G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第11章 希望を手に 絶望を超える

142話 心に希望を 重ねた手に勝利を 其の2

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 晴天の空から零れ落ちる一滴の巨大な涙。

 空に浮かぶ巨大な球体が溶け落ち、地面目掛け落下した。球体は落下地点その下にある建造物の残骸、地面、植物、果ては死体に至るまでの全てを区別なく飲み込み続け、その果てに八つの頭を持つ巨大な竜を作りだした。うねり、周辺の全てを飲み込みながら更に肥大化を続けるオロチの性能は既に兵器のカテゴリを逸脱いつだつしている。正しく、絶望の顕現けんげん

「馬鹿なッ、この状況から更に性能が上がるのか!?」

「何だアレは、幾ら何でも出鱈目すぎる!!」

「もうあんなの兵器じゃないッ、俺達は悪い夢でも見ているのか!?」

 侵食能力を解放したマジンはハバキリから流れ込む桁違いのエネルギーを餌にさらに広がり続け、逃げ遅れたスサノヲ、地球人を助ける為に残った退役兵までをも飲み込み出した。人も、武器も、有機物も無機物も区別なく、一緒くたに全てが青い濁流に呑まれ、瞬く間に青い粒子へと変換され、取り込まれる光景は余りにも絶望的で、余りにも救いがない。

「逃げて下さい。防壁なくば一瞬で死にます」

 オロチを解析したアマテラスオオカミが指示を飛ばす。信じ難い光景の連続に思考が硬直したスサノヲ達とタケルは神の意を汲み、反射的に青い濁流へと突き進み、残った退役兵と極僅かなクズリュウが援護に回る。

 しかし、全く歯が立たない。決死の覚悟で放たれる無数の銃撃は周辺を食い荒らしながら増殖する化け物の質量を減らす事は叶わず、ある者は後続に後を託し濁流に消え、ある者は嘆き叫びながら消滅した。地球、旗艦の区別なく広がり続ける犠牲。が、それでも止められない。

 絶望はまだ続く。竜の頭の一つが何かに目を付けた。虚ろな眼差しが見つめる先は神が撤退用にと解放していた唯一の門。その先にあるアメノトリフネと旗艦アマテラス。その事実に気づいたタガミ達の顔から血の気が一気に引いた。

「不味イ!!」

「クソクソクソッ、やべぇぞ。あんなモンが一欠片でも旗艦に侵入したらッ!?」

「僅かに間に合いません、時間を稼げま……」

「無茶言うなって!!」

 即断で否定するタガミの視線の先には八つある頭の一つが倒壊、もしくは辛うじて形を維持している建造物を薙ぎ倒し飲み込みながら肥大化を続ける光景。

 否定しつつ、それでも全員が一斉に攻撃を行う。が、どれだけ攻撃をしても膨大な質量を全く削れない。周辺の全てを取り込み、瞬く間に傷を修復する復元能力の前ではスサノヲの攻撃など児戯に等しかった。現状のスサノヲの火力でさえ、竜の行動阻止は不可能。

 が、進撃する竜が見えない巨大な壁に弾かれた。凄まじい衝撃が周囲を揺るがし、竜の巨頭を震わせる。

「タケルか!!」

 余りにも巨大な防壁にタガミが叫ぶ。灰色の門の前に一人の男が立ちはだかっていた。タケミカヅチ計画が生んだ悪夢の片割れ。意志に目覚め、己をタケルと名乗る弐号機の姿。彼は自らが操るクナドと、更に内蔵された防壁を最大限に稼働、三重の防壁を展開して竜を阻止した。

 しかし長くは続かない。防壁は消失、直後に彼の身体はきしみ、内部機能が剥き出しとなり、残るクナドも力なく地面に落下し、最後には崩れ落ち、辛うじて片膝を突いた。動けない。たった一撃を受け止めただけで連合最新鋭機が行動不能に陥る程の致命傷を負わされた。

「一撃で……ウチの最新鋭機だぞ!!」

「万全じゃないとは言え、何なんだあの化け物はッ!?」

「口より手を動かせ、何としても止めろ!!」

 旗艦が開発した最新鋭機は一撃で戦闘不能に陥ったが、成果はあった。彼の犠牲と必死の追撃により稼いだ僅かな時間により閉門が間に合った。灰色の光は霧散し、辺りはカグツチが仄かに輝く白い光だけとなった。

 しかし、状況は依然として最悪を突き進む。自らを犠牲に竜の侵攻を止めたタケルは膝を付いたまま動けず、対するオロチは防壁に弾かれた衝撃など微塵も感じさせない。傷はなく、圧倒的、絶望的な力は健在。

 誰もが未開の惑星と高を括った事実を後悔しながら、心を押し殺し、仲間を救う為にと攻撃を再開したが、それでも全く、微塵も効果がない。抉れ、削られ、長い竜の頭部を半分ほど吹き飛ばす事に成功しても、周囲の物質を取り込みながら瞬く間に再生する。

 焦り、恐怖が戦場を支配し始める。退路は断たれた。勝たねば死ぬが、現状の戦力ではあの再生能力を超える火力は出せない。竜の頭部が不気味にうごめき、うねり、蛇行を始める。目標は身動きが取れないまま膝を付くタケル。未だ立ち上がれぬ彼は青く輝く竜の頭部が近づく光景前に、瞼を閉じた。

「ッざけんなぁ!!」

 運命を察したタケルにタガミが怒り、竜を攻撃した。触発され、周囲のスサノヲも後に続く。技術をかなぐり捨てた必死の攻撃。しかし、結果は無情。竜が、遂にタケルの眼前にまで迫った。誰もが彼の命運を察した。旗艦アマテラスが生んだ最新鋭機は、地球が生んだ悪夢、オロチに喰らい尽され――

 ズン

 衝撃が、何もかもを遮った。上空から何かが落ちてきた。さながら流星の如く光を纏う何かは凄まじい修復能力を持つが故に誰一人として致命傷を負わせる事が出来なかった竜を容易く吹き飛ばした。

 何が、と驚く視線が次に見たのは舞い散る青い粒子の中に踊る銀色の髪。その中に立つ、青い目の女。誰もが目撃した。たった一人の女が、何をどうしても止められなかった悪夢の如き兵器をいとも容易く破壊する光景を目撃した。誰もが何一つ言えず、唖然と棚引く銀色の髪を見つめる。

「ありがとう」

 タケルの前に立ちはだかったルミナはタケルに微笑み、踵を返す。瞬時に視界から姿を消し、次の瞬間には凄まじい勢いで修復を始めるオロチの頭部をもう一度蹴り飛ばしていた。

「だ、駄目だ!!」

「取り込まれるぞ!!」

 反射的に、スサノヲ達が叫んだ。接触するだけで全てを取り込む邪悪な竜の化身を相手に直接攻撃は危険だ、と。事実、オロチは尚も周辺の全てを区別なく飲み込み、体躯を復元している。

 しかし、結果は真逆。オロチと接触したルミナの肉体はおろか、衣服の一欠片さえも侵食されない。そもそも彼女の周辺には彼女自身が破壊したオロチそのものであるナノマシンが霧散しており、本来ならばその時点で彼女の命運は尽きている。しかし、彼女はその中で平然としている。

「何が起きてる!?」

「何で、どうしてアイツだけ?」

 予測を裏切る有り得ない光景に誰もが疑問を口に出す。しかし、誰一人真実に辿り着けない。ただ、現状において彼女と――恐らく伊佐凪竜一だけがオロチに対抗し得るという、それだけしか分からない。誰も止める事が叶わなかった竜はルミナの蹴りを受け、まるで石ころの様に吹き飛ばされた。

 カチン

 と、何かが地面に落ちた。ルミナの手から滑り落ちた物体はツクヨミが清雅修一の為にと特別にしつらえた携帯端末。清雅修一の意志を伝播でんぱし、ナノマシンを意のままに操る端末が地面に落ち、機能を停止すると連動するオロチの頭の一つが機能停止、吹き飛ばされた竜の長い頸部が徐々に消滅を始めた。

「馬鹿なッ、何故侵食されない!?どういう事だ貴様!!」

 口々に叫ぶオロチが一斉にルミナを睨みつける。彼女も睨み返しながら、何かを呟く。小さすぎて誰一人として聞こえなかったが、旗艦の神、アマテラスオオカミが彼女の唇の動きから読み取り、全員に届けた。

「端末……破壊……顎の下。恐らく……」

 それだけで十分だった。全員が認識した。そこがオロチ唯一の弱点、ナノマシンを制御する端末のある場所だと。誰もが見た。絶望の中から生まれる希望を見た。
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