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しおりを挟む凛太郎は不思議な人だった。
花鶏も妙ではあったが、花鶏と瓜二つ、仕草までも鏡写しのような男のはずだがなんというか、無邪気なのだ。
青白く生気のない花鶏の姿を見てきたから余計そう感じるのかもしれない。
それから俺は数日、離れ――凛太郎のアトリエの地下で寝泊まりをする事になる。
凛太郎が気を利かせて寝具を用意してくれようとしたが、この世界でも俺に肉体は存在しない。「このままで大丈夫っす」と断りを入れれば、「変わった方ですね」と凛太郎は目を輝かせていた。
アンタにはそれは言われたくないな。とは言い返すわけにもいかず、俺はただ笑って誤魔化すのが精一杯だった。
日中、凛太郎は離れで絵を描いている。俺はそれを眺めていた。絵を描いている時の凛太郎は物静かだった。話しかけるなという気迫すらも感じ、俺は声をかけることすらも阻まれただその様子を見守るしかない。
過集中。一度没頭すると文字通り周りの声も音も聞こえなくなるのだと凛太郎は俺に言った。
「ですので、外を見たい時も好きにして下さって構いませんよ。ああ一応新しく一人弟子を雇ったと使用人たちには伝えていますので、もし何か言われたりでもしたら私の名前を出して結構です」
「いいんですか」
「はい。私の背中ばかり見てても飽きてくるでしょう」
「え、いや、そんなことは……」
「それに、私も興味ありますので。貴方が何者なのか。何か思い出したら私にこっそり教えてくださいね、準一さん」
「……はい」
チクチクと薄膜のような罪悪感は重なっていく。
本当は記憶も何もかもある。けどこんな荒唐無稽な俺の話、凛太郎は……信じてくれそうだな。
何度か事情を説明しようか、その方が凛太郎、そして花鶏のことが何か分かるかもしれない。
そんなことも考えたが、南波の精神世界で起きたことを考えるとこの世界にどんな影響与えるか分からない。
取り敢えず暫くは俺もこの世界のこと、花鶏を止めるための手掛かりを探すのが先決だろう。
というわけで、汚れた水の入れ替えだけして俺は「少し散策してきます」と凛太郎に声をかけた。が、返事は返ってこない。
この反応は予め想定済みだったので特に気にせず俺はアトリエを出た。
アトリエの周りは木々に囲まれていた。これが後に樹海と呼ばれるようになるのか、それともその後植林でも行われるのか。はたまた花鶏の精神が作り出した名残か。
ならば、と俺は今まで自分が覚えてる範囲で庭先の林の中を歩く事になる。
屋敷の敷地は大分広く、母屋であるあの幽霊屋敷を除いて凛太郎のアトリエの他に離れが存在した。もう一つはアトリエよりもこぢんまりとした倉庫のような離れで、その他にもう一つ離れを見つけた。こちらは窓が見当たらず中の様子は分からないが、母屋からも離れた林の奥にあるそこはなんだか嫌な感じしかいない。
母屋やその庭は雑草もなく手入れも行き届いている様子だったが、その謎の離れのその周辺はというと俺の知ってる樹海さながらだ。
「……怪しい、よな」
無理矢理扉を壊して中の様子を見てみようか。
今なら周りに人気もないし。
思いながら木製の扉に触れようとした時だった。
「ぃ゛……ッ!!」
錆びた金属のドアノブ掴んだ指先に焼けるような熱が走る。肉が焼けるようなその痛みには覚えがあった。
「……っ、……」
思わず飛び退いた俺は、目の前のドアノブと自分の手のひらを交互に見つめた。
……結界だ。
一度幸喜の悪戯で結界の外へと出ようとしたあの時味わった痛みとよく似ていた。
これは、何かある。間違いない。
試しに扉ではない壁に触れたが、ぺたりと指先には土壁特有のざらついた感触が触れるのみだ。
壁ならば壊せることはできるだろう。或いは、凛太郎を連れてきて開けてもらうか……?
ひとまず、一旦ここは後回しにしよう。
ヒリヒリと痛む手のひらを擦りながら俺は今度は母屋の方へと向かう事にした。
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