますよ。ファンタジーみたいな貴方が言ってるんですから」
なんて、にこにこと笑顔で相槌を打つのだ。
ホッとする反面、やっぱり変なやつだ、と思わずにはいられない。
「……その話を聞いたとき、既にあいつは体調が悪そうだった。だから、もうここには来るなって言ったんだ。俺は」
「あれっ? 準一さんが爽先輩の生気を奪ったわけじゃないんですかぁ?」
恐らく悪気はなかったのだろうが、その一言に俺は立ち止まる。
「んなわけ……っ、ないだろ……!」
「わっ、お、怒らないでくださいよ~」
「っ、悪い。……怒ってねえよ。けど、そんなことするわけないだろ」
そんなことするくらいならば、HP切れになってとっと消える方を選ぶくらいだ。
いつの間にかに力が籠もっていた拳を開き、落ち着かせる。
けれど、俺と仲吉の関係をよく知らない第三者からしてみりゃどう考えても悪いのも原因も俺だ。仕方ない。俺だってそう疑うだろうし。
「……へえ、だとすると離れてる間回復しても良さそうなのに」
「だから、さっさとこの樹海――山からあいつを引き離してくれ。そんで、実家の部屋にでも監禁させておけ。そうしたら大丈夫なはずだ」
「佑太、お前もさっきの化け物見ただろ。……今はタイミングが悪いんだ」物わかりもあり、俺の存在を、俺の話を聞き入れてくれるようなやつならば説得が有用だろう。
そう思っていたが、俺の話を聞いても全く佑太は怯える様子もなく目を爛々と輝かせるのだ。
「ああ、そういえばあれはなんだったんですかぁ? 準一さんとは違うように見えましたけど」
「それについては俺たちも調べてる最中だ。……けど、あいつは多分、生気を集めてるだけみたいだ」
「へ~、生気を……意思疎通はできなかったようですし、亡霊とはまた違うってことですかぁ?」
「ん、ぁ、ああ……お前飲み込み早いな」
「パニックホラーの定番ですから」
遊びじゃねえんだぞ、と声を上げそうになり、やめた。こいつと話してると微妙に反応がずれてるせいで仲吉と話してる感覚になってしまう。
込み上げてくる怒りを抑えつつ、俺はとにかく釘を刺す。
「だから、そういうことだよ。こっちも狙われてるんだ、生身のお前が捕まったらどうなるか……」
「定石だったらそのまま丸呑みですかね~?」
「だから、」
さっさと帰れよ、と佑太を振り返ったときだった。
「分かってますよ。多少の危険は予め覚悟の上です」
そう言いながら荷物の中からなにか取り出す佑太。それは分厚いファイルだった。
俺にはそれがなんなのか、見覚えがあった。それも生前、あいつが自慢げに俺に見せてきた――。
「な……っ」
「爽先輩から預かってきたんです。あ、これ秘密ですけど」
「お前、それ」
「爽先輩の御札コレクションですよ。サークル合宿で先輩、いつも僕に自慢してきたの羨ましかったんでこっそり借りてきちゃいました」
そうぺらぺらと中身を開く佑太に俺は二重の意味で青褪める。
中に無駄に貴重にファイリングされたそれを見た瞬間、停まっていたはずの心臓が烈しく脈打つような嫌な感覚だった。
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