G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第12章 魔女と神父

159話 過去の記録映像 其の8

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 映像が一面の闇を映す。音声もなし。状況が不透明な中――

「う、ン」

「ってぇ……」

 うめくような声が闇から微かに漏れ聞こえた。やがて小さな灯りが闇の中に浮かぶ。光が照らすのは灰色の瓦礫がれきの山。状況から察するにどこかに車ごと突っ込み、その後にマジンの攻撃を受けて生き埋めにされた、と言ったところか。尚も闇を無造作に照らし続ける微かな灯りが、やがて映像一杯に広がった。

「生きてるか?」

「うぅ……多分」

 ライトをつけた携帯を片手に傷だらけのミルヴァが映った。顔がホッと安堵に包まれる。ガラ、と何かが崩れる音が闇から響いた。続けて――

「うおッ!?」

「わわわッ!?」

 衝撃、続けて動揺する声、最後に瓦礫が崩落する音が衝撃の合間に折り重なる。

 ドン

 再び衝撃。一度、二度、三度。その度に車ごと周囲が揺れ動く。外にいる敵は諦めていない――かと思われたが、以後は何の音沙汰もなし。

「不審人物を発見、殺害に成功。但し施設ごと破壊した為に遺体の回収は困難。繰り返す……」

 アイビスが急ぎ通信を傍受すると、2人の死を好都合な程に勘違いする声が闇に木霊した。ただ、それでも動かない。罠かも知れないとミルヴァはライトを消す。再び、映像が闇一色に染まる。聞こえるのは頭上からパラパラとコンクリート片が降って来る音と、手負いの獣の様な呼吸音。やがて――

「お疲れ様です」

「いえ。此方こそ。本件は僕から上に報告しておきます」

「承知しました」

「それから今は非常にデリケートな時期でして、ですので」

「承知しました。一先ずは奴等との戦いが終わったら、という事で」

「お願いします。今は些細な情報の取扱いにも気を回さねばなりませんので」

 静寂が破られる。くぐもった声が闇の向こうから聞こえた。数人の会話。内容から恐らく清雅の特殊部隊。次に車が何台も止まる音が聞こえ、扉が乱雑に開け放たれ、何人かが周囲を歩き回る靴音が幾重にも重なり、やがて靴音が消え、再び扉を乱雑に閉める音が幾つも重なると車が発進、走り去った。

 再びの静寂。崩れ落ちた瓦礫の隙間を風が吹き抜ける音に混じり、微かな呼吸音が闇一面の映像から漏れる。暫くはこのままかと思われたが軽妙な着信音に続き――

「まだ生きてらっしゃいますか?」

 何者かの声。闇夜に浮かぶ携帯ディスプレイが放つ微かな光の中に、露骨に苛立つミルヴァの顔が浮かんだ。

依頼人ゴシュジンサマよぉ。今頃になって何の用件でしょうかね?」

「少々無茶な要求でしたので助け舟を、と思ったのですが繋がらなくて」

「少し遅いよー」

「そうですか。仕事、どうなさいますか?」

「続けるさ。金が必要だしな」

「承知しました。では目的地までの安全なルートをお送りします」

 現況を知ってか知らずか、依頼人は淡々と会話を続ける。他人事、無関心、冷静で冷酷。声色を聞いた誰もが感情のない機械と感じた。

「なぁ、アンタ何者だ?」

 ミルヴァが灰色一色に黒字で「画像なし」とだけ表示されたディスプレイに苛立ちを吐き出した。質問したところで馬鹿正直に答える訳がない。僅か一言に、明らかに冷静さを欠く彼女の心境が現れている。

「秘密ですよ」

 想定通りの答え。パンパン、と埃を払う音に混じり「だよねー」とボヤくアイビスの声が挟まった。

「今のヤツ、アンタの仲間じゃないのか?」

「申し訳ありませんが企業秘密です。私も色々と危うい立場でして」

「喰えない奴だ」

「なら、ココまでにしましょうか?」

「いや、案内を頼む。だが、依頼内容はもう少し明瞭にしろ」

 ミルヴァがストレートに要望を伝えた。ややあって「分かりました」と承諾する声。ミルヴァの口角が僅か歪む。端から正体を明かすなど期待しておらず、今しがたの要求が本命らしい。ドアインザフェイス。意図してかはともかく、社会心理学的には理にかなっている。

「依頼内容は次の二つ。一つ、最初にお願いした荷物運び。ただし、何時になるかは不明です」

「言った傍からテメェ」

 が、相も変わらず。依頼人の人を食った回答にミルヴァの怒りが一瞬で沸騰した。が――

「二つ、明日起こる出来事を可能な限り記録に残して貰いたい」

「ハァ!?」

「何言ってンだお前!?」

 次の依頼内容に怒りが一気に霧散した。映像が困惑するミルヴァの顔を映す。恐らくアイビスも同じ表情を浮かべているだろう。

「え?それって僕達に戦場カメラマンみたいな真似しろって事?」

「はい」

 たまらず真意を問い質すアイビス。が、返って来た返答に言葉を失った。

「はい、じゃねぇよ!!何があるか知ってんだろ!?」

「遠方からで構いません。機材も用意しました。かなり昔の物ですのでマニュアルもお送りします。安全な位置からの録画とは言え、確実と断言は出来ません」

 ミルヴァの顔が一気に呆れ顔に変わった。依頼人の意図を読もうと必死だったが、完全に無理と匙を投げたようだ。

「でもさぁ、ちょっと割に合わないんじゃない?」

「追加料金をお支払いします。更に2億」

「あのさー、金額の問題じゃぁ」

「分かった」

「ちょっと、ンもう!!」

 ミルヴァとアイビスで意見が割れた。映像が始まって以来、恐らく初めての事。ただ、相手の正体は未だ不明。命惜しさに逃げ出して後ろから撃たれる可能性はゼロではない。割に合わないと切って捨てたアイビスの判断も間違いではないが、ミルヴァの懸念も同じく間違いではない。

「代わりに、なんだが」

「可能な限り」

「話を聞け。答えは言わなくていい。アンタが清雅の相当重要な位置にいる誰かだってのは予想が付いてる。で、アタシ達に運ばせようとしているのはこの戦いに関係する何かじゃないのか?アンタ、この戦いに何処まで関与してるんだ?意味の分からん依頼の裏でアンタ何を企んでるんだ?何を、何処まで知っていてこんな事をしている?」

 とは言え、明日の戦いの様子を撮影しろという指示は輪を掛けて意味不明。命を懸けろ、というならば納得はしたい。言いたい事を全て一気に吐き出したミルヴァの呼吸は酷く荒い。

「フフ、いえ。やはり私が見込んだ通りだ」

 画像無しと表示された無味乾燥とした映像からの反応は、相変わらず淡々としていた。やはり聞くだけ無駄だった、そんな空気が闇の中に広がる。

「ソレ、少なくともアタシ達の事を相当知ってるって事だよな。他の疑問にも答えてくれよ?」

「秘密です」

「あぁ、そうかい」

「ですが、そうですね。では一つだけ。明日は誰にとっても忘れる事が出来ない日になります。歪んだ歴史が正されるか、もしくはさらに大きく歪むか。それに……ツクヨミ清雅の真実、もしかしたら知る事になるかも知れませんよ、がね?」

 依頼人の意図も、言葉の意味も相変わらず不明――の筈だが、秘密と言われた瞬間、ミルヴァの表情が明らかに険しさを増した。アイビスも同じ表情をしているかは定かではない。

「サッパリ意味の分からん回答に感謝するよ」

「もうお一方はどうされます?」

「付き合うよ」

 依頼承諾に難色を示したアイビスも、最終的には受け入れた。

「良いのか?」

「今更でしょ」

「そうですか、最後までお付き合い頂けるけるのですね。では」

 2人の返答に満足した依頼人は通信を切った。直後、携帯の通知音が闇に木霊す。用意周到か、あるいは依頼を引き受ける確信があったのか、彼女の端末に目的地までの安全なルートを示した地図が転送された。

 ※※※

 映像が切り替わる。映し出されたのは無人のビルを先行するミルヴァの後ろ姿。両手に大きな荷物を抱える彼女はやがてエレベーターの前に止まる。

 そのまま乗り込み、エレベーターは上昇、扉が開く。降りた2人の前に全面ガラス張りのロビーが現れた。眼下に広がるのは夜の街。白の街灯、オレンジの照明の合間に赤く明滅する航空障害灯が窓の外を彩る。逃走劇から更に数時間をかけて2人が辿り着いた場所は清雅市中央区を一望出来る県庁20階の特別ロビー。電源はついておらず、夜の闇の奥から僅かに差し込む輝き以外に光源はない。

「さっむ!!ね、ねぇ、なんかないの?」

「あぁ。ちょい待ち」

 寒さに根負けしたアイビスが荷物持ちのミルヴァを急かす。彼女は持っていた大量の荷物を漁り、簡素な食料品、調理用器具、寝袋などを取り出した。

「ホント、用意周到だよねぇ。こんなの、何考えて用意したんだろ?」

 薄暗いロビーにアイビスの愚痴が響いた。返答はない。

「ン、何かあった?」

 全く反応しないミルヴァをいぶかしんだアイビスがミルヴァに問う。が、当人は荷物の中をジッと見つめるばかり。映像が揺れ動く。ミルヴァへと近づき、荷物の中を確認し――

「こんなモン、何処で見つけてきたの!?」

「どっかの歴史博物館に飾ってあった奴じゃねぇか?」

 呆れるアイビスにミルヴァも同調した。映像に映るのはビデオカメラと専用に改良された望遠レンズと集音マイク。ビデオはアナログ式のビデオテープ。既に販売停止となったビデオカメラは歴史の教科書か博物館以外で見る機会は先ず訪れない骨董品。超高性能な携帯端末で何でもできる時代にこんな嵩張かさばる物を持つ酔狂すいきょうな人間は余程の物好きマニアだけ。

「オーケー。まぁ、何とか対応するよ」

 仕事だと割り切りながらも未だ呆れと混乱を抑え切れないアイビスの言葉を最後に映像は途切れた。
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