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ジリジリと蝉の声が響き渡る夏空の下。
直射日光に皮膚が焼かれてるような気がして、なんとなく日陰を渡り歩くようにして俺は母屋までやってきた。
それにしても、こうして明るい場所で見ると大きな屋敷だ。俺の記憶の中の幽霊屋敷よりも小綺麗な分、なんだか別の場所のようにも思える。
凛太郎には好きに行動していいと言われていたが、どうしたものか。
裏口の場所も一応把握しているが、中の形状までもがあの屋敷と一致してるかどうかも怪しいしな。ここは窓の外から中を確認して、慎重になるべきか。
などと思いながら、植木を踏まないようになるべく避けつつ付近の窓から内部を伺おうと背を伸ばす。
そのとき。
「……何してんの」
「おわっ!!」
足元から人の声が聞こえてきて思わず飛び上がりそうになる。
というか、待て。このダルそうな声は。
「とう――……や?」
声のする方を振り返り、そのまま固まった。
足元には黒い塊が一つ。まん丸の目をこちらに向けてにい、と小さく鳴いた。
なんだ、気のせいか。
「ったく、……俺も大分キてんのかな」
それとも、この精神世界の影響か。
などとぶつくさ呟きながら腰を落とし、その猫に恐る恐る手を伸ばした時。そのまま黒猫は俺の掌に前足を乗せたと思うと軽々と腕を上っていく。
「う、うお、あぶね……っ! 落ちるぞ、おい……っ!」
「落ちない。そこまで間抜けじゃない」
「ならいいけど……って、え?」
今度は頭の後ろから声が聞こえてきて、思わず振り返る。肩まで登ってきたその黒猫は俺を見下ろしたまま「移動、しないの」と小さく鳴く。
いや、鳴くっていうか。これはもう。
「と、うや……?」
「だからそう言ってるんだけど」
「い、いや、言ってないだろまだ……って、何、え。お前、なんで猫に……」
「見つかると面倒だから。……それより準一さん、暑い」
「え」
「……日陰、あっちの森に行って。ここだと誰くるか分からないから」
ぺし、と後頭部に前足を乗せてくる藤也。
お前、とうとう本物の猫になってしまったのか。でも久しぶりに会えて安心した。無事でよかった。そんな言葉が一気に押し寄せてきては詰まり、結局俺は「おう」と応えるのが精一杯だった。
これも精神世界の影響か、本物の藤也なのか。
取り敢えず本人の口から色々聞いた方が良さそうだ。
首の周りにずっしりとした重みとひんやりとした毛皮の感触を感じつつ俺は小走りで近くの茂みへと移動した。
――花鶏家敷地内・雑木林にて。
「……本当に藤也なのか?」
「それを言うならこっちのセリフ。……なんで準一さん、今更ここにきたの」
「い、今更って……そんなに経ってないだろ、まだ」
「…………」
なんでそこで黙り込むのだ。
猫の姿から人の姿へと戻った藤也は俺の記憶のままの藤也だった。爽やかな夏空とは正反対の真っ黒なシャツとパンツに身を包み、青白い顔の少年は何かを考え込んでるようだ。
「やっぱり、ここは花鶏さんの中ってこと」
「恐らくそうだ。……俺も、樹海で彷徨いていたあの化け物に食べられてここにきたんだ」
「何してんの」
「し、仕方ないだろ。幸喜のやつが……っ」
「……あいつはまだ生きてんだ」
ぽつりと呟く藤也。
やはり半身であるあいつのことが気になるらしい。俺はなるべくわかりやすくこの世界に来ることになったその経緯を説明した。今思えば現実世界に残したままの佑太と幸喜のことが気になったが、ここから出ないことには状況も分からない。
藤也はただ黙って俺の話を聞いていた。
そして。
「……その話からすると、一週間も経ってないってことか。俺がここにきて」
「あっちの方もめちゃくちゃになってて俺も時間感覚が麻痺してるからなんとも言えねえけど……少なくとも一月は経ってないはずだ」
「俺たちはここで数年過ごした」
「……え? って、たちって……」
「奈都。……南波さんと会ったのは二ヶ月くらい前かな。奈都はもっと前からここに来ていた。俺よりも先に」
風に吹かれ、落ちてきた木の葉を手に取る藤也。それを指で擦り潰し、地面へと放る。
というか、さらっととんでもないことが色々藤也の口から出てきた気がするが。
「奈都たちもいるのかっ?」
「声、うっさ。……そう言ったし」
「あ、わ、わり……よかった、二人とも無事なんだな」
「……………………」
「な、なんでそこで黙り込むんだよ……」
「無事かどうかは自分で確かめればいい」
そして立ち上がる藤也。
そのまま一歩踏み出したと同時に先ほどの黒い毛玉の姿へと変化する藤也にぎょっとしつつ、慌てて俺はその後ろを追いかけることにした。
直射日光に皮膚が焼かれてるような気がして、なんとなく日陰を渡り歩くようにして俺は母屋までやってきた。
それにしても、こうして明るい場所で見ると大きな屋敷だ。俺の記憶の中の幽霊屋敷よりも小綺麗な分、なんだか別の場所のようにも思える。
凛太郎には好きに行動していいと言われていたが、どうしたものか。
裏口の場所も一応把握しているが、中の形状までもがあの屋敷と一致してるかどうかも怪しいしな。ここは窓の外から中を確認して、慎重になるべきか。
などと思いながら、植木を踏まないようになるべく避けつつ付近の窓から内部を伺おうと背を伸ばす。
そのとき。
「……何してんの」
「おわっ!!」
足元から人の声が聞こえてきて思わず飛び上がりそうになる。
というか、待て。このダルそうな声は。
「とう――……や?」
声のする方を振り返り、そのまま固まった。
足元には黒い塊が一つ。まん丸の目をこちらに向けてにい、と小さく鳴いた。
なんだ、気のせいか。
「ったく、……俺も大分キてんのかな」
それとも、この精神世界の影響か。
などとぶつくさ呟きながら腰を落とし、その猫に恐る恐る手を伸ばした時。そのまま黒猫は俺の掌に前足を乗せたと思うと軽々と腕を上っていく。
「う、うお、あぶね……っ! 落ちるぞ、おい……っ!」
「落ちない。そこまで間抜けじゃない」
「ならいいけど……って、え?」
今度は頭の後ろから声が聞こえてきて、思わず振り返る。肩まで登ってきたその黒猫は俺を見下ろしたまま「移動、しないの」と小さく鳴く。
いや、鳴くっていうか。これはもう。
「と、うや……?」
「だからそう言ってるんだけど」
「い、いや、言ってないだろまだ……って、何、え。お前、なんで猫に……」
「見つかると面倒だから。……それより準一さん、暑い」
「え」
「……日陰、あっちの森に行って。ここだと誰くるか分からないから」
ぺし、と後頭部に前足を乗せてくる藤也。
お前、とうとう本物の猫になってしまったのか。でも久しぶりに会えて安心した。無事でよかった。そんな言葉が一気に押し寄せてきては詰まり、結局俺は「おう」と応えるのが精一杯だった。
これも精神世界の影響か、本物の藤也なのか。
取り敢えず本人の口から色々聞いた方が良さそうだ。
首の周りにずっしりとした重みとひんやりとした毛皮の感触を感じつつ俺は小走りで近くの茂みへと移動した。
――花鶏家敷地内・雑木林にて。
「……本当に藤也なのか?」
「それを言うならこっちのセリフ。……なんで準一さん、今更ここにきたの」
「い、今更って……そんなに経ってないだろ、まだ」
「…………」
なんでそこで黙り込むのだ。
猫の姿から人の姿へと戻った藤也は俺の記憶のままの藤也だった。爽やかな夏空とは正反対の真っ黒なシャツとパンツに身を包み、青白い顔の少年は何かを考え込んでるようだ。
「やっぱり、ここは花鶏さんの中ってこと」
「恐らくそうだ。……俺も、樹海で彷徨いていたあの化け物に食べられてここにきたんだ」
「何してんの」
「し、仕方ないだろ。幸喜のやつが……っ」
「……あいつはまだ生きてんだ」
ぽつりと呟く藤也。
やはり半身であるあいつのことが気になるらしい。俺はなるべくわかりやすくこの世界に来ることになったその経緯を説明した。今思えば現実世界に残したままの佑太と幸喜のことが気になったが、ここから出ないことには状況も分からない。
藤也はただ黙って俺の話を聞いていた。
そして。
「……その話からすると、一週間も経ってないってことか。俺がここにきて」
「あっちの方もめちゃくちゃになってて俺も時間感覚が麻痺してるからなんとも言えねえけど……少なくとも一月は経ってないはずだ」
「俺たちはここで数年過ごした」
「……え? って、たちって……」
「奈都。……南波さんと会ったのは二ヶ月くらい前かな。奈都はもっと前からここに来ていた。俺よりも先に」
風に吹かれ、落ちてきた木の葉を手に取る藤也。それを指で擦り潰し、地面へと放る。
というか、さらっととんでもないことが色々藤也の口から出てきた気がするが。
「奈都たちもいるのかっ?」
「声、うっさ。……そう言ったし」
「あ、わ、わり……よかった、二人とも無事なんだな」
「……………………」
「な、なんでそこで黙り込むんだよ……」
「無事かどうかは自分で確かめればいい」
そして立ち上がる藤也。
そのまま一歩踏み出したと同時に先ほどの黒い毛玉の姿へと変化する藤也にぎょっとしつつ、慌てて俺はその後ろを追いかけることにした。
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