G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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神魔戦役篇 エピローグ

175話 記憶の中の君

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 20XX/12/31 夕刻

 医療機関サクヤ高度医療棟最上階――

 一度は死亡した伊佐凪竜一とルミナが蘇生して更に数日が経過した。2人共に見舞いに訪れた知り合いから蘇生以後の現状を教えられた。

 戦いに加担した清雅社員は全員地球から追放され、贖罪しょくざいの為に以後は旗艦で働き続ける事。清雅が保有する技術、特にナノマシンが流出した可能性がある事。地球の通信は現在使用不可能になっている事。そして――特に伊佐凪竜一と繋がりのある白川水希の死亡。
 
 大量の情報に、だが足踏みする余裕はない。合間に並行する治療とリハビリ。休息。何より強固な面会、報道規制。果たしてその甲斐あって、伊佐凪竜一もルミナも問題なく身体を動かすまでに回復した。寧ろ、余りにも問題なさ過ぎて治療担当者数名が混乱する始末。

 ただ、良い事ばかりではない。回復の代償に互いが顔を突き合わせる機会は訪れなかった。検査の合間に通路を通り過ぎる背中を見送るのが精々で、今日この日が蘇生以後の初顔合わせとなる。ただ、治療はルミナの為に用意された表向きの理由。実際のところ伊佐凪竜一の記憶が最大の懸念だった。

「なら思い出させる」

 とは記憶障害を知ったルミナの第一声。彼女だけが頑なに面会を許可されなかった怒りなど一切なく、記憶の回復に努めると断言した彼女の覚悟に、記憶の問題を早期解決したい彼女以外の思惑が重なった結果、面会が実現した。

 が、互いを見合うばかりでロクな会話がない。

 落ち着くルミナとは対照的に伊佐凪竜一は混乱する。突然現れた見知らぬ女が自分の人となりを知れば、混乱するのも無理はない。一番記憶を揺さぶるルミナでさえ効果がなければ、伊佐凪竜一側の精神に負荷をかけるだけだと以後の面会が許可されず、接触自体を禁止される可能性もある。

 ルミナも分かっているが、しかし切っ掛けがない。どんな話題を振ろうが余所余所しい笑みに一言二言の返事が添えられるだけ。会話は成立しても弾む気配はない。何より、伊佐凪竜一側から自発的な会話がない――

「あー。いや、その、綺麗ですね?」

「そ、そうか……な?」

 と思われた矢先、彼からの思わぬ一言。ルミナの血色が一気に戻った。美しい銀髪をなびかせながら、伊佐凪竜一に詰め寄る。

「今はそれで良い。少しずつ、思い出してくれ」

「あぁ、と。は、はい」

 勢いに押された伊佐凪竜一は気のない返事をするだけで精一杯。対するルミナは酷く上機嫌。褒められたからか、会話の切っ掛けが掴めた為か。

 VIP専用の病棟に作られた専用休憩スペースの中央に2人が寄り添う。入口から一歩中へ踏み込んで最初に目に映る光景は大きな窓とその外に植えられた色とりどりの花が咲き乱れる極めて良好な景色。

 最上階の大半を使った広大なフロアの入り口は大きく、入り口から少し進んだ場所は殊更に大きく開けている。左手に進めば色とりどりの木々と共に木製の机と椅子が置かれ、反対側には緩やかな勾配のスロープと階段、上った先には居住区域を見下ろす展望台へと続く。

 肝心な記憶が抜け落ちているが、逆にそれ以外の記憶は全て保持している。風景含め何もかもが地球とは全く違う環境は伊佐凪竜一の知的好奇心をくすぐった。子供の様に目まぐるしく視線を移す彼が何かに目を止める度にルミナが口を開く。良い雰囲気だ、と遠巻きに観察する医療関係者達は安堵する一方――

「なんで彼女を忘れるかなぁ」

 と、悲壮な溜息も多分に混じる。健気に話を振るルミナに対する伊佐凪竜一の反応は鈍い。やがて、彼の関心は周囲の風景から各種飲料を売る販売機を経てフロア中央の巨大ディスプレイに向かった。操作すれば好きな番組に切り替わるのは当然のこと、更に今は地球側のあらゆる国の番組まで全てを映す事が可能。

 ただ、豊富なチャンネル数に反し内容は全て同じ。判を押した様に旗艦対地球の泥沼を止めた伊佐凪竜一とルミナの話題が流れ続ける。しかも過剰誇張過大に装飾された尾ヒレがこれでもかと付いた情報のオマケ付き。

「この謎の地球人ってのが、俺?」

「そうだよ。君と、私が」

 記憶のない伊佐凪竜一がルミナに問う。思い出す気配は全くない。医療関係者もルミナもやはり駄目か、と僅か肩を落とす。客観的な情報を見れば、との考えはやはり見積もりが甘かった。やがて――

「これから先に必要なのは強い意志。演算の結果を絶対と盲信する心も、意志を介さない通信が見せる偽物の理解も必要ない。私が受け取った意志をこの2人に託す。そうするに相応しいと判断した」

 ツクヨミが映った。彼が戦いを止める為に強奪、あかるいは破壊を決断した地球の神。初めて見る神の姿を伊佐凪竜一は食い入るように見つめる。

「これが」

「私達が標的にした、地球と清雅の神だよ」

「彼女……が?」

 相変わらず反応は鈍い。が、僅かに提供された情報を思い出した。面会に訪れた日本の首相関宗太郎せきそうたろうとかつて自分に救われたと語る羽島敦はしまあつしから、ツクヨミが身を賭して救ってくれたと教えてもらった。

 彼の記憶は蘇生翌日の面会時まで遡る。関宗太郎はこう語った。

「伊佐凪竜一に関する一切の情報は全て秘匿されている」

 続けて、地球側が行動する前にツクヨミが先回りで地球上のデータベースから消去し、バックアップデータが清雅本社地下の超巨大空間「清雅の聖域」に残されていた、と羽島が説明を引き継いだ。

 そのツクヨミの計らいにより地球上から個人情報が消失した伊佐凪竜一は現状「謎の地球人」として報道されるに止まっている。当然、誰もが必死で正体を探るが、先述の理由と過度な報道規制により誰も手が出せない。

「そっか、彼女が」

贖罪しょくざいだけではないだろうけど、私達を救って」

 重ねるルミナの言葉に伊佐凪竜一は何も語らず、映像に視線を戻した。地球の神の姿はもうそこにはなかった。名残惜しそうに見つめる彼の視線に、見慣れた銀色の髪が映った。

「ぅえ」

 背後からの奇妙な声に伊佐凪竜一がルミナを見た。彼女は頭を抱えている。何事か、と心配する彼の背後から苦悩の理由が流れ始めた。同時に、察した。

 過熱する報道が及ぼす精神面の影響を理由に伊佐凪竜一とルミナの面会は関係者以外一切禁止、関係者であっても厳しい制限付きと言う異例の措置が取られた。事実、最上階から地上を見下ろせば、報道関係者でごった返す様子が映る。

 同じく、情報の取り扱いについても。特に伊佐凪竜一は記憶障害を理由に強固なまでに規制された。軽度の記憶障害が暴露されれば存在しない親類縁者が押し寄せ、終戦ムードに水を差しかねないとの判断によるもの。

 となれば、もう片方に集中するのは必然。何より、と彼はルミナをまじまじと見つめた。話題の中心は彼女の活躍――ではないな、と理解するには十分。報道が賛美するのは活躍が霞む程の容姿。控えめに判断してもこれ以上を探すのが困難な美貌により、報道は彼女一色に過熱した。

「あぁ、と……なんか大変な事になってる……みたいだね?」

 記憶がないなりに窮状きゅうじょうを察した伊佐凪竜一が何の気なしに慰めた。何とも適当で曖昧だが――

「君はまだ謎の日本人で済んでいるからいいが私は、ね。ともかく、ありがとう」

 余程に嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべた。

「蒼炎の熾天使……白銀の天使……」

 が、直ぐに真顔になった。報道が賛美する彼女の渾名あだな、二つ名を反復する。

「やめて、ちょっと……」

「陽光の継承者……新たな時代の先導者、他にも一杯ある」

 マスコミが名付けた、あるいは市井が呼ぶルミナの異名に彼女は頭を抱え、気恥ずかしさに悶え始め、呆れ、溜息をつき、落ち着かず、長い銀髪の毛先を弄り出した。何がしかの行動を取る度に彼女の長く美しい銀色の髪が揺れ動いた。

 伊佐凪竜一は、そんな銀色の光沢を見入る。視界に映るルミナの美貌は、伊佐凪竜一と同じくつい数日前に起きた大規模な戦闘時にボロボロになっていたが、今や完全に生身と言える状態にまで復元された。直後、伊佐凪竜一の頭に僅かなノイズが走る。

「う、あれ」

 今度は伊佐凪竜一が頭を抱えた。

「ひょっとして、何か思い出した?」

 動揺するルミナが問う。不意に走ったノイズに浮かんだ見慣れぬ光景への動揺が、彼の顔に滲んでいた。

「いや……分からない。ごめん」

 ルミナに謝罪する伊佐凪竜一。本心が口をいた。記憶がないだけで生来の性格を失った訳ではない。そして、相手の感情が全く読めないほど鈍い性格をしていない。流石に彼女が自分を気に掛けている程度は分かる。早く記憶を取り戻して欲しいと願っている事も痛感している。

 が、戻そうと思って戻るものでもない。ルミナの想像する伊佐凪竜一と現実の伊佐凪竜一との乖離かいりは嫌でも彼女を孤独にする。記憶に一喜一憂するルミナを見る度に伊佐凪竜一は何ともいえないもどかしさに襲われた。
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