G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第12章 魔女と神父

167話 選ばれた理由 荷物の正体 そして幾つも残る謎

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「あぁ。アタシはツクヨミに会ってる。会って……本人から聞いた。寂しそうに『出ると皆を困らせる』って言ってたなァ」

 観念したミルヴァが秘密を白状した。カートの予想を肯定する言葉に、会議室中がどよめきが湧いた。

「信じられない!?」

「ど、どうやって?」

 動揺するのは無理からぬ話。日本を除く全ての国――いや、日本でさえも清雅という巨大企業の秘密を暴こうと目論み、幾つかの国は特殊工作員を送り出した。最高の実力者が最高のバックアップを受け、潜入を試み、だが誰一人として帰ってこなかった。清雅本社の厳重な警備は誰もが知る程に強固で堅牢。

 だというのに、歴史上一度として成功しなかった清雅本社への侵入を単独で成し遂げたと言う。信じろと言う方が困難な話に、質問したカートも動揺と混乱から開いた口が塞がらず、周囲の各国首脳達も一様に鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべた。

 予想はしていたが、まさか現実とは想像していなかった。常識で考えれば有り得ないと、そう考えれば次に別の可能性を考える。

 嘘。

 が、即座に考えを改めた。目の前の女が嘘を言っている様には見えない、見えなかった。誰一人としてミルヴァ=ウィチェットが適当を言っていると判断しなかった。その沈痛な面持ちに、偽りの影は一切見えなかった。

「え?あ、う、嘘ではないのだな?」

 カートが必死に絞り出した。それだけで精一杯、皺の寄った顔には酷い動揺が未だ色濃く浮かぶ。

「あぁ」

「い、いや……しかし大統領!?」

「ま、まぁアレだ。た、確かに信じるには余りにも。だが、もし彼女が嘘を言っていると言うなら私は今すぐ俳優業を勧めるよ。彼女が我々全員を手玉に取る演技力を持っているというなら一流役者。正に天職、ハリウッドスターだよ。君達も今の内にサインを貰っておくかね?」

「ハハ、悪いが演技じゃないよ。だけど方法は企業秘密だ。切り札にしたいんでね」

「分かった」

「おいコラ、カート!!勝手に話を進めるなッ!!」

「しかし、これ以上を詮索する意味はない。この話は少なくとも連合との会談に無関係だ。大体、これ以上を彼女から引き出そうとしても時間の無駄。喋らないよ、絶対にね」

「しかしだねッ!?」

「落ち着きなさいな。それともべらぼうに強いと噂の彼女と今ココで戦うつもり?皆さん、無意味な損耗はもう御免でしょう?それに最優先すべきは有用な情報。それとも、清雅への侵入方法が今更何かの役に立つとお思いで?仮に今知ったところでアソコは……なんでしたっけ?あぁ、スサノヲ?でしたか、そんな名前の精鋭が守っているそうですからねぇ」

「むぅ……た、確かに」

「引き止めて済まなかった。では御機嫌よう。とは言っても君達とはまた近い内……今度は雇用主として会う事になるだろうがね」

「あぁ。その時はお手柔らかにお願いしますよ」

 カートからの別れと再会を背に、ミルヴァとアイビスは混乱が引かぬ会議室から足早に引き上げた。後に残った面々は2人の背中が見えなくなるまで追い続け、やがて視界から消えると互いの心中を暴露し合う。

 曰く、嘘を言っている、いや、アレは本当だ。目を見ればわかる。拘束するべきでは?など様々な意見が飛び交ったが、しかしはっきりと今後の動向を決定する一言は出ない。誰もがどうしていいか分からない程度には暴露した内容は想像を超えていた。

「まぁ、落ち着き給えよ」

「アナタが落ち着きすぎているんですよ?ですが、あの話が真実だと仮定すると……彼女、一つ嘘をついてますよね?」

「ベールケ君も、と言う事は皆も同じ考えか。彼女は、自分が荷物運びに選ばれた理由と運ぶ予定だった荷物に当たりをつけている。会ってみて分かったが、予想以上の切れ者だった。気付いていないとは思えないな」

「失礼ながら大統領、それはもしかして?」

「荷物はツクヨミ。選ばれた理由は彼女と顔見知りで交流があったから。恐らくこんなところだろう。無論、それ以外にも何か理由があるだろうがね。例えば彼女の切り札とか」

「でしょうね。だとするならば……」

「あぁ。だが、何をどうしても依頼人が誰だか分からない。この予測が正しいと仮定すると、彼女を動かせる程の人物がツクヨミ清雅内に存在した事になるが」

「あぁ。そんな人間、本当に存在するのか?確かに力づくならば連れ去れるかも知れないだろうが……なぁ」

「大統領、失礼ながら申し上げます。ツクヨミ自身が依頼したという可能性は如何でしょうか?」

 大統領の傍に立つ部隊員の一人が敬礼と共に私見を述べた。確かに、と同意する声が幾つも上がる。が、カートの意見は違う。

「君の考えな、実は私も途中まではそう考えていたんだよ。だけどあの懺悔ざんげ、アレを聞いて考えを変えた。あんな悲壮な思考をする神が己可愛さに逃げ出すだろうか、とね。人の為、日本で言う人柱としてその身を世界に捧げた神は、世界の維持というもっともらしい理由があったとしても自ら逃げ出しはせんよ。アレは、己が決断に命を掛ける者の目だ」

 静かな結論が会議場に響き、浮ついた空気を消し飛ばした。全員がカートを見た。その目は、ツクヨミの懺悔を聞いていた時と同じく虚空を彷徨っていた。悲しい、同情、敬意、哀れみ、色々な感情が渦巻く男の目だ。が、直ぐに消え失せた。

「さて、諸君。知っての通り今日からとても忙しくなる。恐らく昨日の戦いが恋しくなるだろう。身体を休める暇も、傷を癒す時間さえもない。なので、旨い飯を喰って英気を養って来たまえ。幸いここは日本、旨い物ならば数え切れない位にある。勿論、私の奢りだよ」

 穏やかな口調が、暫しの休息を指示した。周囲の隊員達は一瞬静まり返り、次の瞬間には敬礼、簡潔な感謝を述べるや我先にと駆け出していった。残ったのは各国の代表者達だけ、喧騒と熱気の原因であった若者達の消失に伴い、議場の空気は次第に冷え行く。

「ではベールケ君。連合うえとの会談は君と関宗太郎に任せるよ」

「えぇ。交渉はお任せくださいな。その代わり地球コチラは任せますよ」

「無論だ。さて、神の支配から解放された世界。どうなるだろうね?」

「待ち望んだ世界だ……が、こんな形は望んでいなかった」

「誰もが次の清雅を夢見た。噂にしか聞かない清雅の神を手に入れ、新たな支配者となる……予定だったのだがな」

「首が挿げ変わるだけと誰もが批判するだろう。が、ソレこそが最も重要で。誰もが次を目指し、躍起になった」

「しかし待ち望んだ世界は訪れず、最悪の現実が訪れた。神の消失、実に不味いぞ」

「分かっている。通信途絶により状況は分からんが、恐らく今頃はアチコチで犯罪が勃発しているだろう。頭の痛い話だ」

「それに反清雅組織の動向もだな。清雅と言う旗頭を失った今、連中が何をしでかすか全く予想できん」

「神は人の過度な欲望を監視という枷で制したが、今やその枷は消え去った。何が起こるか、あるいはもう既に起きているか」

 各々の口から漏れる本音は神の消えた世界への憂慮に満ちる。誰もが神の消失を望まなかった。但し、歪んだ理由で。誰もが清雅一族の代わりを夢見た。世界を支配し得る力を持ちながら、一向にそれを使わない事を好機と判断し、水面下で準備を進めた。

 しかし誰もが己の浅はかさを悔いる。事が想像を遥かに超えていた、神という存在を失った、神の懺悔を聞いた――だが、何より清雅修一暴走の引き金をソレとは知らずに引いていたと知った。やがて、一人また一人と会議室から姿を消し、最後にはカートだけが残った。

 虚空を彷徨う目は神無き世界への不安と懺悔に溢れる。神というセーフティの存在に背中を預けていたのに、一方でその事実から目を背け続けていた現実が男の精神をさいなむ。無知だった。愚かだった。

「こんな……済まない」

 神の消失でもって己を、己を取り巻く現実に気づいた男の後悔の念。だが、誰にも届かず、会議室に霧散した。


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12章終了
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