G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第12章 魔女と神父

155話 過去の記録映像 其の6

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 20XX/12/16 夜

 映像が夜の闇に紛れながら店内へと入るミルヴァの姿を映し始めた。恐らくアイビスが細工を施したようで、警報が鳴る気配はない。

「ホントに泥棒じゃねぇか」

 指定されたロードバイクを片手で担ぎながら店外へと姿を見せたミルヴァが酷く不満気な顔を映像に向けた。直後――映像が切り替り、指定されたホテルのすぐ近くにロードバイクを置くミルヴァが足早に車へと戻る様子を映す。周囲を過剰に見回す姿はどう考えても不審者だが、とにもかくにも依頼は達成した。一息付けるミルヴァ。夜の闇に、白い吐息が霧散する。

「今は金の為、ってことにしよ?」

「だな。だけどこんな事の為に呼んだ訳じゃねぇよなぁ。本命って、何させるつもりなんだよ」

「さぁ?それよりも、さ、寒いッ!!早く、早く」

 つのる疑問。が、急かすアイビスに疑問を一旦腹の底に押し込めたミルヴァは車を発進させた。映像が凄まじい勢いで後方に流れ消えるネオン街を映す。更に時折、無人ドローンが道路を封鎖する光景が視界を掠めた。時は伊佐凪竜一とルミナが山県大地に追跡されてから約2時間が経過した頃。当該処置は戦いの痕跡を見せない為に清雅が取った措置だ。

 ※※※

 映像が再び切り替わる。時刻は最初の依頼から約3時間後。再び拠点とするホテルに戻って来たミルヴァが情報収集を目的にテレビを食い入るように見つめている。

「やっぱテロだとさ」

「はへぇ。でもさ、その割に随分と被害少なくない?」

 報道は避難勧告の理由を昨日同様にテロ活動と報道している。が、やはり疑問は尽きない。封鎖されていたのは駅へと繋がる幹線道路の一部のみ。愚痴に似た疑問がアイビスの口をくのも無理からぬ話。

「清雅の対テロ部隊が優秀なんだろ?」

「優秀って……前に独りでやっつけてたじゃん?何人だっけ、20……いや30位?」

「まぁ、その時は。ただ、にしてもテロリストの情報が全く出てないってのがな」

「犯人まだ分からないんだっけ?でも、清雅でさえ分からないなんて事あるぅ?」

「分っかんね」

 アイビスの質問に匙を投げたミルヴァはテレビを消すと、何をするでもなく窓の外を眺め始めた。大多数は清雅の意向を汲んだ報道が口を揃えて発信した「ただのテロリズム」との情報を鵜呑みにした。が、彼女達は流されない。置かれた立場が安易な結論を出す甘い思考を許さない。

「んあ」

 と、またしてもアイビスの情けない声。窓の外を眺めていたミルヴァが小さなため息と共に呆れ顔を映像に向けた。

「またか?」

「何ともタイミングが良いのか悪いのか」

 窓ガラスにしかめっ面のアイビスの顔が、その隣に移動したミルヴァがメールを眺める様子が映る。

「何々……『指定時間になったら指定した区域の交通機能をマヒさせろ』なんだこりゃ?」

 次の指示にミルヴァとアイビスは互いに顔を見合わせた。依頼内容だけを考えればアイビス向けの仕事。彼ならばこの程度は雑作もない。ただ、とミルヴァは渋る。彼女達が狙うのは悪徳業者やら企業限定。当初はツクヨミ清雅だけを標的としていたが、色々あって今の形に落ち付いた。

依頼人アイツ、僕達を指名したよね?」

「あぁ。足元見てんのか、それとも他に頼めない理由でもあるのか?」

「その理由って?」

「分からん」

「もうずっとそれだよね?」

「仕方ねぇだろ。で、出来るのか?」

「勿論」

 渦巻く疑問に答えは出ない。が、依頼の能否を問われたアイビスは可能と即答した。

「G県内の信号機の制御って、道路の混雑状況なんかのデータ諸々を集約した制御システムが最適な形で切り替える様になっているんよ」

「システムの場所は?」

「清雅警察」

 アイビスは全く動じない。彼にしてみれば清雅本社のツクヨミシステム以外は敵ではない。警察内のシステムへの侵入にさえ物怖じしないのは絶対的な自信の表出。

「その調子で家事の一つも」

「やーだ」

「このまま育てば仕事以外何も出来ないダメ人間一直線だぞオマエ」

「まぁまぁ、今はそれよりも」

「指示もそうだが時間と場所に意味は、あるのか?」

「さぁ。ただ今度のはさっきの泥棒とはちょっと規模が違うよ」

「一区画だけとは言え信号が一斉に機能不全を起こしたら、なぁ」

 ミルヴァとアイビスの表情が露骨に曇る。指示とは言え、と特にアイビスは難色を示す。今の彼は誰彼構わずという、この手の依頼に酷い拒否感を示す。

 過去は違った。彼を虐めていた級友のあられもない秘密の暴露に始まり、目立つ企業を手当たり次第攻撃したりと。しかし程なく、ツクヨミ清雅を標的にして見事に失敗した。彼とミルヴァが出会ったのはちょうどその頃。

 彼の性格が落ち着いたのは、なし崩しにミルヴァと行動を共にし、赤い太陽に参加した後から。端的に人の悪意を見過ぎた為だ。しかし悪の道に堕ちる事はなかった。ミルヴァが傍にいたのか、生来の人間性かは不明。だからミルヴァも彼の意を汲み、依頼を選んできた。

「やるよ。急いでる人には悪いけど、指定時間中の信号全部を赤から切り替わらない様にする。日本人って意外と真面目で律儀って聞いたから、多分これで行けるよ。じゃ、指定時間迫ってるし早速やっちゃうね」

「頼んだ。依頼内容から逸脱してねぇから文句は言わせねぇよ」

 アイビスが早速準備を始めると、ミルヴァも急いで荷物を片付け始めた。どうやら滞在先を変えるようだ。アイビスの腕を疑っている訳ではなく、今もって全く意図が読めない依頼人への警戒心が彼女を動かす。

「そいえばさ、もう一つ依頼があるから片付け終わったらそっちの準備もヨロシクねー」

「え、まだあンのかよ?」

「次はスポーツカー盗んで来い、だってさ。すっげ高いヤツ。『冬期休暇に入っているので派手に暴れなければ年明けまで盗みはバレない』そうで。あー、でも入口とか金庫のロックが……」

 アイビスの一言にミルヴァの動きが止まる。まだ依頼内容は問題ないと飲み下したが――

「前金から判断すればノープロブレム、って思ってたけど意味不明な依頼が連続するとなぁ」

 意図の読めない以来の連続にさしものミルヴァも嫌気が差し始めていた。納得して清雅市に来た、とは言え意味不明な依頼の連続に不信感が募るのも致し方ない話。

「どうしよ?」

「車の期限は?」

「なーし」

「じゃあ合流後だ。アタシは先にルート確認してくる。それから念のためチェックアウトだ。次の合流地点は?」

「覚えてるよン。じゃ、後でねー」

「オウ」

 何とも屈託ないやり取りの末、ミルヴァは一足先に部屋を後にした。彼女が向かった先はK区内の超巨大複合商業施設アウトスラッシュ内の海外専門自動車販売店の支店。

「またしても、だねぇ」

 そんな独り言が無人の部屋を映す映像から聞こえた。アイビスも意味不明な依頼に辟易へきえきとしているようだ。

「捕まえる口実……って、ンな訳ないっか」

 交通システムへの侵入、信号機の操作と並行しながら考えるのは依頼人の意図。が、どんな結論も一言で片づけられる。

「にしたって、こんな面倒くせぇ事しないよね。そんな価値もないしサ」

 三度ボヤくアイビス。彼の考えは正しい。こんな手間暇をかけてまで罠にめる理由など存在しない。そもそも、依頼人はアイビス達の居場所を特定していた。捕まえ、何かに利用する目的ならばその時点で対テロ部隊を大量投入すれば終わっている。

 かつては赤い太陽に所属していたとは言え、実は2人とも即座に逃げた。が、かつて所属していた過去が消せる訳ではない。また、赤い太陽自体の横槍も原因で2人は金欠に陥っている。よって、大した活動はしていない。

 映像は無人の部屋と、キーボードを叩く子気味良い音が響く。無心で指示をこなすアイビスだが、窓ガラスに反射する彼の表情は少しばかり暗い。余計な事を考えて良い状況ではない。そう理解しつつも、やはり依頼人が気になって仕方がない心境が表情に浮かんでいた。
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