G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第12章 魔女と神父

146話 魔女と神父 其の1

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 20XX年12月23日。前日に勃発した戦争が地球側に大きな爪痕を残した翌日、I県N市の県議会会議室に一組の男女が呼ばれた。昨日以前から厳戒態勢中の清雅市に潜んでいた2人は、正体不明の「依頼人」なる人物からの依頼を受ける形で清雅市へと招かれ、目的も意図も不明なまま依頼人の指示通りに働いていたと言う。

 今回の一件に関する真面な情報を何一つ持っていない各国首脳陣は情報を少しでも収集したいという思惑の元、清雅市から逃走予定だったミルヴァ=ウィチェット|(通称、魔女)とアイビス=ローウェイ|(通称、神父)の身柄を確保した。2人が見て体験した全ての情報提供を求める首脳陣に対し、ミルヴァ=ウィチェットは幾つかの条件を理由に今日ここに至るまでの経緯を話し始める。

 ※※※


 20XX/12/23

 戦闘終了翌日、時刻はちょうど正午。場所は戦場となった清雅市に隣接するI県の県議会会議場。さほど大きくはない会議室の端には乱雑に片づけられた幾つもの机と椅子が積み上がる。中央には円形のテーブルが一つ置かれ、そこに座る合計10人程の男女が何れも神妙な面持ちで何かを待つ。

 肌の色、性別、年齢、国籍、全てがバラバラな10人の共通点は一国の代表。周囲には同じく各国選りすぐりの屈強な兵士達。全員が所属こそ違えど名の知れた特殊部隊に所属する精鋭で、誰もが相応以上の死線を潜り抜けた精粋さを顔と雰囲気に漂わせる。

 誰もが待ち焦がれる何かはまだ来ない。中央を占める円形のテーブルに座る老年の男はしきりに腕時計を睨み付けるが、そうしたところで何も変わるはずもなく、ややピリついた雰囲気が静かな場を濁し始める。

 コンコン

 会議室に響く規則正しいノック音。続けて――

「お連れしました」

 くぐもった男の声。形容しがたい静寂が打ち破られ、無遠慮に扉が開く。先ず兵士の一人が敬礼と共に会議室に入り、直ぐ後に大柄な女が入室した。全員の視線が女に集中する。

 ロングのデニムと白のタンプトップと非常にラフな身形。身長は190以上あり、やや細身。服の隙間からは鍛えた腹筋が作る美しい流線形が見え、上から羽織るジャケットの奥には隠し切れない大きな胸が主張する。腕と首筋には魔術的と思える様な意匠の刺青が幾つも彫られ、長い髪は纏めるでもなく無造作に伸ばしっ放しにしている。誰がどう見ても明らかに場違い。が、誰もが待ち焦がれていたのはこの女。

「おはよう。よく眠れたかな?」

 中央の円形テーブルの中央に座る初老の男がにこやかな笑みに軽い挨拶を添えた。何の気ない挨拶だが視線は鋭く、冷たい。一方、対する女はどこ吹く風と小さな溜息を零した。よほど心胆が座っているのか、気に掛ける様子は一切ない。

「ありがとうございます。お陰様でよく眠れましたよ、大統領」

「この女が?」

「あの、噂の?」

 粗雑な見た目の印象からは想像もつかない丁寧な返答――いや、女を直に見た驚きが周囲の面々の感情を揺さぶる。

「静かにしたまえ」

 静かに、だが圧の籠った|声。騒然とし始めた会議室は直ぐに静寂を取り戻す。声の主、大統領と呼ばれた老年の言葉は、周囲から漏れ出た騒音をぴたりと止めるには十分な威圧を持ち合わせていた。

 落ち着きを取り戻した会議室を、大柄な女はグルリと見回す。大きな部屋の中央に座る10名の代表を囲むように武装した大勢の兵士が警護する。敵意はなさそうだが、さりとて歓迎されているかと言えば微妙。相変わらず物々しい雰囲気だが、やはり女に臆する気配はない。

「では、ミルヴァ=ウィチェット君。早速だが話を聞かせてくれ。それから、話し方は普段通りで構わないよ。少々強引な形でご同行願った訳だが、君は大事な客人なのだからね」

 テーブルを挟んだ奥側に座る男、立場から判断すれば明らかに不釣り合いな程度に質素な椅子に腰を下ろす白髪の老人、北米州のUSA区域大統領エイナルド=カートが口火を切った。

「承知しました。じゃあ大統領も、それから他のお偉いさん方も。だけどその前に再確認をしておきたい」

「約束は守る。大統領としても、個人としても。無論、私以外もだ。先だって、国家連合と国家刑事警察機構には既に書簡を郵送した。君も知る通り、現在通信は使用不可だからね。多少の時差はあるが、資料の精査が完了すれば君達は晴れて自由の身。加えてもう一つの要求についても同じだ。但し、中身がお粗末でなければの話だよ」

「感謝する」

「礼には及ばんよ。ソレから、彼等の事は悪く思わんでくれたまえ。何せ君が赤い太陽在籍時に清雅の対テロ部隊を単独で返り討ちにした武勇伝は方々に伝わっているのでね。ま、有体にファンなんだよ」

「運が良かっただけだよ。真面な武装もなく、人数も少なかった。ソレに、アソコに居たってのは人生最大の汚点なんだ。もう忘れたい」

「謙遜するね。現在の通称、魔女ウィッチ、過去には悪魔デモニオ女神イアンサン。仰々しい通り名とは違い、現実の君は実に理知的だ」

 カートの隣に座る老年の男性はそう言いながらテーブルに座る面々に目を配ると、それまで口をつぐんでいた面々から赤い太陽への怨嗟えんさの声が上がり始める。

「赤い太陽か。確かに厄介な連中だよ、奴等の為にどれだけ時間と金を損失したか」

「そうだな。その癖、表向きは綺麗事を並べるモノだから市民受けがすこぶる良いときた。忌々しい事この上ない」

「あぁ。反清雅の市民感情をうまく利用する事にだけは長けていた、実に厄介で面倒な連中だ」

「しかし内情は良く知る通り視野狭窄しやきょうさくな犯罪組織。とても褒められたものではなかったね」

「エコーチェンバーとは、正しく奴等に相応しい言葉と状況だった」

 次々に飛び出す罵詈雑言ばりぞうごんは全て正しい。各国共に反清雅を錦の御旗に拡大を続ける反清雅組織に頭を悩ませていた。だが、どうやら内部にいた人間でさえ辟易するほどであった様で、かつて赤い太陽に所属していたミルヴァはそんな組織への散々な評価を無心で受け止める。彼女が人生最大の汚点と評するその理由は、その腐った内情を目の当たりにしたからに他ならない。

「あぁ。アタシも中に入ってびっくりしたよ。反清雅を隠れ蓑にした犯罪組織になってるなんてね。ママの言う事は素直に聞いておくべきだった」

「我々もそうだし諸外国も手酷い目にあってるよ。犯罪は勿論のこと国を分断しようとか色々と、ね」

「そのようで。じゃあ、相棒を呼んでもらえるか?」

「分かった。ではお連れしてくれ」

 カートの合図に、屈強な男達の一人が敬礼と共に部屋を後にした。ややあって、男は小柄な少年を連れ立ち戻ってきた。見知らぬ大人達の視線を一身に浴びた少年は露骨な不満と僅かな恐怖を顔色を浮かべ、ノートタイプPCをギュッと抱えこむ。歳の頃10代中ごろ辺り、茶色のストレートヘアーに眼鏡から覗く黒い目が幼い印象を際立たせる少年。服装はジーンズに体格より一回以上大きな黒のパーカーと大柄な女に負けず劣らずラフな格好をしている。

 オドオドと弱気な雰囲気を隠さない少年だったが、知り合いを見つけるや満面の笑みを浮かべながらトコトコと近寄り、迷うことなく隣に立った。背は約150位で、隣の大女と比較すれば明らかに小さく、並び立つとその小ささが余計に際立つ。

 女は少年を相棒と呼んだ。しかし、コンビとしてみるには相当に不釣り合い。更に少年は明らかに未成年。あどけなさと幼さが同居する顔立ちと身体は未成熟そのもので、雰囲気と合わせれば寧ろ義務教育を卒業しているかさえ怪しい。

 一方で血色は良く、栄養失調などの兆候は見られない。加えてミルヴァの横に躊躇ためらいなく移動する仕草から判断、この少年がミルヴァ=ウィチェットに仕事を強要されている雰囲気を全く感じさせない。全く噛みあわない2人が揃い、話は本題へと進む。
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