17 / 273
第2章 遥か遠い 故郷
14話 運命の出会いへと続く過去 其の1
しおりを挟む
――眠れない
何をどうしても意識を闇に手放せず、諦め、立ち上がり、窓に向かった。見た目以上に重い身体が歩く度に床が僅かに軋む。窓につき、眼下の味気ない景色を眺める。数秒後、微かな電子音が響くと同時にディスプレイが浮かんだ。夜の街には不審な反応は一切ないようだ。
安堵し、バイザーを外すと空を見上げた。分厚く覆われた空から僅かに覗く大きな衛星、この星で月と呼ばれる天体が放つ淡い光が黒い世界と私を優しく照らす。その光に私はあぁ、と感嘆を漏らした。今、この場所は牢獄の様な世界の外なんだな。そんな実感に包まれる。
ほぼ惑星サイズの巨大な旗艦は、あらゆる生態系がほぼ自己完結している。食料も完璧に自給自足でき、大気も水も循環している。だが、それでも絶対に存在しえない物がある。
空だ。高度数千メートル程度も昇れば外殻に到達する狭い世界では、抜けるような青空も、その遥か向こうに浮かぶ恒星、衛星、無数に瞬く星々は見えない。存在するが全て偽物。どこか狭苦しかった、そんな窮屈さが今は存在しない。
そう言えば、と思い出した事がある。向こうでは同盟惑星への旅行が一部市民達の最上の娯楽として定着している、とかナントカ。マガツヒとの戦闘は未だに続いているのに随分と呑気な事だと、スサノヲに入隊した直後の私はそう思ったものだが、それは立場が違うだけだったと気付くのはもう少し後になってからだ。
特例による入隊を経て初めて知った。市民の誰も奴等に関する詳細な情報を知らない。危険な敵で、必要に応じてスサノヲが追い払うという程度しか知らない。
そんな市民の状況に現状が重なる。
大切なのに教えられていない。アマテラスオオカミが存在していようがいまいが何も変わっていない。変わらない、変えられない、私達の立場。気が付けば、私はこの星に来るきっかけとなったあの日を思い出した。ほんの僅か前なのに何年も帰っていない様に錯覚する、帰る事が出来るかも分からない旗艦アマテラスを――
※※※
今から10日以上前。師から届けられた映像が先ず記憶を過った。無人の惑星に幾つも建てられた資源採掘基地の一つに響く凄まじい爆音、続いて折り重なる銃声。原因は施設内部で起きた些細な事件を切っ掛けにマガツヒが襲撃してきた為。
硬い外殻に覆われた目を持たない虫の様な姿をした、最大で3メートルを超える化け物の群れ。奴等は基地で働く労働者達を手当たり次第に物言わぬ肉塊に変え続けた。
その動きが唐突に変化する。敵が現れた事を察知した奴等は壁、床、散乱した机や椅子などの適当な物質へと近づき、取り込み、極めて原始的な武器へと作り変え、その身に纏い始めた。
大きな角、鋏、針、爪、牙。武器を生成し終えた奴等は、基地に急行した私の仲間達と激しい戦闘を繰り広げ始めた。
周囲が仄かに輝き始め、やがて武器に集束する。弾丸が、剣が激しくぶつかり火花を上げ、化け物の外殻を削り取り、中に蠢く本体を露わにする。
外殻が剥がされ、奥に蠢く本体が怪しく振るえた。恐らく叫び声だろうが、声は一切聴こえない。しかし無言の叫びを合図に化け物共は不規則な動きをピタリと止め、一斉に規則的な行動を取り始めた。
目標は最前線に立つ戦闘経験の浅い仲間の一人。恐怖か、寒気か――いや、疲弊だ。痩せた頬、顔、目にはクマ。どう考えても身体云々以前の問題だった。 奴等は構う事なく仲間を標的と定めた。他の仲間達が動きの変化を瞬時に悟り、救援に向かった。が、阻む様に何体もの化け物共が壁を作る。
絶望的。映像に映る私の仲間の一人は狼狽え助けを求めるが、しかしその前に一際大きな甲虫類を模した化け物が突如として出現、孤立無援の仲間を羽交い絞めにした。
「う、うゎあぁぁあ!!」
仲間は叫び、悪足掻きをする。が、程なく抵抗を止めた。奴等の外殻にある無数の赤い斑点と目が合ってしまった。明滅する赤い模様は外殻を自在に動き回る、さながら全身を移動する目。気配を察した他の仲間達は目の色を変え、一斉に後ずさった。迂闊に近づけば犠牲者を増やすだけだと、苦渋に満ちた表情が物語る。
直後、外殻が二つに割れ、奥に蠢く漆黒の本体が姿を現した。液体の様な、流砂の様な本体からドス黒い滴が滴り落ちる。仲間の表皮に触れた一滴は、まるで乾いた砂に染みこむ水の様に彼の身体の中に消えた。
瞬間、仲間はドサリと崩れ落ちた。目から生気が消え、瞳孔は開いたまま。もう、ソコに人間はいない。まるで生命を感じない抜け殻に変わり果てた。
他方、マガツヒは赤い斑点を目いっぱい拡大させながら、キチキチと外殻を擦り合わて異音を出す。仲間の姿に満足したのか、それとも一人だけでは満足しないのか。
程なく、奴等は蠢きながら、怒涛の如く移動を始めた。新たな犠牲者を求め、動くその後ろには黒い何かが軌跡を描く。通り過ぎた後に残るのは、空間自体を汚染する痕跡。空間に限らず、通り過ぎた場所にある全てを汚染しながら奴等は別の仲間目掛けて突き進み、戦いを仕掛ける。
何をどうしても意識を闇に手放せず、諦め、立ち上がり、窓に向かった。見た目以上に重い身体が歩く度に床が僅かに軋む。窓につき、眼下の味気ない景色を眺める。数秒後、微かな電子音が響くと同時にディスプレイが浮かんだ。夜の街には不審な反応は一切ないようだ。
安堵し、バイザーを外すと空を見上げた。分厚く覆われた空から僅かに覗く大きな衛星、この星で月と呼ばれる天体が放つ淡い光が黒い世界と私を優しく照らす。その光に私はあぁ、と感嘆を漏らした。今、この場所は牢獄の様な世界の外なんだな。そんな実感に包まれる。
ほぼ惑星サイズの巨大な旗艦は、あらゆる生態系がほぼ自己完結している。食料も完璧に自給自足でき、大気も水も循環している。だが、それでも絶対に存在しえない物がある。
空だ。高度数千メートル程度も昇れば外殻に到達する狭い世界では、抜けるような青空も、その遥か向こうに浮かぶ恒星、衛星、無数に瞬く星々は見えない。存在するが全て偽物。どこか狭苦しかった、そんな窮屈さが今は存在しない。
そう言えば、と思い出した事がある。向こうでは同盟惑星への旅行が一部市民達の最上の娯楽として定着している、とかナントカ。マガツヒとの戦闘は未だに続いているのに随分と呑気な事だと、スサノヲに入隊した直後の私はそう思ったものだが、それは立場が違うだけだったと気付くのはもう少し後になってからだ。
特例による入隊を経て初めて知った。市民の誰も奴等に関する詳細な情報を知らない。危険な敵で、必要に応じてスサノヲが追い払うという程度しか知らない。
そんな市民の状況に現状が重なる。
大切なのに教えられていない。アマテラスオオカミが存在していようがいまいが何も変わっていない。変わらない、変えられない、私達の立場。気が付けば、私はこの星に来るきっかけとなったあの日を思い出した。ほんの僅か前なのに何年も帰っていない様に錯覚する、帰る事が出来るかも分からない旗艦アマテラスを――
※※※
今から10日以上前。師から届けられた映像が先ず記憶を過った。無人の惑星に幾つも建てられた資源採掘基地の一つに響く凄まじい爆音、続いて折り重なる銃声。原因は施設内部で起きた些細な事件を切っ掛けにマガツヒが襲撃してきた為。
硬い外殻に覆われた目を持たない虫の様な姿をした、最大で3メートルを超える化け物の群れ。奴等は基地で働く労働者達を手当たり次第に物言わぬ肉塊に変え続けた。
その動きが唐突に変化する。敵が現れた事を察知した奴等は壁、床、散乱した机や椅子などの適当な物質へと近づき、取り込み、極めて原始的な武器へと作り変え、その身に纏い始めた。
大きな角、鋏、針、爪、牙。武器を生成し終えた奴等は、基地に急行した私の仲間達と激しい戦闘を繰り広げ始めた。
周囲が仄かに輝き始め、やがて武器に集束する。弾丸が、剣が激しくぶつかり火花を上げ、化け物の外殻を削り取り、中に蠢く本体を露わにする。
外殻が剥がされ、奥に蠢く本体が怪しく振るえた。恐らく叫び声だろうが、声は一切聴こえない。しかし無言の叫びを合図に化け物共は不規則な動きをピタリと止め、一斉に規則的な行動を取り始めた。
目標は最前線に立つ戦闘経験の浅い仲間の一人。恐怖か、寒気か――いや、疲弊だ。痩せた頬、顔、目にはクマ。どう考えても身体云々以前の問題だった。 奴等は構う事なく仲間を標的と定めた。他の仲間達が動きの変化を瞬時に悟り、救援に向かった。が、阻む様に何体もの化け物共が壁を作る。
絶望的。映像に映る私の仲間の一人は狼狽え助けを求めるが、しかしその前に一際大きな甲虫類を模した化け物が突如として出現、孤立無援の仲間を羽交い絞めにした。
「う、うゎあぁぁあ!!」
仲間は叫び、悪足掻きをする。が、程なく抵抗を止めた。奴等の外殻にある無数の赤い斑点と目が合ってしまった。明滅する赤い模様は外殻を自在に動き回る、さながら全身を移動する目。気配を察した他の仲間達は目の色を変え、一斉に後ずさった。迂闊に近づけば犠牲者を増やすだけだと、苦渋に満ちた表情が物語る。
直後、外殻が二つに割れ、奥に蠢く漆黒の本体が姿を現した。液体の様な、流砂の様な本体からドス黒い滴が滴り落ちる。仲間の表皮に触れた一滴は、まるで乾いた砂に染みこむ水の様に彼の身体の中に消えた。
瞬間、仲間はドサリと崩れ落ちた。目から生気が消え、瞳孔は開いたまま。もう、ソコに人間はいない。まるで生命を感じない抜け殻に変わり果てた。
他方、マガツヒは赤い斑点を目いっぱい拡大させながら、キチキチと外殻を擦り合わて異音を出す。仲間の姿に満足したのか、それとも一人だけでは満足しないのか。
程なく、奴等は蠢きながら、怒涛の如く移動を始めた。新たな犠牲者を求め、動くその後ろには黒い何かが軌跡を描く。通り過ぎた後に残るのは、空間自体を汚染する痕跡。空間に限らず、通り過ぎた場所にある全てを汚染しながら奴等は別の仲間目掛けて突き進み、戦いを仕掛ける。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる