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神魔戦役篇 エピローグ
177話 不穏な気配
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「あの、好きな方選んでいいんじゃないかな?どっち選んでも、その……君であることに変わりはないと思うんだ」
迷うルミナに光明が射す。傍と声を向く彼女の視線が伊佐凪竜一の顔を映した。真っ直ぐ見つめる視線と助言にルミナは驚きつつも、直ぐに優しく微笑み返した。
「少し、時間が欲しい」
回答保留。迷いなく、それでいて曖昧な決断に伊佐凪竜一以外は驚いた。ルミナ達の地球での足取り、行動は非常にデリケートな部分以外は関係者に共有済み。当然、彼女が幾つもの英断を下してきた事実も把握している。だから今回も、と無根拠に快諾を確信していたヤマヒコの動揺は酷く、落胆を隠そうともしない。
「そ、そうですか。では、何れ日を改めて」
「そうですね。では急いでゆっくり準備しますので私達はコレで」
「な、なんですかその妙な返答は?大体、貴女は時折……」
「いーから!!邪魔してすいませんね、ウッフフフフフフッヒヘヘヘ」
「あぁ、と。じゃ、これで終わりで」
と、話を切り上げ急ぎ足で休憩スペースを後にするニニギとコノハナ。ヤマヒコは呆れる様に続き、伊佐凪竜一とルミナは余りの勢いに呆然と見送る。僅か間を置き、あ、と引き留めようと動くが既に遅く。何かを言いたそうに伸ばした手が虚しく空を切った。
「ありがとう」
ルミナが感謝を口にした。零れる笑みが彼女の心境を物語る。
「いや、なんとなく、そう思っただけで」
謙遜する伊佐凪竜一。助言の理由は彼自身にも分かっていない。共に過ごした日々は忘却の彼方にあるのは確実。それでも気遣うのは生来の性格か、それとも忘れた過去が無意識に表出した為か。ただ、何れにせよルミナにとっては最上の言葉だった。
「まただ」
しかし長くは続かない。彼女から笑みがフッと消えた。困惑し、寧ろ緊張さえ浮かぶ顔が周囲を見回す。
「もしかして、君も?」
伊佐凪竜一も同調した。恐らく、今日初めて話が合った。ただ、喜びはない。重苦しい、不快感を伴う空気が身体に纏わりつく。
「声、だよねコレ?」
「多分。最初は君の声かと思っていたんだけど……」
「でもこれって声……いや音、それとも歌?」
何方ともなく何もない空に耳を傾けた。当然、何もない。が、確かに聞こえている。
「相談してみたいが、混乱させるだけか。ただでさえ私達の身体は異常らしいし」
「その異常がハバキリって力の影響なら、この声もそうなのかな?」
「分からないな」
幻聴か、あるいは本当に聞こえているのか。しかし2人共、誰にも口外しなかった。担当医の誰もが些細な違和感であっても報告するよう求めていた事を知りながら、それでも自らの身に起きている異変を伝える事が出来なかった。献身的な看護と、何より信頼を裏切る形になるとしても、だ。
本当に聞こえているならば自分達以外にも聞こえている筈。しかし他の誰も声、あるいは歌の話をしなかった。とすれば確実に何かが起きている。その何かは確実にハバキリで、だからこそ言い出せない。
伊佐凪竜一とルミナの身体は問題ない。より正確には問題がなさ過ぎる。人間離れした異常な数値、とりわけ尋常ではないレベルの再生能力と免疫機能、スサノヲを凌駕するカグツチへの適性など、検査時に発覚した異常は枚挙にいとまがない。
だが、何がどうして異常を引き起こすのか旗艦の誰も解明できない。そんな状態で余計な異常を重ねる必要はない。ただでさえ担当医数名が根を詰め過ぎて入院する羽目になっている。決して信頼していないという理由ではない。
「視線、感じない?」
沈黙を破り、今度は伊佐凪竜一が問う。声、あるいは歌だけではない、と。
「同じか。確かに、時折だけど確かに私も誰かの視線を感じる」
ルミナも否定しなかった。伊佐凪竜一を見つめる視線から熱が消え、不安の比重が増加する。
「厳重な警備のせいかもしれないし、まだ落ち着いていないせいかもしれないけど。でもなんだろう、この感覚」
「なら、俺も分からないかな。ハァ、死んで生き返ってから落ち着く暇もないな」
声。視線。身体の異常に止まらない異変を確かに感じる。落ち着けないとごちる伊佐凪竜一に、ルミナも無言で同調した。再び、口が固く閉ざされた。
無言の間に耳元で囁く声を聞き入る伊佐凪竜一とルミナ。声の正体は不明。ハバキリか、あるいは死者の声か。呼びかけられている様な、歌の様な声。懐かしい、と何方ともなく零した。不思議だと感じる。伊佐凪竜一もルミナも、この声らしき何かを聞いた記憶があるような懐かしさを伴った感覚に支配された。
知らない筈なのに知っている様な、だけど誰か思い出せないもどかしさを感じながら、相変わらず何処からか感じる視線を受け入れながら2人はその両方に身を任せる。
静寂――
「今、私の後ろに見えますのが現在二人の英雄が治療を行っている施設となります。地球の皆様もご覧いただけますでしょうか、現在両名共に意識を取り戻しており、また身体の方にも異常らしい異常が見えないとの事です」
が、直ぐに破られた。熱量を伴う暑苦しい語り口に、伊佐凪竜一とルミナの意識が声へと向かった。休憩スペースに浮かぶ巨大ディスプレイから、報道関係者の熱弁が流れ始めた。声は、やがて聞き飽きる位に自分達を賛美し始める。偶然にも地球で出会い、逃げ続け、追い詰められ、それでも諦めず戦い続け、そして――
「復元担当医の話によりますと、今のところ精神的にも肉体的にも異常は見られないそうですが、共に精神的な緊張が見られるために検査の頻度を落とし、面会時間を設けているとの事です。既に深い仲になっていると言う話からも、今後の将来設計を見据えた……」
映像が不自然に途切れた。気恥ずかしさからルミナが番組を切り替えた。が、幾ら番組を切り替えようが内容はほぼ似たり寄ったり。2人の仲が既に相当に深いところまで進行している、有体に言えば恋人同士だと。しかも治療が完了する半年後を目途に互いを配偶者として選ぶのではといった推測までされるなど、過熱する報道は戦いとは別の意味で暴走、当人達の心情などお構いなしに突き進む。
ただ助けたかった。それ以上を考えていなかった。互いを助ける事だけが頭にあり、言い方は悪いがそれ以外の全ては二の次程度にしか考えていなかった。それ以上の何もない、混じりっ気ない純粋な意志の共鳴が清雅市最後の戦い勝利する力を引き寄せる原動力になった点は疑いようない。
そうなのだが、それを自分達以外に説明しても納得して貰えない、貰えなかった。状況を冷静に見返せば、しかしそう思われても仕方がない程の死線を支え合いながら潜り抜けてきたのだから仕方が無い訳もなく――
「ほ、他に変えようか?」
気まずさに耐えかね、伊佐凪竜一が声を上げた。泳ぐ視線が一層気まずさを強調する。
「そう……そうだな。何か見たい番組ある?とはいっても今はどこもこんな調子だろうけど」
同意するルミナ。同じく気まずさに身悶えするが、視線は伊佐凪竜一から外さない。無責任な報道を垂れ流す巨大ディスプレイなど目もくれず、互いを見つめ合う。絡み合う視線に様々な感情が滲む。
迷うルミナに光明が射す。傍と声を向く彼女の視線が伊佐凪竜一の顔を映した。真っ直ぐ見つめる視線と助言にルミナは驚きつつも、直ぐに優しく微笑み返した。
「少し、時間が欲しい」
回答保留。迷いなく、それでいて曖昧な決断に伊佐凪竜一以外は驚いた。ルミナ達の地球での足取り、行動は非常にデリケートな部分以外は関係者に共有済み。当然、彼女が幾つもの英断を下してきた事実も把握している。だから今回も、と無根拠に快諾を確信していたヤマヒコの動揺は酷く、落胆を隠そうともしない。
「そ、そうですか。では、何れ日を改めて」
「そうですね。では急いでゆっくり準備しますので私達はコレで」
「な、なんですかその妙な返答は?大体、貴女は時折……」
「いーから!!邪魔してすいませんね、ウッフフフフフフッヒヘヘヘ」
「あぁ、と。じゃ、これで終わりで」
と、話を切り上げ急ぎ足で休憩スペースを後にするニニギとコノハナ。ヤマヒコは呆れる様に続き、伊佐凪竜一とルミナは余りの勢いに呆然と見送る。僅か間を置き、あ、と引き留めようと動くが既に遅く。何かを言いたそうに伸ばした手が虚しく空を切った。
「ありがとう」
ルミナが感謝を口にした。零れる笑みが彼女の心境を物語る。
「いや、なんとなく、そう思っただけで」
謙遜する伊佐凪竜一。助言の理由は彼自身にも分かっていない。共に過ごした日々は忘却の彼方にあるのは確実。それでも気遣うのは生来の性格か、それとも忘れた過去が無意識に表出した為か。ただ、何れにせよルミナにとっては最上の言葉だった。
「まただ」
しかし長くは続かない。彼女から笑みがフッと消えた。困惑し、寧ろ緊張さえ浮かぶ顔が周囲を見回す。
「もしかして、君も?」
伊佐凪竜一も同調した。恐らく、今日初めて話が合った。ただ、喜びはない。重苦しい、不快感を伴う空気が身体に纏わりつく。
「声、だよねコレ?」
「多分。最初は君の声かと思っていたんだけど……」
「でもこれって声……いや音、それとも歌?」
何方ともなく何もない空に耳を傾けた。当然、何もない。が、確かに聞こえている。
「相談してみたいが、混乱させるだけか。ただでさえ私達の身体は異常らしいし」
「その異常がハバキリって力の影響なら、この声もそうなのかな?」
「分からないな」
幻聴か、あるいは本当に聞こえているのか。しかし2人共、誰にも口外しなかった。担当医の誰もが些細な違和感であっても報告するよう求めていた事を知りながら、それでも自らの身に起きている異変を伝える事が出来なかった。献身的な看護と、何より信頼を裏切る形になるとしても、だ。
本当に聞こえているならば自分達以外にも聞こえている筈。しかし他の誰も声、あるいは歌の話をしなかった。とすれば確実に何かが起きている。その何かは確実にハバキリで、だからこそ言い出せない。
伊佐凪竜一とルミナの身体は問題ない。より正確には問題がなさ過ぎる。人間離れした異常な数値、とりわけ尋常ではないレベルの再生能力と免疫機能、スサノヲを凌駕するカグツチへの適性など、検査時に発覚した異常は枚挙にいとまがない。
だが、何がどうして異常を引き起こすのか旗艦の誰も解明できない。そんな状態で余計な異常を重ねる必要はない。ただでさえ担当医数名が根を詰め過ぎて入院する羽目になっている。決して信頼していないという理由ではない。
「視線、感じない?」
沈黙を破り、今度は伊佐凪竜一が問う。声、あるいは歌だけではない、と。
「同じか。確かに、時折だけど確かに私も誰かの視線を感じる」
ルミナも否定しなかった。伊佐凪竜一を見つめる視線から熱が消え、不安の比重が増加する。
「厳重な警備のせいかもしれないし、まだ落ち着いていないせいかもしれないけど。でもなんだろう、この感覚」
「なら、俺も分からないかな。ハァ、死んで生き返ってから落ち着く暇もないな」
声。視線。身体の異常に止まらない異変を確かに感じる。落ち着けないとごちる伊佐凪竜一に、ルミナも無言で同調した。再び、口が固く閉ざされた。
無言の間に耳元で囁く声を聞き入る伊佐凪竜一とルミナ。声の正体は不明。ハバキリか、あるいは死者の声か。呼びかけられている様な、歌の様な声。懐かしい、と何方ともなく零した。不思議だと感じる。伊佐凪竜一もルミナも、この声らしき何かを聞いた記憶があるような懐かしさを伴った感覚に支配された。
知らない筈なのに知っている様な、だけど誰か思い出せないもどかしさを感じながら、相変わらず何処からか感じる視線を受け入れながら2人はその両方に身を任せる。
静寂――
「今、私の後ろに見えますのが現在二人の英雄が治療を行っている施設となります。地球の皆様もご覧いただけますでしょうか、現在両名共に意識を取り戻しており、また身体の方にも異常らしい異常が見えないとの事です」
が、直ぐに破られた。熱量を伴う暑苦しい語り口に、伊佐凪竜一とルミナの意識が声へと向かった。休憩スペースに浮かぶ巨大ディスプレイから、報道関係者の熱弁が流れ始めた。声は、やがて聞き飽きる位に自分達を賛美し始める。偶然にも地球で出会い、逃げ続け、追い詰められ、それでも諦めず戦い続け、そして――
「復元担当医の話によりますと、今のところ精神的にも肉体的にも異常は見られないそうですが、共に精神的な緊張が見られるために検査の頻度を落とし、面会時間を設けているとの事です。既に深い仲になっていると言う話からも、今後の将来設計を見据えた……」
映像が不自然に途切れた。気恥ずかしさからルミナが番組を切り替えた。が、幾ら番組を切り替えようが内容はほぼ似たり寄ったり。2人の仲が既に相当に深いところまで進行している、有体に言えば恋人同士だと。しかも治療が完了する半年後を目途に互いを配偶者として選ぶのではといった推測までされるなど、過熱する報道は戦いとは別の意味で暴走、当人達の心情などお構いなしに突き進む。
ただ助けたかった。それ以上を考えていなかった。互いを助ける事だけが頭にあり、言い方は悪いがそれ以外の全ては二の次程度にしか考えていなかった。それ以上の何もない、混じりっ気ない純粋な意志の共鳴が清雅市最後の戦い勝利する力を引き寄せる原動力になった点は疑いようない。
そうなのだが、それを自分達以外に説明しても納得して貰えない、貰えなかった。状況を冷静に見返せば、しかしそう思われても仕方がない程の死線を支え合いながら潜り抜けてきたのだから仕方が無い訳もなく――
「ほ、他に変えようか?」
気まずさに耐えかね、伊佐凪竜一が声を上げた。泳ぐ視線が一層気まずさを強調する。
「そう……そうだな。何か見たい番組ある?とはいっても今はどこもこんな調子だろうけど」
同意するルミナ。同じく気まずさに身悶えするが、視線は伊佐凪竜一から外さない。無責任な報道を垂れ流す巨大ディスプレイなど目もくれず、互いを見つめ合う。絡み合う視線に様々な感情が滲む。
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