G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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神魔戦役篇 エピローグ

176話 再び突きつけられる選択

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 記憶が戻らない伊佐凪竜一と記憶を取り戻して欲しいルミナの面会は、さしたる効果を見せないまま時間だけが過ぎた。バツの悪そうな伊佐凪竜一。対照的にご満悦なルミナ。落胆する医療関係者。立場により、浮かぶ顔色はクッキリと違う。

「そういえば」

 改善の兆しが見えない記憶と両者の関係が、また少し進展する。ルミナに先んじて伊佐凪竜一が口を開いた。

「知り合い、いないね」

 ルミナと一緒に報道を見続けた彼が漏らした疑問にルミナはあぁ、と溜息に僅か苦悶を滲ませた。もしや痛ましい過去が、と察した伊佐凪竜一は慌てたが――

「今の立場、かな」

「立場?」

 ルミナは回答をにごした。過去の事故で家族を失った件も勿論ある。家族を失い、あらぬ不信から知り合いも離れた。だが、そんな過去を教えたとて彼の記憶を呼び起こす手立てにはならず、何より過去を抉った罪悪感を植え付けるだけ。ならば、と彼女は別の真実だけを口にする。

「スサノヲになると過去や経歴一切が抹消されるんだよ。旗艦の主力で、弱みがあると困るから」

「人質、とか?」

「そんな感じ」

 笑顔で答えるルミナに偽りはない。スサノヲは旗艦の要。人質を取られ、行動を制限されるなどあってはならない。よって、入隊時に経歴一切が抹消された上で専用IDが付与される。また、それ以外の情報も徹底して削除される。何れも真実で、だから伊佐凪竜一も素直に納得した。

「ん?じゃあ、誰が報道に情報漏らしてるの?」

「スサノヲの情報は厳重に管理されている……んだけど、確かに誰だ?」

 となると、湧き上がるのは今現在報道を賑わせる情報の出処。

「えーと、昔の知り合い……は駄目だっけ」

「だね。仮に分かったとしても随分と顔を合わせていない。君も知ってる……いや、忘れているだろうが、顔なんて合わせ辛かったからね。だから誰も私だと認識出来ないと思うよ」

「なら……後は仕事仲間?」

「色々あって評価や功績は気にしてるから口外しない……と」

 残存する映像は少なく、スサノヲという立場から個人情報も少ない。だというのに彼女に関する情報が尽きる気配がない。不信に思う伊佐凪竜一とは対照的に弾む会話に上機嫌のルミナ。が、そんな彼女の顔が一瞬で真顔に戻った。

 ディスプレイがインタビューに答えるタガミの姿をクローズアップした。非常に上機嫌で、かつ饒舌じょうぜつで手慣れたマスコミ対応にルミナの端正な顔がみるみる怒りに歪む。

「アイツかァ」

 隠し切れない怒りが口をいた。クズリュウ時、市民との折衝せっしょう役を兼ねていたのだから会話術は心得ている。が、それを差し引いても十分に違和感を覚える程に手慣れた対応と調子に乗りやすそうな性格。情報の出処は間違いなくタガミだ。

「彼はもう大分絞られたから許してやってくれ」

 背後から聞き慣れた女性の声。あ、と2人が振り向き、見た。視界に、無造作に束ねられた長い髪が揺れ動く。

「情報の扱いは厳重に注意してるんだが……バタバタしてて意志の統一がままならない状況ではね。今のところ致命的な情報の流出はない。タガミが漏らした情報も普段の人となりとか任務への姿勢とか他愛ない情報ばかりだし。無論、良い訳ではないが。ただ、問題はそんな他愛ない情報でも報道関係外のヤツラには垂涎すいぜんらしくてね。絶対安静の瀕死という程度では止められなくて」

 治療を担当するコノハナは酷くやつれており、眠そうな目をしきりに擦る。報道の過熱|(と口の軽いタガミ)に苦慮しているようだ。

「あぁ、と。本題は別にあるんだ、君達に話がある」

 話がある。そんな提案とは裏腹に、彼女はどこか申し訳なさそうだった。対して心情を察して余りあると伊佐凪竜一が報道に背を向け、椅子に腰を下ろした。同じくルミナも嫌な顔一つせず提案を呑んだ。

 ややあって、休憩スペースの入り口を潜り一組の男女が姿を現した。片や子供ほどの小さな背に顔に酷いクマを浮かべた女性。片やヨレヨレの白衣を着た、やはり顔に隠し切れない疲労を浮かべた男。誰も彼も休息さえ取る暇もないまま復興に忙殺されている。大丈夫か、と当たり前の労いさえ喉の奥に引っ込む程に三者の様子は酷かった。

「お初にお目にかかります。私は特殊兵装開発研究所兵器開発部主幹、兼第一研究室室長ヤマヒコ。こっちのえらく小っこいのが黒点観測部門主幹のニニギ。早速で恐縮なのですが、この後に行われる検査について、もし許可を頂けるならば我々の検査を追加でお引き受けいただけないかと思いまして参上した次第です」

 男が先んじて自己紹介と経緯を語った。

「初めまして、検査も控えているので手短に説明しますね。私の方は至って簡単、お二方に持ち込んだ計測器を付けて欲しいだけです。コッチの清潔とは無縁のオッサンの方はルミナに協力をお願いする事になります。具体的には、現在特兵研で開発中の最新鋭の義肢、及び兵器の性能テストをお願いしたいそうです」

「調査……ですか?」

「え……あぁ、まぁいいですけど」

「私も構いませんが、急にどうして?」

 調査と聞いた2人は、共に否定的ながらも最終的に了承した。意識を取り戻して以降、隙あらば検査と調査がウンザリする頻度で行われているのだから無理もない。が、余りに疲弊した様子に無理とは口が裂けても言えなかった。

「地球で起きた猛烈な発光現象を観測した結果、カグツチ計測器が故障した事はご存知かと思います。で、今後も同じ事が起きた場合に備え、力が発現する兆候を調べたいと思いまして」

「私の方は貴女に関係する話です、ルミナ。私が室長を務める第一研究室は主に対マガツヒを想定した兵器を開発しているのですが、貴女も知っての通りマガツヒとの戦いはここ数百年劣勢に立たされ、連合各惑星の最高戦力なしには退けられていません。タケミカヅチ計画はそんな現状を打開する切り札でしたが、結果は知る通り。現在正常に稼働しているのは防御・防衛能力特化のタケルのみです」

「それは知っていますが、もしかして……」

「貴女にテストして欲しいのは壱号機用の武装、及び体躯を改造した義肢です。無論、望むならば、ですが。どうでしょう?」

「壱号機が使用する前提の超高火力兵器を使えるのは私だけ、だと?」

「少し違います。より正確には貴女と伊佐凪竜一君にはソレしか使えないと言う方が正しい。破損した武器を調査したところ、少々の事では傷つかないプレートが焼き切れていました。つまり、お二方の力に全く耐えられない。体躯についても同じく、戦闘用に調整された義肢すら長時間の負荷に耐えられません。戦いを捨て、一般市民に戻る選択肢もある今の貴女を頼るのは我々としても非常に心苦しいのですが、タケルだけではどうしてもデータが不足しまして。市井しせいに下るならば護衛用に、現状を受け入れるならば尚の事。どのような選択を選ぶにせよ、貴女の為に最善を尽くすのが我々特兵研の総意であり、依頼する理由です」

 ヤマヒコの話にルミナは即答しない。もう何度目かの選択肢が突き付けられた。スサノヲを辞し、復元医療を受け入れ生身の肉体に戻るか、スサノヲとして今のまま戦い続けるか。

 どうするべきか。彼女は必至で考えるが、しかし容易に出せない。生身に戻れば穏やかな、遠い過去に失った日々が取り戻せる。歪んだ道も正され、死別した両親と同じ兵器開発者としての道も開ける。

 だが、ルミナの思考は様々な可能性、感情に濁る。その原因を――伊佐凪竜一と出会い、過ごした地球の日々を彼女は脳裏に描き出す。幾つもの選択肢を選び、結果として生き延びた。が、改めて振り返ればその全てが正しかったと言い切れない。迷いを生む最大の理由は伊佐凪竜一の血縁、大賀睦美おおがむつみの死。

 ――もっと早くに逃げていれば犠牲にならなかったのでは

 ――いや、そもそも巻き込むなど分かり切っていたから否定すべきだった

 忘れたくとも出来ない老婆の最期が脳裏を掠める度に、己の決断を悔いる。結果的に生き延びて、清雅との戦いも止められたならば間違いではなかった。が、心の何処かが否定し、同時に迷いを生む決断をささやく。

オマエは戦いに向いていない」

 普段ならば即答する決断力がありながら、迷う。その間にも時間は過ぎるが、幾ら時間を使えども答えが出ない。何故答えが出せないのか、それは彼女自身にも分かっていなかった。
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